幾星霜の呪いの子 ―下町駆け込み寺の怪異譚―

 仙台駅のホームに降り立った途端、冷気が首元を吹き抜けていった。四月に入ったと言うのに、まだ空気が真冬のように冷たい。崇文は上着の襟を立て、一つ息を吐き出してみた。吐き出された息はすぐに白く染まった。
「やっぱり、東京より寒いね!」
 司も両手を擦り合わせ、息を吐きかけている。
「まだ真冬みたいだな。マフラーしてくりゃ良かった」
「ふふふ、いかにも旅行って感じ」
 駅構内を出ると、道行く人たちの恰好が冬の服装そのものだった。陽射しのある場所ではわずかにぬくもりを感じられたが、日陰ではまだまだ底冷えする。北国の春はまだ遠いようだ。
「ね。せっかくだから美味しいもの食べてから行こうよ」
 駅前に続くアーケード商店街に『牛タン』や『寿司』と書かれた看板を見つけ、司が声を弾ませる。
「……さっき東京駅で昼メシ食べたばっかだけど。何メシ?」
「何メシだっていいじゃん。おやつだよ、おやつ。崇文がお腹いっぱいなら私が食べてあげるから!」
 強引に腕を引かれて行った先は、年季の入った寿司屋だった。入り口は小ぢんまりとして狭いが奥に長く伸びた店で、手前には板前の立つカウンター、奥にはテーブル席がいくつか並んでいた。昼時からずれた時間帯のせいか、店内はカウンターに座る一人客と、二人組の客がひと組いるだけだった。
 店員にカウンターとテーブル、どちらがいいかと問われ「テーブルで」と即答する。
「えー。板前さんがお寿司握るとこ見たかったな」
「落ち着いて話できないから」
 口を尖らせる司を黙らせ、一番奥のテーブル席に落ち着く。注文を済ませた後、新幹線の中で完成させた、松永家の家系図をテーブルに広げた。
「司」
 司の前で実際に口に出すのは、初めてだった。
「五条千代って知っているか?」
「うん」
 こちらの覚悟のわりに、司はけろりと頷いた。「知ってるよ。松永家を呪って死んだひとでしょ」
「まあ、そう……」
 その通りなんだが……。司のあまりにも軽い受け答えに、調子が狂わされる。
「私のひいおじいちゃんに当たる松永正太郎の愛人だった人でしょ? わざわざ家に乗り込んできて自殺したっていう」
 信じられないよね、と顔をしかめる。
「その前に、奥さんがいるのに愛人を作ること自体が信じられないけど」
「……」
 まるで芸能界のゴシップでも語るような軽さだ。その愛人の呪いのせいで、おまえの先祖が何人も死んでいる、と言いかけ、口が裂けてもそんなことは言いたくないと唇を引き結んだ。
「――その五条千代が供養されている寺を訪ねたいんだ」
「うん、いいよ」
 司はこくりと頷くと、あとは運ばれてきた寿司の盛り合わせに夢中になった。「私はマグロと海老は絶対に譲れないから、崇文はそれ以外を食べていいよ」などと言う。
 司が何も知らないとは、思っていなかった。なぜ自分が長栄寺に預けられたのか、なぜ性別を偽る必要があるのか。周囲がいくら隠していようと、長じるうちに自ら調べることもあっただろう。自分の生い立ちの異常さに怯える夜もあったはずだ。だと言うのに、この呑気さはなんなのだろう。こちらまで毒気を抜かれてしまう。
 自分が呪い殺されるかもしれないという危機感はないのだろうか――?
「食べないの? 美味しいよ」
 不思議そうに見上げられ、慌てて箸を取る。
「……ああ。食べる」
 のろのろと箸を割っていると、司が「あのね」と顔を上げた。
「私はこの件に関しては、崇文以上に呪いを信じていないんだ」
 この件に関しては――。
 どうして。
 オカルト全般に懐疑的な崇文に対し、司は普段、わりと目に見えないものも信じるほうだ。
「この件はって、どうして?」
 訊ねてみても、司は寿司を詰め込んだ口でうん、とか、ううん、とか言うばかりでまともに返事をしなかった。
「……何言ってるのか、わかんないよ」
 せっかく三陸産の海産物を出す寿司屋に入ったというのに、肝心の味がさっぱりわからなかった。
 会計で、価格が東京で食べるそれの八割ほどなのに気づき、こんなことでいよいよ北の地に入ったのだと実感した。