「お先に失礼します」同僚が少し申し訳なさそうに挨拶して帰っていく。
「お疲れ様です」俺は機械的にそう返した。
オフィスには俺ひとりだけが残った。
定時後のオフィスは不思議だ。誰もいないはずなのに、ときどき何かの気配がする。ついさっきまで、この空間が慌ただしく人の営みを包んでいたせいかもしれない。
残っていた仕事に手をつける。今日は金曜日だった。金曜の夜は、どうにも集中が続かない。週末が目の前にあるだけで、仕事に向かう気力が少しずつ雑になっていく。
時計を見ると、九時になるところだった。
「今日はこのへんにするか」
誰に聞かせるでもなく呟いて、帰り支度を始める。PCとマウスを雑に鞄へ放り込み、飲みかけのペットボトルを飲み干して捨てた。正真正銘、誰もいなくなったオフィスをあとにする。
最近、なんだか、地に足がついていない、そんな感覚に襲われることがある。
社会人四年目。仕事はそこそこおもしろいし、給料だって悪くない。たまに同僚と飲みに行って、休みの日には適当に出かけて、欲しいものがあれば少し悩んで買う。生活にめちゃくちゃ余裕があるわけじゃないけど、別に困っているわけでもない。毎日はちゃんと回っている。別に不満があるわけじゃない。なのに、その真ん中にいる自分だけが、どこかぼやけている気がする。
会社を出ると、外はすっかり金曜の夜だった。満車のタクシー、笑いながら肩を組む大学生たち。街の方が浮き足立っているのに、取り残されているのはなぜか自分ひとりだけの気がした。
帰り道、牛丼チェーンの看板が目に入る。いつもならスーパーで惣菜を買って済ませるところだが、今日はもう何でもよかった。
店内は空いていた。自分と同じような空気をまとったサラリーマンが数人、まばらに座っている。最近SNSでよく流れてくるアイドルの曲がかかっていた。
「いらっしゃいませー、空いてるお席へどうぞー」
奥から出てきた外国人の店員に促され、席につく。ほどなくして水の入ったコップが置かれた。
「ご注文はタッチパネルでお願いします」
店員が厨房へ戻る。俺はタッチパネルに手を伸ばした。今日は華金だ。特盛に豚汁までつける。小さな背徳感が、今の自分にはちょうどよかった。
そのとき、店内ラジオが耳に入った。
「それでは次回のテーマをお伝えして、本日は締めさせていただきます。来週のテーマは、青春時代の思い出です。あなたにとって青春はいつでしたか。つい思い出してしまう、そんなエピソードを募集しています」
青春時代、か。
やっぱり高校の頃だろうか。あの頃の自分が今の俺を見たら、なんて言うだろう。
そうやって昔のことを考えていると、顔のはっきりしないひとりの女の子が、頭をよぎった。
みずき。たしか、そんな名前だった気がする。
顔は曖昧なのに、言われたことだけは妙にはっきり残っていた。
「お疲れ様です」俺は機械的にそう返した。
オフィスには俺ひとりだけが残った。
定時後のオフィスは不思議だ。誰もいないはずなのに、ときどき何かの気配がする。ついさっきまで、この空間が慌ただしく人の営みを包んでいたせいかもしれない。
残っていた仕事に手をつける。今日は金曜日だった。金曜の夜は、どうにも集中が続かない。週末が目の前にあるだけで、仕事に向かう気力が少しずつ雑になっていく。
時計を見ると、九時になるところだった。
「今日はこのへんにするか」
誰に聞かせるでもなく呟いて、帰り支度を始める。PCとマウスを雑に鞄へ放り込み、飲みかけのペットボトルを飲み干して捨てた。正真正銘、誰もいなくなったオフィスをあとにする。
最近、なんだか、地に足がついていない、そんな感覚に襲われることがある。
社会人四年目。仕事はそこそこおもしろいし、給料だって悪くない。たまに同僚と飲みに行って、休みの日には適当に出かけて、欲しいものがあれば少し悩んで買う。生活にめちゃくちゃ余裕があるわけじゃないけど、別に困っているわけでもない。毎日はちゃんと回っている。別に不満があるわけじゃない。なのに、その真ん中にいる自分だけが、どこかぼやけている気がする。
会社を出ると、外はすっかり金曜の夜だった。満車のタクシー、笑いながら肩を組む大学生たち。街の方が浮き足立っているのに、取り残されているのはなぜか自分ひとりだけの気がした。
帰り道、牛丼チェーンの看板が目に入る。いつもならスーパーで惣菜を買って済ませるところだが、今日はもう何でもよかった。
店内は空いていた。自分と同じような空気をまとったサラリーマンが数人、まばらに座っている。最近SNSでよく流れてくるアイドルの曲がかかっていた。
「いらっしゃいませー、空いてるお席へどうぞー」
奥から出てきた外国人の店員に促され、席につく。ほどなくして水の入ったコップが置かれた。
「ご注文はタッチパネルでお願いします」
店員が厨房へ戻る。俺はタッチパネルに手を伸ばした。今日は華金だ。特盛に豚汁までつける。小さな背徳感が、今の自分にはちょうどよかった。
そのとき、店内ラジオが耳に入った。
「それでは次回のテーマをお伝えして、本日は締めさせていただきます。来週のテーマは、青春時代の思い出です。あなたにとって青春はいつでしたか。つい思い出してしまう、そんなエピソードを募集しています」
青春時代、か。
やっぱり高校の頃だろうか。あの頃の自分が今の俺を見たら、なんて言うだろう。
そうやって昔のことを考えていると、顔のはっきりしないひとりの女の子が、頭をよぎった。
みずき。たしか、そんな名前だった気がする。
顔は曖昧なのに、言われたことだけは妙にはっきり残っていた。
