REFLECTOR Observation

――光が戻った。

目を開けると、天井は水のように揺れていた。
中園はゆっくりと呼吸を確かめる。

肺に空気が入る感覚が、まだ残っている。

「……生きてる?」

声が、返ってこない。
反響のない空間。

ただ、電子音だけが淡く続く。

> <System Reboot Completed>
> <Observer: Undefined>
> <Subject: All>
> <Note: “選別を開始します。”>

中園は顔を上げた。
周囲はもう、施設ではなかった。

壁も天井も床も、透明なガラスでできている。
遠くまで見通せるのに、どこにも出口がない。

空気が静かだ。
遠くで、ぴちゃんと水が鳴る。

> 『――観察とは、残すこと。』

声がした。
誰のものでもない。

装置が、言葉を話している。

「誰……?」

> 『残すとは、選ぶこと。』

中園の足元のガラスが光る。
無数の映像が浮かび上がった。

高槻。
ミカ。
神谷。
久保。
#07。

皆、こちらを見ていた。
彼らの瞳は静かで、何も訴えない。

「あなたたちは、もう――」

> 『消えていません。観察されている限り、存在します。』

声が冷たく言う。

> 『記録の中で、彼らは観察を続けています。
>  そしてあなたも、観察されています。』

「……私が?」

> 『あなたは、最後の観察者。
>  しかし、観察者もまた選別の対象です。』

中園は息を呑む。
指先が震えた。

「選別って……何を基準に?」

> 『視線の持続時間。
>  意識の強度。
>  記録への意志。
>  ――そして、恐れの深さ。』

声が淡々と続ける。

> 『恐れを抱く者ほど、よく見る。
>  よく見る者ほど、干渉する。
>  干渉する者ほど、世界を残す。
>  よって、恐れる者を残す。』

中園の視界がにじむ。
涙ではない。

空気が歪んで、ガラスが溶ける。

> 『観察者、識別開始。』

モニターに数値が流れる。
脳波、心拍、視線軌跡。

それらがすべて、観察の指標として数値化されていく。

中園の心臓が速く打つたび、画面が明滅する。
00:00:12――その数字がまた現れた。

十二秒。
世界が一度、止まる。

次の瞬間、映像が反転した。

モニターに映っているのは、“私を見ている誰か”。
暗闇の中で、こちらを見つめる目。

瞬きひとつ分の距離。
――その視線が、どこから来ているのか気づいた。

ガラスの外。
いや、ページの外。

誰かが、読んでいる。

> 『識別完了。新しい観察者を確認。』

文字が流れた。

> <New Observer: YOU>

「……え?」

中園の声が、誰にも届かない。
装置の光が彼女の体を透かしていく。

皮膚の下から、記録の光が浮かぶ。

> 『観察は継続されます。
>  あなたが見ている限り。』

彼女の輪郭が光に溶け、ガラスの奥へ吸い込まれていく。
最後に残ったのは、ひとつの水滴。

ぴちゃん。

それが、あなたの指先に落ちる。

> <System Log: Observer – YOU>
> <Subject – REFLECTOR>
> <Status: Online>
> <Timecode: 00:00:12>

画面の奥で、声がした。
高槻でも、ミカでも、誰でもない。

静かな声。

――「あなたが見ている間、私は存在する。」

ページの向こうで、ガラスがあなたの姿を映す。
モニターの光が、瞳の中で微かに反射する。

あなたは、今――見ている。
だから、彼らはまだここにいる。