「三月ってのは犯罪が多くなる時期なのよ。一月は年始のばたばたで軽犯罪が多い、二月にふっと落ち着いて、毎年三月になると、また犯罪件数が多くなる」
どうしてかねぇと、同級生で警察官の佐々木がお茶を啜る。お茶請けに司のバイト先のカフェの焼き菓子を出してやると、すかさずそちらにも手を伸ばした。
「そんな忙しい時期に賽銭泥棒だなんて、まったく。セコム入りなさいよ、長栄寺さんも」
「面目ない」
情けない話だが、年に一度くらいの頻度で賽銭泥棒の被害に遭う。毎度たいしたことのない被害額なのでなんとなく見逃していたが、いよいよ本気でセコムの導入を検討すべきなのかもしれない。
警察に連絡すると、指名してもいないのに佐々木がきて「今日は非番なのに」と文句を垂れた。お前が無理して来なくても、他の人間でも構わなかったのに……とは言えず、崇文はひたすら礼を言って労をねぎらった。
「フェイクでいいから監視カメラぐらいつけておけよ。泥棒に盗みやすい寺だと目をつけられてんだよ、きっと」
「お前がうちにちょくちょく出入りしてくれば、泥棒を働こうなんてやつも諦めるんじゃないか」
「現役の警察官を見張りに使おうとするな。俺だって忙しいんだ」
忙しいとこぼしつつ、佐々木は茶碗を突き出してお茶のお代わりを要求してくる。
「昨日も夜中に呼び出しがあって、あんま寝てないんだよ」
小鼻を広げて佐々木が生あくびを噛み殺した。大袈裟な多忙アピールではないことはわかっている。
「――あの行方不明の高校生、まだ見つからないのか?」
佐々木は、それまでの軽い口調を改め、苦し気な表情で眉間を揉んだ。
「特に進展はない」
普段は派手な――派手、と言ったら不謹慎だが――犯罪など起きないこのあたりだが、数日前から区内の高校生が行方不明となり、地域の住民は騒然としていた。
行方不明になったのは、向町高校の二年生、加藤優花。
彼女が通う向町高校は、長栄寺の目と鼻の先にあり、かつて崇文たちも通った母校だ。
加藤優花は部活動をしていなかったそうだ。にもかかわらず帰宅が二十時を過ぎ、心配した母親が友人らを訊ねてまわった。
友人も学校教諭も、優花は通常通りの時間に帰宅したと言う。携帯は電源が切られていて繋がらない――。これまで無断で外泊をするようなことはなかったため、両親はいよいよ不安になり、警察に捜索願を出した。それが約一週間前の話だ。
「……一週間か」
正直、生存の望みは薄いのではないか。だがその一方で、必ずしも誘拐や犯罪に巻き込まれたとも言いきれない。誰も優花が連れ去られたところを見ていなく、ここ数日で、見慣れない不審な車や外部から来た怪しい人物の目撃情報もないのだ。
「家出や駆け落ちの線でも探っている。でもどうだろうな……あまり広く交流を持っているような子ではなかったみたいだ」
「そうか……」
「とにかく! 俺は忙しいんだ。女子高生の事件のほかにも、清水のじいさんが庭でゴミを焼いているだとか、渡辺さん家の粗大ゴミが隣りの敷地にまで侵入しているだとか」
急に牧歌的な事件の話になり、重苦しい空気が和んだ。
「ゴミに関する揉め事ばっかだな」
思わず笑いながら言うと、佐々木はしかつめらしい顔を向けてきた。
「ゴミ問題は案外深刻なんだぞ?」
都心の西側に比べ、このあたりは高齢者の一人暮らしが多い。たいていの高齢者はとても物を大事にするので、一度手にしたものは滅多なことでは捨てない。そうして家がゴミ屋敷化しやすい。
先々代の住職である崇文の祖父も、例に漏れず物持ちのよい人間だった。祖父の遺品整理をした際、収納から山ほどの不用品が出てきた。清貧を心掛ける僧侶ですらそうなのだから、一般家庭はこの比ではないだろう。
我が家のように家族が介入して片付けられればいいが、独居老人の家ともなると難しいだろう。ネズミや害虫の発生、悪臭問題に耐えかねた近隣の者は、最後の手段として警察に通報し、佐々木らお巡りさんの出番となる。
「ネズミだゴキブリだってのも問題だが、落合さん宅の二の舞になったら事だ」
「ああ、あの火事か」
先日、住宅街のど真ん中で火事があり、ある古い家屋が全焼した。
住んでいたのは、落合ヒロ子、七十八歳。一人暮らし。ゴミの積みあがった居間で石油ストーブを使い、引火してしまったらしい。
「被害者が出なかったのがせめてもの救いだ」
密集した住宅街での火事だったが、火はすぐに消し止められた。落合さん自身もすぐさま避難し、死傷者は出なかった。
ごちそうさま、と律儀に頭を下げ、佐々木が立ち上がった。
「そろそろ行くわ。司ちゃんも来ないし」
「……」
ぼそりと呟いた最後の一言に、お茶を二杯も飲んだ理由を悟る。やけに長居をすると思ったら、司が顔を出すのをひそかに待っていたようだ。
佐々木は颯爽と自転車に跨り帰っていった。非番なので、私物のキャノンデールのクロスバイクである。
「司が目的かよ」
ちゃんと本腰を入れて賽銭泥棒の調査をしてくれたのだろうかと、やや不安になった。
どうしてかねぇと、同級生で警察官の佐々木がお茶を啜る。お茶請けに司のバイト先のカフェの焼き菓子を出してやると、すかさずそちらにも手を伸ばした。
「そんな忙しい時期に賽銭泥棒だなんて、まったく。セコム入りなさいよ、長栄寺さんも」
「面目ない」
情けない話だが、年に一度くらいの頻度で賽銭泥棒の被害に遭う。毎度たいしたことのない被害額なのでなんとなく見逃していたが、いよいよ本気でセコムの導入を検討すべきなのかもしれない。
警察に連絡すると、指名してもいないのに佐々木がきて「今日は非番なのに」と文句を垂れた。お前が無理して来なくても、他の人間でも構わなかったのに……とは言えず、崇文はひたすら礼を言って労をねぎらった。
「フェイクでいいから監視カメラぐらいつけておけよ。泥棒に盗みやすい寺だと目をつけられてんだよ、きっと」
「お前がうちにちょくちょく出入りしてくれば、泥棒を働こうなんてやつも諦めるんじゃないか」
「現役の警察官を見張りに使おうとするな。俺だって忙しいんだ」
忙しいとこぼしつつ、佐々木は茶碗を突き出してお茶のお代わりを要求してくる。
「昨日も夜中に呼び出しがあって、あんま寝てないんだよ」
小鼻を広げて佐々木が生あくびを噛み殺した。大袈裟な多忙アピールではないことはわかっている。
「――あの行方不明の高校生、まだ見つからないのか?」
佐々木は、それまでの軽い口調を改め、苦し気な表情で眉間を揉んだ。
「特に進展はない」
普段は派手な――派手、と言ったら不謹慎だが――犯罪など起きないこのあたりだが、数日前から区内の高校生が行方不明となり、地域の住民は騒然としていた。
行方不明になったのは、向町高校の二年生、加藤優花。
彼女が通う向町高校は、長栄寺の目と鼻の先にあり、かつて崇文たちも通った母校だ。
加藤優花は部活動をしていなかったそうだ。にもかかわらず帰宅が二十時を過ぎ、心配した母親が友人らを訊ねてまわった。
友人も学校教諭も、優花は通常通りの時間に帰宅したと言う。携帯は電源が切られていて繋がらない――。これまで無断で外泊をするようなことはなかったため、両親はいよいよ不安になり、警察に捜索願を出した。それが約一週間前の話だ。
「……一週間か」
正直、生存の望みは薄いのではないか。だがその一方で、必ずしも誘拐や犯罪に巻き込まれたとも言いきれない。誰も優花が連れ去られたところを見ていなく、ここ数日で、見慣れない不審な車や外部から来た怪しい人物の目撃情報もないのだ。
「家出や駆け落ちの線でも探っている。でもどうだろうな……あまり広く交流を持っているような子ではなかったみたいだ」
「そうか……」
「とにかく! 俺は忙しいんだ。女子高生の事件のほかにも、清水のじいさんが庭でゴミを焼いているだとか、渡辺さん家の粗大ゴミが隣りの敷地にまで侵入しているだとか」
急に牧歌的な事件の話になり、重苦しい空気が和んだ。
「ゴミに関する揉め事ばっかだな」
思わず笑いながら言うと、佐々木はしかつめらしい顔を向けてきた。
「ゴミ問題は案外深刻なんだぞ?」
都心の西側に比べ、このあたりは高齢者の一人暮らしが多い。たいていの高齢者はとても物を大事にするので、一度手にしたものは滅多なことでは捨てない。そうして家がゴミ屋敷化しやすい。
先々代の住職である崇文の祖父も、例に漏れず物持ちのよい人間だった。祖父の遺品整理をした際、収納から山ほどの不用品が出てきた。清貧を心掛ける僧侶ですらそうなのだから、一般家庭はこの比ではないだろう。
我が家のように家族が介入して片付けられればいいが、独居老人の家ともなると難しいだろう。ネズミや害虫の発生、悪臭問題に耐えかねた近隣の者は、最後の手段として警察に通報し、佐々木らお巡りさんの出番となる。
「ネズミだゴキブリだってのも問題だが、落合さん宅の二の舞になったら事だ」
「ああ、あの火事か」
先日、住宅街のど真ん中で火事があり、ある古い家屋が全焼した。
住んでいたのは、落合ヒロ子、七十八歳。一人暮らし。ゴミの積みあがった居間で石油ストーブを使い、引火してしまったらしい。
「被害者が出なかったのがせめてもの救いだ」
密集した住宅街での火事だったが、火はすぐに消し止められた。落合さん自身もすぐさま避難し、死傷者は出なかった。
ごちそうさま、と律儀に頭を下げ、佐々木が立ち上がった。
「そろそろ行くわ。司ちゃんも来ないし」
「……」
ぼそりと呟いた最後の一言に、お茶を二杯も飲んだ理由を悟る。やけに長居をすると思ったら、司が顔を出すのをひそかに待っていたようだ。
佐々木は颯爽と自転車に跨り帰っていった。非番なので、私物のキャノンデールのクロスバイクである。
「司が目的かよ」
ちゃんと本腰を入れて賽銭泥棒の調査をしてくれたのだろうかと、やや不安になった。

