「ねえ。心配してくれるのはありがたいけど、私、一人暮らしやめる気はないから」
心配のあまり、うちに戻ってうちから大学へ通うのはどうかと提案したところ、司が顔色を変えた。
「引っ越しだって面倒だし」
「じゃあアパートはそのままでいいから。落ち着くまでうちにいてくれ。バイトも辞めて、学校が終わったらまっすぐうちに」
「落ち着くまでっていつまで⁉ お寺の手伝いが必要なんだったら、見習いを募集すればいいじゃん」
「司、違うんだ。寺の人手が足りないわけじゃなくて……。ここらも決して安全ってわけじゃないんだ。この前の女子高生の事件があっただろ? だからなるべくうちにいてほしいんだ」
「私は女子高生じゃない」
「清水さんに声をかけられていたじゃないか」
「だから私はずっと寺にいろって? 外に出るなって?」
「そんなことは言ってない。ただ」
誤魔化していては余計に司の怒りの火に油を注ぐと思い、崇文は本音を包み隠さず話した。
「目の届くところにいてほしいんだ」
「はじめっからそう言えばいいじゃん! 心配だから一人暮らしをやめろって。目の届くところにいろって!」
「――そうしてくれ。頼む」
「い、や、だ!」
正直に話せというからそうしたのに、司は一音一音切るようにして吐き捨てた。「だ」を言うときなんか、目を剥いていた。
それから司は一言も喋らずに食器を片付け、黙ったまま玄関で靴を履いた。慌てて追いかけ、山門の下で司の腕を捕まえた。
「司。無視はなしだ。ちゃんと話をしよう」
隣に並んで顔を覗きこんでも、司は口をきこうとしなかった。
「……」
幼い頃から、司は本気で怒ると口を閉ざして自分の殻に閉じこもった。滅多に感情を爆発させないが、自分の中の信条を否定されたり侵害されたりすると、音もなく静かに怒る。言い合いになったり、取っ組み合いになったりするのは、喧嘩ではなくただのじゃれあいだ。司が本気で怒っているときは、誰かを攻撃する前に、外部を完全に遮断してしまう。よってかなりの長期戦になった。
「何もずっと外に出るなって言っているんじゃない。俺がそんな無茶なお願いをするわけないってわかるだろ? 司の生活を邪魔したいわけでもない。何が嫌か、ちゃんと言ってくれないか」
食ってかかって来られるかと思ったが、司の返事は思いのほか弱弱しかった。
「邪魔されているとは思ってない。けど何か事件があるたびに、行動を制限される。危ないからって、外に出ないように閉じ込められる……。心配してもらっているのはわかってる。でもこれから先、何かあるたびにもっと制限されるようになるの?」
「……万が一、命の危険があったら」
「だからって、ずっと家に閉じ籠ってろって言うの? あ、家じゃなくて、寺にいろって?」
「――長栄寺にいた方が、少しは安全だと思う」
「いつも呪いなんてないって言っているのは崇文じゃん!」
「この前までは俺もそう思ってた! けど!」
また言い争いになりそうになり、崇文は口を噤んだ。
啀み合いたいわけじゃない。けれど、この話題になると感情的になるのが抑えられない。どんな形であっても生きていて欲しいと願う自分と、自由に行動できなければ生きている意味がないと考える司。互いの意見は平行線どころか、むしろ対極に向かってどんどん離れてゆく。
「ありもしないものに怯えて閉じ込められるくらいなら、死んだほうがマシ」
「ばか、そんなこと言うな!」
「死ぬ」なんて、冗談でも口にしてほしくない。どこに呪いの力が漂っているのかわからないのだから。
――ああ。現実主義者のつもりだったのに、すっかり毒され、今、自分が一番呪いを信じて怯えている。
ついこの前まで、呪いなんて存在しないと、あれほど豪語していたのに。
「それにこのままだと、崇文も……」
ふいに司が顔を上げ、縋るような目で見上げてきた。
「俺が、なに?」
「……」
司は表情を歪めると、続きを言わずに俯いた。
俺がなんだと言うのだ。司はなにを言いかけたのだろう。
今は司の身を案じているのであって、自分自身のことはどうでもいい。崇文は先に歩いて行こうとする司の腕を捕まえた。
「司、聞いて」
「……なに」
応える声音が今にも泣き出しそうで、内心狼狽えた。喧嘩したいわけでも、𠮟りつけたいわけでもない。ただ、今が決して安全な状況ではないことを、……呪いは案外身近にまで迫っているかもしれないと、わかってほしかった。
内心の焦りをなんとか抑え、司に語り掛けた。
「仙台に行こう」
司の歩みがぴたりと止まる。
「……何しに?」
「とにかく、調べに行こう。どうすれば呪いが消えるのか、俺自身もわからない。でも実際に自分たちの目で確かめてみよう。呪いの根源の女がまだ怒っているのなら、丁寧に弔おう」
「……」
「ただ怯えて逃げ隠れしているより、いいだろう?」
司がゆっくりと顔を上げた。
「……怯えてるのは、崇文だけだけどね」と、薄く笑う。
今日初めて、司がまともにこちらを見た。そうとう怒った顔をしているかと思ったが、怒っているというより、悲しそうな顔をしていた。目が潤んでいるように見えるのは、外気の冷たさのせいだろうか。
計り知れない、様々な感情が渦巻いた顔。
いつも司のことを考えてきたはずなのに、肝心な時に、司の本心がまったくわからない。
心配のあまり、うちに戻ってうちから大学へ通うのはどうかと提案したところ、司が顔色を変えた。
「引っ越しだって面倒だし」
「じゃあアパートはそのままでいいから。落ち着くまでうちにいてくれ。バイトも辞めて、学校が終わったらまっすぐうちに」
「落ち着くまでっていつまで⁉ お寺の手伝いが必要なんだったら、見習いを募集すればいいじゃん」
「司、違うんだ。寺の人手が足りないわけじゃなくて……。ここらも決して安全ってわけじゃないんだ。この前の女子高生の事件があっただろ? だからなるべくうちにいてほしいんだ」
「私は女子高生じゃない」
「清水さんに声をかけられていたじゃないか」
「だから私はずっと寺にいろって? 外に出るなって?」
「そんなことは言ってない。ただ」
誤魔化していては余計に司の怒りの火に油を注ぐと思い、崇文は本音を包み隠さず話した。
「目の届くところにいてほしいんだ」
「はじめっからそう言えばいいじゃん! 心配だから一人暮らしをやめろって。目の届くところにいろって!」
「――そうしてくれ。頼む」
「い、や、だ!」
正直に話せというからそうしたのに、司は一音一音切るようにして吐き捨てた。「だ」を言うときなんか、目を剥いていた。
それから司は一言も喋らずに食器を片付け、黙ったまま玄関で靴を履いた。慌てて追いかけ、山門の下で司の腕を捕まえた。
「司。無視はなしだ。ちゃんと話をしよう」
隣に並んで顔を覗きこんでも、司は口をきこうとしなかった。
「……」
幼い頃から、司は本気で怒ると口を閉ざして自分の殻に閉じこもった。滅多に感情を爆発させないが、自分の中の信条を否定されたり侵害されたりすると、音もなく静かに怒る。言い合いになったり、取っ組み合いになったりするのは、喧嘩ではなくただのじゃれあいだ。司が本気で怒っているときは、誰かを攻撃する前に、外部を完全に遮断してしまう。よってかなりの長期戦になった。
「何もずっと外に出るなって言っているんじゃない。俺がそんな無茶なお願いをするわけないってわかるだろ? 司の生活を邪魔したいわけでもない。何が嫌か、ちゃんと言ってくれないか」
食ってかかって来られるかと思ったが、司の返事は思いのほか弱弱しかった。
「邪魔されているとは思ってない。けど何か事件があるたびに、行動を制限される。危ないからって、外に出ないように閉じ込められる……。心配してもらっているのはわかってる。でもこれから先、何かあるたびにもっと制限されるようになるの?」
「……万が一、命の危険があったら」
「だからって、ずっと家に閉じ籠ってろって言うの? あ、家じゃなくて、寺にいろって?」
「――長栄寺にいた方が、少しは安全だと思う」
「いつも呪いなんてないって言っているのは崇文じゃん!」
「この前までは俺もそう思ってた! けど!」
また言い争いになりそうになり、崇文は口を噤んだ。
啀み合いたいわけじゃない。けれど、この話題になると感情的になるのが抑えられない。どんな形であっても生きていて欲しいと願う自分と、自由に行動できなければ生きている意味がないと考える司。互いの意見は平行線どころか、むしろ対極に向かってどんどん離れてゆく。
「ありもしないものに怯えて閉じ込められるくらいなら、死んだほうがマシ」
「ばか、そんなこと言うな!」
「死ぬ」なんて、冗談でも口にしてほしくない。どこに呪いの力が漂っているのかわからないのだから。
――ああ。現実主義者のつもりだったのに、すっかり毒され、今、自分が一番呪いを信じて怯えている。
ついこの前まで、呪いなんて存在しないと、あれほど豪語していたのに。
「それにこのままだと、崇文も……」
ふいに司が顔を上げ、縋るような目で見上げてきた。
「俺が、なに?」
「……」
司は表情を歪めると、続きを言わずに俯いた。
俺がなんだと言うのだ。司はなにを言いかけたのだろう。
今は司の身を案じているのであって、自分自身のことはどうでもいい。崇文は先に歩いて行こうとする司の腕を捕まえた。
「司、聞いて」
「……なに」
応える声音が今にも泣き出しそうで、内心狼狽えた。喧嘩したいわけでも、𠮟りつけたいわけでもない。ただ、今が決して安全な状況ではないことを、……呪いは案外身近にまで迫っているかもしれないと、わかってほしかった。
内心の焦りをなんとか抑え、司に語り掛けた。
「仙台に行こう」
司の歩みがぴたりと止まる。
「……何しに?」
「とにかく、調べに行こう。どうすれば呪いが消えるのか、俺自身もわからない。でも実際に自分たちの目で確かめてみよう。呪いの根源の女がまだ怒っているのなら、丁寧に弔おう」
「……」
「ただ怯えて逃げ隠れしているより、いいだろう?」
司がゆっくりと顔を上げた。
「……怯えてるのは、崇文だけだけどね」と、薄く笑う。
今日初めて、司がまともにこちらを見た。そうとう怒った顔をしているかと思ったが、怒っているというより、悲しそうな顔をしていた。目が潤んでいるように見えるのは、外気の冷たさのせいだろうか。
計り知れない、様々な感情が渦巻いた顔。
いつも司のことを考えてきたはずなのに、肝心な時に、司の本心がまったくわからない。

