嘘と欲求

「最近、雨宮伊織という名前の男子高校生が、本の注文か、予約か、してませんか」
 客からの問い合わせを気前よく受けようとしていた店員が、一瞬だけ写真のように静止したのを翔真は見逃さなかった。
 ぱちぱちと大袈裟に瞬きをする店員の、メモを取ろうとしていた手が紙の上で止まっている。一文字も書かれていない。ボールペンを握ったまま翔真の顔を見る店員の眉間に、僅かながら皺が寄っていた。
 店員の険しい表情から見て取れるのは警戒心であった。イレギュラーな問い合わせ内容である上に、不審に思う要素が多分に含まれているからに違いない。自覚はあった。
 注文や予約をしていようがしていなかろうが、その旨を正直に答えてくれるとは微塵も思っていない。それでも聞かなければ、得られるものは確実にゼロだ。今はただ、何でもいいから欲しいのだ。伊織に繋がる些細な手がかりが。
「……申し訳ありませんが、他のお客様に関することはお答えできません」
 抜け切らない警戒心を片手にしつつ、店員は長い沈黙は作らずに気丈に振る舞った。案の定の回答だった。最初から望み薄だと分かっていたはずなのに、鬱々とした重たい溜息が漏れそうになった。
 店員は店員として当たり前の発言をしているだけ。店員は正しい。おかしいのは翔真だ。店員は翔真を嘲笑って馬鹿にしているわけではないのに、お前みたいな嘘吐きストーカー盗撮魔の質問に誰が真面目に答えるかよこっちは会話もしたくねぇんだよそれなのに返事してやったんだからありがたく思えよクソ陰キャがさっさと目の前から消えろ、などとこれまで浴びせられてきた誹謗中傷のまとめみたいな言葉の数々が鼓膜を叩いている気がしてしまう翔真がおかしいのだ。
「……そう、ですよね。すみません」
 幻聴に刺し貫かれた翔真は、店員に反論はせず大人しく引き下がった。目を下げ肩を下げ、全身に負のオーラを纏わりつかせながらとぼとぼと歩いて書店を出る。
 鉛のように重たいその足で、今度は公園へ向かった。伊織がいるかもしれない。猫と戯れているかもしれない。
 特定された場所にわざわざ出向くだろうかという疑念はあったが、首を振って無視した。公園には入らなくとも、前を通るくらいはするかもしれない。
 見かけたら追いかけて声をかけるのだ。今日こそは、必ず、伊織に会えるはずだ。昨日もそう断定していた。
 精神的苦痛のあまり嘔吐した次の日から、翔真は悪い虫に取り憑かれたみたいに、書店と公園をひたすら往復するようになっていた。
 ストーカーと貶されても強く否定できないほどに一日中血眼になって伊織を探し回っているのに、影の一つも見つけられていない。伊織は家から出ていないのだろうか。出られないほどに追い詰められているのだろうか。
 ズボンのポケットから、常に持ち歩いているスマホを取り出した。禁断症状のように、確認せずにはいられないSNSを開く。見ても気分がブルーになるだけだと分かっていながらも、現状を把握せずにいるのは落ち着かない。
 敵はどこまで迫ってきているのか。炎は大人しくなってきているのか。僅かな変化すら見逃せば、死角から心臓を貫かれてしまうのではないかと気が気でなかった。翔真は半ば緊張しながら画面に指を滑らせた。
【この画像の人、雨宮伊織って名前らしいね】
【いつ見ても物凄いイケメンなのに、歪んだ性癖が全部台無しにしてる】
【雨宮伊織がどこの学校の奴かすぐ分かりそうだけど、意外とまだ判明してない?】
【画像だけで場所特定できる人ってどうやってんの。純粋な疑問なんだけど】
【特定班、情報待ってるよ】
【今更この炎上の流れ調べてみたけど、悪いのは普通に投稿主じゃない? 嘘に盗撮にストーカー行為。そんな犯罪じみた行動が明らかになったら、そりゃこうなるでしょ】
【男二人は別にどうでもいい。一緒に撮られてる猫が無事かどうかだけ知りたい】
【イケメン殺人鬼じゃなくて、イケメンを狙って殺すブサイクが見てみたい。つまり、カケルが雨宮伊織を殺せばOK】
【異常性癖のある人は要注意。将来何か仕出かす可能性大】
【やっぱり男が多いね。犯罪者になるのって】
【猫を殺すようになったら本気で危機感持った方がいい。いつか絶対人間を殺すようになるから】
【カケルって奴の顔とか本名とか性癖とか、調べられる人いたら調べてほしい。雨宮伊織と同じで犯罪者の卵っぽいし、完全に孵化する前に潰しておくに越したことはないよ】
【学校名分かった。公園の場所と着ている制服からすると──】
 動悸がした。冷たい汗が額を伝った。事態は悪化していた。恐れていた展開が、早くも訪れてしまっていた。誹謗中傷の的が、翔真と伊織だけに留まらず、学校にまで広がろうとしていた。翔真の手に負えないところまで来てしまっていた。
 人生終了じゃんお前。誰かが放っていた暴言が、鈍器のような重量を伴って翔真の頭を殴った。鮮血が飛び散った。目の前が眩んだ。人生が終了した。
 後頭部を押さえた。髪の毛は濡れていない。手のひらを見た。真っ赤な血はついていない。翔真は死んでいない。殺されてもいない。流れる汗を拭う。ベタベタしていた。悪い想像ばかりが駆け巡る。ビクビクしていた。
 息がしづらくなるくらい極度の緊張状態に陥りながらも、最悪な事態を迎える前に伊織に会わなければという使命感が翔真を突き動かした。立ち止まっていては前には進めない。とにかく今は、誰よりも早く伊織と接触しなければ。
 随分と乾いてしまっている唇を引き込み、止まっていた足を踏み出した。頭の中は伊織でいっぱいだった。
 早く会わなければ。早く話をしなければ。早く責任を取らなければ。伊織。伊織。伊織。今、どこにいる。見つけた瞬間、飛んでいってしまいたい。ネットの特定班よりも、事態に気づいた教師よりも、早く、早く、伊織に会いたい。
 焦燥感と夏の猛暑に息を乱してしまいながら、ひとまずの目的地である公園を目指して歩くこと十数分。良い予感も悪い予感も何も抱かない諦念にも似た虚無を感じ始めた頃、視線の先で覚えのある風貌をした人物を見かけた。翔真のいる方向へ歩いてきている。目を凝らして無遠慮に眺め、思い切り胸が跳ねた。
 瞬く間に鼓動が速くなり、心音が耳に近くなる。自然と徒歩から早足へ。早足から駆け足へ。変わっていく。人違いかもしれない可能性がないわけではないのに、身体の反応は人違いではないと先走る。毎日書店と公園を何往復しても影も形も見つけられなかった人が、今しっかりと翔真の瞳に映っている。
 あの人は伊織だ。伊織のはずだ。私服姿は初見だったが、身長や歩き方、遠目からでも分かる他にはない独特な雰囲気、それらが記憶の中の伊織と重なる。
 やっと発見した伊織を絶対に逃したくないと必死の形相でダッシュする翔真は、伏し目がちでありながらもどことなく余裕のある所作でゆっくりと歩く伊織との距離を縮めた。
 まっすぐ伊織だけを見つめる。奇行に走るほどに探し求めていた伊織に向かって、一目散に駆ける翔真の口が開く。気配を感じたように伊織が顔を上げた。視線が絡み合った。翔真は開けた口から息を吸い、吐くと同時に喉を震わせた。
「あま、みや」
 息も絶え絶えの掠れた声だった。余裕もないのに無理して発声したせいか、喉が詰まる感覚がして思わず咳き込む。
 息苦しさに走っていられなくなった翔真は、胸を押さえて立ち止まった。気が急いていても、もっとスマートに伊織の前に姿を表したかったが、少々鈍臭い節のある翔真である。かっこよくは決めきれなかった。
 咳をして喘ぐ翔真は、懸命に息を整えながら目を上げた。先ほどよりも近い距離で、伊織と再び視線が重なった。
 固く唇を引き結んで静かに歩いていた伊織が、翔真の目の前で立ち止まる。肩で息をする翔真を心配するでもなく、かといってSNSの惨状に対して憤怒するでもなく、ただ無言で瞬きを繰り返していた。
 感情が読めない。学校でよく見ていた表情と何も変わっていない。変わらなすぎて、人違いなのではないかと疑いそうになった。あれだけ炎上しているのに、あまりにも平常心すぎて。
 でも、もしかしたら、心労を顔に出さないようにしているだけなのかもしれない。伊織は、良くも悪くも全部顔に出る翔真とはまるで真逆なのだから。
「雨宮、よかった、会えて……」
 途切れ途切れに口にした言葉が地面に落ちていく。流れる沈黙。伊織は何を考えているのか、まだ口を開かない。
 寡黙な人であるのは知っているが、こちらが何を言っても最初から最後まで無言を貫かれてしまうと焦燥に駆られる。怒りを必死に抑え込んでいるが故の沈黙なのだろうか。
 不安を覚えた翔真は、真っ先に頭を下げて誠意を見せようと、滴る汗を拭って腰を折ろうとした。
 謝れば済むと思ってんのかよ。唐突に、顔の知らない他人から寄せられた厳しい意見が脳内で再生された。のっぺらぼうのような人間の声。ネット上に潜む魔物の声。翔真は咄嗟にその声を振り払う。謝って済むなどとはもう思っていない。それでも、自分の非を認めて謝る行為が悪いとは思えない。
「あまみ──」
「珍しいね、西原から声かけてくるなんて」
 ピタッと翔真の動きが停止する。話すタイミングが見事に被り、反射的に引き下がってしまった。先の言葉を続けられず、謝罪が喉奥に引っ込んでいく。
 不恰好な前屈みの姿勢のまま伊織を見遣った。顔色に変化はない。声色も普通。躍起になって伊織の元へ駆け寄り、自ら声をかけた翔真の行動を珍しいと表して馬鹿にしているわけでも、揶揄しているわけでもなさそうだった。嫌味を言っているわけでもなさそうだった。
 ネット上で燃え上がっているにも拘らず、伊織は冷静すぎるのではないか。なぜ、少しも取り乱さないのか。翔真の投稿のせいで炎上したのに。殴ろうと思えば秒で殴れる距離に、元凶が立っているのに。罵声を浴びせたり、文句を言ったり、暴力を振るったり、手のひらを返したりできるのに。伊織は何もしてこない。する素振りもない。
 伊織との温度差や認識の食い違いを感じ、翔真は黙りこくってしまった。何かおかしい。何か変だ。気づかぬうちに炎上など起きていない世界に転送でもされてしまったのだろうかと、一瞬でも本気で疑った。そんなはずはなかった。
 ならばなぜ、伊織はほんの少しも顔色を変えないのか。変えずにいられるのか。伊織にとって炎上など、痛くも痒くもないのだろうか。翔真は堪えきれずに嘔吐するほどの大ダメージを受けてしまったのに。なぜ、伊織は。
「……あ、雨宮。な、なんで、なんでそんな、平然としていられるんだよ。俺のせいで、炎上、してるのに」
「炎上?」
「……いや、いやいや、なんだよ、その反応。え、し、知ってるだろ? 今、俺と雨宮、SNSで炎上してるって」
「何それ。全然知らない」
「え、し、知らない……?」
 格好悪く声が裏返った。咳払いで誤魔化しもせず、翔真は驚愕の表情で伊織の顔を見つめた。
 冗談を言っているわけでも、知らないふりをしているわけでもなさそうだった。伊織は翔真が招いた炎上を、殺人欲求を持っている犯罪者予備軍だとされ、自身がネット上で叩かれているのを、認知していないのだ。
 そんなことがあるのか。嫌でも目に入ってきそうなものを、誰かが教えてくれそうなものを、伊織は今の今まで知らなかっただなんて。
 伊織も炎上を知っている前提でいた翔真は、予想外の展開を前に目をうろちょろさせてしまった。
 もうバレていると思い諦めていたが、伊織は炎上を知らなかった。翔真に親友にされているのも知らないはずだ。翔真にとって都合の悪い情報を持っていない伊織に、開示すれば不利になる秘密を自ら差し出す必要があるのか。ネット上の出来事を知らないのなら、知らないままでいてくれた方が。
 この期に及んで保身に走る翔真は、火だるまになって燃えているのを伝えるだけ伝え、手を貸さずに伊織を見捨てようとしていた。翔真自身も燃え上がって死にかけているのに、自分には伊織しかいないと藁にもすがる思いだったのに、秘密がバレていなかったのを知っただけで、あっさりと手放そうとしていた。
 命よりも秘密。伊織よりも秘密。伊織を親友にし、盗撮もし、いいねを稼ごうとしていたなど、本人に一番知られたくない。
「し、知らないんだ。なら、知らない方が、いいかも。あ、はは、呼び止めて、悪かった。あはは。じゃ、じゃあ、俺は、これで……」
「説明もなしに逃げるつもり?」
「あ、いや、逃げるなんて、そんな……」
「中途半端なところで話すのやめないでくれる?」
 有無を言わせない口調に、じりじりと後退りしていた足が止まった。下手くそな笑みを貼り付けたままの翔真の額を、粘ついた汗がだらだらと伝う。日光が二人を焼いている。汗が止まらなくなる。全身が燃えそうだった。リアルでも燃えるなど、洒落にならなかった。
 汗だくになっている翔真と違って、伊織は汗一つかいておらず涼しげだった。余裕そうにさらっとしているのを目の当たりにすると、なぜか嫉妬心にも似た訳の分からない感情が湧き上がってきた。ますます身体が熱くなる。汗を飛ばすように首を振った翔真は、負けじと強気に出ていた。目的が何だったのか分からなくなっていた。
「あ、雨宮、炎上してるの、知らなかったんだろ? 自分が、何言われて叩かれてるのか、知らずに済んでるなら、その方がいいと思って。だ、だから、言わないでおこうって、話、切り上げたのに。それなのに、なんで、自分から、傷つきに行こうとするんだよ。ドMかよ」
 ピシッと空気が張り詰めた。亀裂の入る音がした。衝動を伝える熱が冷め、瞬く間に血の気が引いていく。
 勢い余って余計な一言を付け加えてしまった。こちらが劣勢で、展開をひっくり返す算段すらないのにわざわざ挑発する発言をしてしまうなど、一体どちらがドMなのか。
 口撃の強い伊織には、翔真の挑発など効くはずもない。見つめられると迫力すら感じる伊織の目が、翔真を捕らえて離さなかった。流れる汗が冷たくなっていた。
「不快だよね、普通に」
「ふ、不快……?」
「炎上してるって言われたのに、俺が把握してないだけですぐに話を切り上げられるの、普通に不快だよね」
「……いや、でも、これは、見ない方がいいって。本当に。多分、死にたくなる、だけだし。俺は、まだ、傷つかずに済んでる、雨宮のためを思って、言ってるわけで」
「別に自分への誹謗中傷を見たいわけじゃないよ。なんで炎上してるのか、それを説明してほしいだけ。理由もなしに、炎上なんかするわけないよね。それとも、俺には話せない内容で燃えてるの?」
 首を絞められたかのように喉が詰まった。言葉が見つからずに目が泳いだ。話せない内容で燃えている。ビンゴである。まさにその通りである。
 もう観念するしかないのだろうか。土下座覚悟で打ち明けるしかないのだろうか。炎上した経緯を説明するには、翔真が何者としてSNSを使用していたかも言わなければ辻褄が合わなくなる。伊織を親友にして一人で盛り上がり、盗撮までした話は、切っても切り離せない話だ。
 伊織を無闇に傷つけさせないため。相手のことを一番に考えているように見える、使い勝手の良い理由が通用しなくなった。話さない理由を取り上げられてしまった翔真は、残った燃え滓みたいな頼りない言葉を掻き集めた。偽善の言葉すら残っていなかった。
「あー、えーっと、まあ、ちょっと、いろいろあって、燃えたっていうか、雨宮には、本当、申し訳ないことしたな、っていうか、はは……」
 武器などもう既に破壊されている。にも拘らず、往生際の悪い翔真は、暈して誤魔化して笑って済ませ、事なきを得ようと躍起になった。奥歯に物が挟まったような言い草で、伊織が納得してくれるはずもないのに。
「埒が明かないね。歯切れが悪い上に、説明も下手くそそうだから、もういいよ」
「もういい……?」
「スマホ、見せて。そっちの方が早い」
 手のひらを向けられた。諦めてくれたのか、と目を輝かせてしまいそうになった直後だった。
 安堵の表情をする寸前みたいな半端な顔のまま硬直する。暑さによるものだけではない汗がブワッと吹き出す。伊織の前で正座をさせられている気分に陥る。伊織が得心するまで、足を崩すことすら許されない。伊織の心が不快でなくなるまで、この場からは逃げられない。ずっと、追い詰められたまま。
 伊織が悪魔にも死神にも見えた。勝ち目などないのは火を見るよりも明らかなのに、翔真はまだ抵抗を示した。
「す、スマホは、流石に、見せられないっていうか。あ、雨宮だって、ほら、その、恥ずかしいだろ? 他人にスマホ、見られるの。しかもそれが、SNSだなんて。べ、別に変なことは、呟いてないけどさ、リアルとネットだと、やっぱちょっと、違うじゃん? だから、な? 見せたくないっていうか」
「ごちゃごちゃうるさいね。俺は西原が何を投稿していようが、とやかく言うつもりはないよ。俺に見られたら困るような投稿をしていたとしても」
 喉が潰れたような変な音が鳴った。翔真が頑なに炎上の経緯を喋ろうとしない理由を、早くから察していたような口振りだった。
 伊織は一度、翔真を疑っている。つけ回しているのではないかと。公園での盗撮にも気づいているだろう。画面越しに伊織とばっちり目が合った記憶が、誤って撮ってしまった写真を消去しても鮮明に残っていた。
 人には言えない行いを、SNSでしていると勘付かれている。尻尾を掴まれていたのに気づかないまま、胸に抱えた秘密を一生懸命死守しようとしていたなど滑稽でしかなかった。
 ずるずると引き摺り出され、全てが露わになろうとしているのに気づいた途端、力が抜けそうなほどの虚無を覚えた。張っていた緊張の糸が、ぷつんと切れた。
 口調は穏やかだが言葉の重い伊織に完全敗北した翔真は、大人しくスマホを手にした。該当の投稿を開く。盗撮写真。親友の文字。嘘の出来事。炎上を表す数字。
 醜い自分の姿を直視すると決意が揺らぎそうになったが、今更どう足掻いても逃げられないと腹を括った。
「……これが、まあ、炎上しまして。最初は、雨宮に対して、イケメンだなんだって、悪くない反応を、貰ってたんだけど、あのー、雨宮の、元同級生だっていうアカウントが、出現してから、雲行きが怪しくなりまして。で、俺が投稿した画像も、と、盗撮写真じゃないか、って、バレてしまいまして。結果、二重で炎上が起きたと言いますか、なんと言いますか」
 自然と敬語になっていた。正座をさせられている気分から、自ら正座をしている気分になっていた。
 へらへら笑って誤魔化そうにも、笑って誤魔化せる状況ではない。翔真から受け取ったスマホを見下ろす伊織が、全く笑っていない。
 伊織の予想通り、辿々しくて下手くそだった翔真の説明が、ぼとぼとと地面に落ちる音が聞こえた気がした。普通は聞こえるはずのない音が聞こえてしまいそうなくらいの、重苦しい沈黙だった。
 静まり返った空気が、翔真の顔を俯かせる。全部おしまいだ。全部燃えてなくなっておしまいだ。充実した高校生活を送っていたカケルは、リアルの世界を生きる偽物の親友を前に、確実に死んだ。
「大変なことになってるね」
 焦りも怒りも感じない声だった。まるで他人事のようだった。炎上を目の当たりにしても、翔真がSNSでどんな立ち振る舞いをしていたかを目にしても、伊織は何事もなかったように落ち着いている。
 伊織の炎上も自分の行為も、趣味の悪い妄想だったのではないかと疑ってしまいそうになった。殺人欲求。犯罪者予備軍。イケメンな親友。見たり打ったりしていなければ、頭に残るはずもないであろう情報。間違いなく、伊織は炎上している。翔真と共に。犯罪者予備軍として。
 じめじめと暗くなる翔真の目の前で、冷静な伊織が当たり前のようにスマホをポケットにしまった。流れるような窃盗行為。理解するのに数秒かかった。
「え、あの、俺の、スマホ……」
「返してほしかったら、ついてきて」
 踵を返した伊織が、余裕のある所作でマイペースに歩き出した。スマホを盗られ狼狽える翔真は、棒立ちとなって伊織の背中を見つめる。どんどん遠くなっていく。自分のスマホも遠くなっていく。必需品のスマホ。大事なスマホ。
 翔真は弾かれたように伊織の背中を追いかけた。どこへ行くのかも分からないまま、スマホを取り返すために追いかけた。完全に、伊織に主導権を握られてしまっていた。