千代の遺体は、松永家から遠く離れた西延寺に運び込まれた。松永家の菩提寺に頼むわけにもいかず、松永家とは縁もゆかりもない、なるべく松永家から遠い地にある寺が選ばれたようだ。敷地内での自殺、しかも当主の愛人となれば、一族の誰もが近くに葬られるのを嫌がったのだろう。西延寺と松永家は、市の南北に遠く離れていた。
市街地から一時間ほどバスに揺られ、小高い山の中腹にたつ西延寺に辿り着いた。近くに海が存在すると思えない、鬱蒼と緑の生い茂る場所だった。山門には杉の大木の枝葉が覆いかぶさっている。
ここ西延寺では、年に一度、大々的に人形供養を行っていた。各地から送られてくる人形を一挙にお焚き上げし、込められた怨念や祟りを鎮めるという。怨念を鎮めてくれるなら、人形だろうと人間だろうと同じ――などと当時の松永家の人間は考えたのだろうか。
山門をくぐると、境内は静まり返り、参拝者のいる気配はなかった。
「静かだね。誰もいない」
「平日だし、こんなもんだろう」
いよいよ呪いの根源に辿り着いた、と身構える崇文たちを嘲笑うかのように、敷地内はしんと静まり返っていた。禍々しい空気に満ちているわけでも、びりびりと空気が張り詰めているわけでもない。――どちらかと言えば、市街地から離れた、のどかな雰囲気の寺だった。
手水舎で手を清め、ご本尊を参ると、さてどうしたものかと次の手を出しあぐねた。
ここの住職に事情を話して、千代の墓を見せてもらおうか。それとも、寺の裏手に見える墓地に行き、一軒一軒千代の墓を探して回ろうか。
同業者として、住職に松永家の呪いの話をするのは躊躇われた。呪いを恐れるなんて、真剣に仏門を学んでいるのかと呆れられそうだ。同業者だとばれないとしても、そんな奇怪な言動の訪問者がいたら、正直相手にしたくないだろう。
仮に優しく受け入れてもらえたとしても、気持ちの持ちようだと説かれるのが関の山だ。自分だってきっとそうする。
そして一番厄介なのは、千代のことなど忘れ去られているという可能性だ。打ち捨てられていたり、杜撰な供養をされていたら、まさかその場で弔い直すわけにもいかない。
逡巡していると、こちらの迷いを知る由もない司が、躊躇なく講堂の戸をノックした。
「すみませーん」
「司、ちょっと待って」
慌てる崇文を見向きもせず、再び司が戸を叩いた。
「すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」
なるようになれ、と崇文も後に続いた。
奥から顔をのぞかせたのは、生真面目そうな顔をした中年の住職だった。銀縁の眼鏡のフレームから吊り上がった細い眉がのぞいている。作務衣の下には白いワイシャツとネクタイを身に着けており、剃髪していなければ会社の経理部長でもしていそうな風貌だ。
「はい? 御用でしょうか」
発する声もきびきびとしており、神経質そうな顔の印象そのままだ。話の切り出し方によってはこじれそうだと、崇文は気を引き締めた。
「お忙しいところ申し訳ありません。ある、お墓を参らせていただきたくお呼びしました」
「墓地は裏手になります。どちらのお墓ですか?」
「はい、あの……。仙台市菖蒲地区の、何年か前まで味噌屋を経営していた松永家の」
「松永」と名を出すと、それまで無表情だった住職の顔にわずかな緊張が走った――ように見えた。
「松永味噌醸造の敷地で縊死した仏さまがいらっしゃいましたよね。その方がこちらにいると聞いて参りました」
「……あなたたちは、どういったご関係で?」
住職は気難しそうな顔をさらに曇らせ、崇文と司の顔を代わる代わる見た。
先の事件にもあったように、心霊現象やオカルト動画を録ろうと、寺や神社に撮影に来る者が増えていた。もちろん許可を取ってマナーを守る者もいるが、無許可で、しかも時間外に忍び込んで撮影する不届き者も中にはいた。寺院側はそういった侵入者に困り果てていた。それに、たとえマナーを守っていたとしても、故人が眠る静かな場所を無暗に撮影させたくないのが本音だろう。おそらく、この住職もそのタイプだ。
「私、松永家の人間です」
それまで、静かに控えていた司が、一歩前へと進み出た。
「松永正太郎の曾孫です」
――司が自ら「松永」と名乗ったのを、初めて聞いた。呪われた松永の姓を、しかも、千代が眠るこの場所で口にしたことに崇文は静かにショックを受けていた。
司は、経理部長顔の住職に頭を下げると、丁寧な口調でここにきた目的を説明した。
「こちらで供養されている五条千代さんをお参りしに来ました。曾祖父と……、松永家と関係のあった女性だとお聞きしていましたので」
住職はしばらく司の顔を見ていたが、真剣な様子を感じ取ったのか、講堂から出て「こちらへ」と先に立って歩き出した。
目の前には鬱蒼と茂る緑の山肌。ひと気のない境内。
先を歩く住職の背中には、我々を歓迎していない、拒絶の雰囲気が感じられた。
市街地から一時間ほどバスに揺られ、小高い山の中腹にたつ西延寺に辿り着いた。近くに海が存在すると思えない、鬱蒼と緑の生い茂る場所だった。山門には杉の大木の枝葉が覆いかぶさっている。
ここ西延寺では、年に一度、大々的に人形供養を行っていた。各地から送られてくる人形を一挙にお焚き上げし、込められた怨念や祟りを鎮めるという。怨念を鎮めてくれるなら、人形だろうと人間だろうと同じ――などと当時の松永家の人間は考えたのだろうか。
山門をくぐると、境内は静まり返り、参拝者のいる気配はなかった。
「静かだね。誰もいない」
「平日だし、こんなもんだろう」
いよいよ呪いの根源に辿り着いた、と身構える崇文たちを嘲笑うかのように、敷地内はしんと静まり返っていた。禍々しい空気に満ちているわけでも、びりびりと空気が張り詰めているわけでもない。――どちらかと言えば、市街地から離れた、のどかな雰囲気の寺だった。
手水舎で手を清め、ご本尊を参ると、さてどうしたものかと次の手を出しあぐねた。
ここの住職に事情を話して、千代の墓を見せてもらおうか。それとも、寺の裏手に見える墓地に行き、一軒一軒千代の墓を探して回ろうか。
同業者として、住職に松永家の呪いの話をするのは躊躇われた。呪いを恐れるなんて、真剣に仏門を学んでいるのかと呆れられそうだ。同業者だとばれないとしても、そんな奇怪な言動の訪問者がいたら、正直相手にしたくないだろう。
仮に優しく受け入れてもらえたとしても、気持ちの持ちようだと説かれるのが関の山だ。自分だってきっとそうする。
そして一番厄介なのは、千代のことなど忘れ去られているという可能性だ。打ち捨てられていたり、杜撰な供養をされていたら、まさかその場で弔い直すわけにもいかない。
逡巡していると、こちらの迷いを知る由もない司が、躊躇なく講堂の戸をノックした。
「すみませーん」
「司、ちょっと待って」
慌てる崇文を見向きもせず、再び司が戸を叩いた。
「すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」
なるようになれ、と崇文も後に続いた。
奥から顔をのぞかせたのは、生真面目そうな顔をした中年の住職だった。銀縁の眼鏡のフレームから吊り上がった細い眉がのぞいている。作務衣の下には白いワイシャツとネクタイを身に着けており、剃髪していなければ会社の経理部長でもしていそうな風貌だ。
「はい? 御用でしょうか」
発する声もきびきびとしており、神経質そうな顔の印象そのままだ。話の切り出し方によってはこじれそうだと、崇文は気を引き締めた。
「お忙しいところ申し訳ありません。ある、お墓を参らせていただきたくお呼びしました」
「墓地は裏手になります。どちらのお墓ですか?」
「はい、あの……。仙台市菖蒲地区の、何年か前まで味噌屋を経営していた松永家の」
「松永」と名を出すと、それまで無表情だった住職の顔にわずかな緊張が走った――ように見えた。
「松永味噌醸造の敷地で縊死した仏さまがいらっしゃいましたよね。その方がこちらにいると聞いて参りました」
「……あなたたちは、どういったご関係で?」
住職は気難しそうな顔をさらに曇らせ、崇文と司の顔を代わる代わる見た。
先の事件にもあったように、心霊現象やオカルト動画を録ろうと、寺や神社に撮影に来る者が増えていた。もちろん許可を取ってマナーを守る者もいるが、無許可で、しかも時間外に忍び込んで撮影する不届き者も中にはいた。寺院側はそういった侵入者に困り果てていた。それに、たとえマナーを守っていたとしても、故人が眠る静かな場所を無暗に撮影させたくないのが本音だろう。おそらく、この住職もそのタイプだ。
「私、松永家の人間です」
それまで、静かに控えていた司が、一歩前へと進み出た。
「松永正太郎の曾孫です」
――司が自ら「松永」と名乗ったのを、初めて聞いた。呪われた松永の姓を、しかも、千代が眠るこの場所で口にしたことに崇文は静かにショックを受けていた。
司は、経理部長顔の住職に頭を下げると、丁寧な口調でここにきた目的を説明した。
「こちらで供養されている五条千代さんをお参りしに来ました。曾祖父と……、松永家と関係のあった女性だとお聞きしていましたので」
住職はしばらく司の顔を見ていたが、真剣な様子を感じ取ったのか、講堂から出て「こちらへ」と先に立って歩き出した。
目の前には鬱蒼と茂る緑の山肌。ひと気のない境内。
先を歩く住職の背中には、我々を歓迎していない、拒絶の雰囲気が感じられた。

