試合終了のアナウンスが流れると、観客席から拍手が沸き起こった。
「ナイスゲーム!」
「お疲れ様!」
あちこちから歓声が聞こえてくる。
応援に来ていた野球部員の保護者たちも笑顔で拍手を送っていた。
選手たちは整列し、お互いの健闘を称え合う。
「ありがとうございました!」
グラウンドに響くその声は、試合中とはまた違う力強さがあった。
私はその様子を眺めながら、小さく息を吐く。
「面白かった…」
そんな言葉が、ふと口から漏れていた。
「それはよかった」
隣で紬が言う。
「花奈、最初から最後までめっちゃ真剣に見てたもんね笑」
「そんなことないって」
そう言って笑ったものの、自分でも少し驚いていた。
今まで何度も野球を見てきた。
蒼陵学院の試合ではないけれど。
プロ野球も、高校野球も。
でも、今日ほど一人の選手を目で追い続けた試合はなかった気がする。
「さ、私たちは仕事に戻ろ!」
陽菜の一言で我に帰る。
試合が終わったとはいえ、私たちの仕事はまだ残っている。
案内用の看板を片付けたり、受付周辺の机や椅子を運んだり。
五人で協力すると、思ったより早く作業は進んでいった。
「よし、終わった!」
陽菜が元気よく言う。
その時だった。
「今日はありがとうございました!」
後ろから聞き覚えのない声がした。
振り返ると、試合を終えた野球部員たちがこちらへ歩いてくる。
制服ではなくユニフォーム姿だからか、学校で見るよりずっと大人びて見えた。
「球場の手伝い、本当に助かりました」
部長らしき選手が頭を下げる。
それに釣られて、私たちも慌てて頭を下げた。
「お疲れ様でした!」
「まずは県大会優勝目指して頑張ってください!」
陽菜が笑顔で言うと、野球部員たちは「ありがとうございます!」と笑顔で返し、帰っていく。
歩いていく集団の少し後ろに、藤原くんの姿があった。
タオルを首にかけたまま、チームメイトと話している。
試合中の真剣な表情とは違う。
どこか安心したような、柔らかい笑顔を浮かべていた。
すると、私の目の前を通り過ぎていく一瞬、藤原くんと目が合った。
…気がした。
ほんの一瞬。
すぐに藤原くんは仲間の方へ顔を向け、笑いながら何かを話し始める。
「花奈?」
「えっ?」
「ぼーっとしてるよ?」
真帆に声をかけられる。
「ご、ごめん」
私はもう一度だけ藤原くんの方を見た。
もうそこには、仲間たちと笑い合う後ろ姿しか残っていなかった。
「じゃあ、帰ろっか」
陽菜の声に頷き、私たちは球場を後にする。
帰り道で今日の試合を思い出すたび、頭に浮かぶのは藤原くんだった。
仲間に声をかけ続ける姿。
誰よりも真剣に野球と向き合う姿。
そして、勝った瞬間に見せたあの笑顔。
その時はまだ、この感情の意味が分からなかった。
球場を出ると、春の風が頬を撫でる。
試合が終わって少し経っていたが、球場の外はまだ人で賑わっていた。
家族と応援に来ていた子どもたちから、
「将来あんなふうになりたいな」
そんな声が聞こえてきて、思わず振り返る。
「年々野球部員が減ってるって聞くし、ああいう子がもっと増えたらいいよね」
紬が言う。
「そうだね。
でも、今日みたいな試合見たら、やりたくなる気持ちも分かるかも」
千尋が笑う。
「花奈なんて、途中から完全に藤原くんしか見てなかったじゃん笑」
「もう!
違うってば!」
私が慌てて否定すると、
「はいはい」
陽菜と真帆まで笑い出した。
「でも、確かにすごい選手だったよね。
藤原くん」
真帆が珍しく自分から話し始める。
「それ!」
千尋が勢いよく頷く。
その時私は何も言わなかったけれど、みんなが話している姿を見ながら、心の中では何度も同じことを考えていた。
『また、あの人の試合が見たい』と。
「ただいまー」
「おー花奈、おかえり」
リビングへ入ると、父がプロ野球の中継を見ていた。
「球場の手伝いどうだった?」
「疲れたー。
でも、結構楽しかったよ」
「試合は見れたか?」
「うん」
お父さんがテレビから視線を外し、私を見る。
「どうだった?」
「コールド勝ちだったよ。
それに、すごい選手がいた」
「ほう」
「四番でファーストの人」
「名前は?」
「藤原拓夢」
その瞬間、お父さんが少し驚いたような顔をした。
「あお、あの子か」
「知ってるの?」
「ネットニュースで見たことあるよ」
「そうなんだ」
「守備も打撃をすごいだろ?」
「それだけじゃないよ。
藤原くんの声かけだけで、チームの雰囲気がガラッと変わるの。
自分の打席が終わったあともチームメイトをずっと気にかけてた」
父は黙って聞いていた。
そして、微笑みながら言う。
「花奈」
「なに?」
「いい選手っていうのはな、ただ試合に勝たせる選手じゃない。
周りまで強くする選手なんだ」
…たしかに。
藤原くんは、そんな選手だった気がする。
ベッドへ入っても、なかなか眠れなかった。
目を閉じるたびに思い浮かぶ。
打席へ向かう背中。
真剣な横顔。
仲間と笑い合う姿。
あんなにも野球を真剣に、でも楽しそうにする人を、私は知らなかった。
「…また見たいな」
小さく呟く。
次の試合はいつなんだろう。
そんなことを考えている自分に気づいて、小さく笑ってしまう。
「私、どうしたんだろ」
部屋の電気を消す。
真っ暗な部屋の中で最後に思い浮かぶのも、やっぱり藤原くんの笑顔だった。
「ナイスゲーム!」
「お疲れ様!」
あちこちから歓声が聞こえてくる。
応援に来ていた野球部員の保護者たちも笑顔で拍手を送っていた。
選手たちは整列し、お互いの健闘を称え合う。
「ありがとうございました!」
グラウンドに響くその声は、試合中とはまた違う力強さがあった。
私はその様子を眺めながら、小さく息を吐く。
「面白かった…」
そんな言葉が、ふと口から漏れていた。
「それはよかった」
隣で紬が言う。
「花奈、最初から最後までめっちゃ真剣に見てたもんね笑」
「そんなことないって」
そう言って笑ったものの、自分でも少し驚いていた。
今まで何度も野球を見てきた。
蒼陵学院の試合ではないけれど。
プロ野球も、高校野球も。
でも、今日ほど一人の選手を目で追い続けた試合はなかった気がする。
「さ、私たちは仕事に戻ろ!」
陽菜の一言で我に帰る。
試合が終わったとはいえ、私たちの仕事はまだ残っている。
案内用の看板を片付けたり、受付周辺の机や椅子を運んだり。
五人で協力すると、思ったより早く作業は進んでいった。
「よし、終わった!」
陽菜が元気よく言う。
その時だった。
「今日はありがとうございました!」
後ろから聞き覚えのない声がした。
振り返ると、試合を終えた野球部員たちがこちらへ歩いてくる。
制服ではなくユニフォーム姿だからか、学校で見るよりずっと大人びて見えた。
「球場の手伝い、本当に助かりました」
部長らしき選手が頭を下げる。
それに釣られて、私たちも慌てて頭を下げた。
「お疲れ様でした!」
「まずは県大会優勝目指して頑張ってください!」
陽菜が笑顔で言うと、野球部員たちは「ありがとうございます!」と笑顔で返し、帰っていく。
歩いていく集団の少し後ろに、藤原くんの姿があった。
タオルを首にかけたまま、チームメイトと話している。
試合中の真剣な表情とは違う。
どこか安心したような、柔らかい笑顔を浮かべていた。
すると、私の目の前を通り過ぎていく一瞬、藤原くんと目が合った。
…気がした。
ほんの一瞬。
すぐに藤原くんは仲間の方へ顔を向け、笑いながら何かを話し始める。
「花奈?」
「えっ?」
「ぼーっとしてるよ?」
真帆に声をかけられる。
「ご、ごめん」
私はもう一度だけ藤原くんの方を見た。
もうそこには、仲間たちと笑い合う後ろ姿しか残っていなかった。
「じゃあ、帰ろっか」
陽菜の声に頷き、私たちは球場を後にする。
帰り道で今日の試合を思い出すたび、頭に浮かぶのは藤原くんだった。
仲間に声をかけ続ける姿。
誰よりも真剣に野球と向き合う姿。
そして、勝った瞬間に見せたあの笑顔。
その時はまだ、この感情の意味が分からなかった。
球場を出ると、春の風が頬を撫でる。
試合が終わって少し経っていたが、球場の外はまだ人で賑わっていた。
家族と応援に来ていた子どもたちから、
「将来あんなふうになりたいな」
そんな声が聞こえてきて、思わず振り返る。
「年々野球部員が減ってるって聞くし、ああいう子がもっと増えたらいいよね」
紬が言う。
「そうだね。
でも、今日みたいな試合見たら、やりたくなる気持ちも分かるかも」
千尋が笑う。
「花奈なんて、途中から完全に藤原くんしか見てなかったじゃん笑」
「もう!
違うってば!」
私が慌てて否定すると、
「はいはい」
陽菜と真帆まで笑い出した。
「でも、確かにすごい選手だったよね。
藤原くん」
真帆が珍しく自分から話し始める。
「それ!」
千尋が勢いよく頷く。
その時私は何も言わなかったけれど、みんなが話している姿を見ながら、心の中では何度も同じことを考えていた。
『また、あの人の試合が見たい』と。
「ただいまー」
「おー花奈、おかえり」
リビングへ入ると、父がプロ野球の中継を見ていた。
「球場の手伝いどうだった?」
「疲れたー。
でも、結構楽しかったよ」
「試合は見れたか?」
「うん」
お父さんがテレビから視線を外し、私を見る。
「どうだった?」
「コールド勝ちだったよ。
それに、すごい選手がいた」
「ほう」
「四番でファーストの人」
「名前は?」
「藤原拓夢」
その瞬間、お父さんが少し驚いたような顔をした。
「あお、あの子か」
「知ってるの?」
「ネットニュースで見たことあるよ」
「そうなんだ」
「守備も打撃をすごいだろ?」
「それだけじゃないよ。
藤原くんの声かけだけで、チームの雰囲気がガラッと変わるの。
自分の打席が終わったあともチームメイトをずっと気にかけてた」
父は黙って聞いていた。
そして、微笑みながら言う。
「花奈」
「なに?」
「いい選手っていうのはな、ただ試合に勝たせる選手じゃない。
周りまで強くする選手なんだ」
…たしかに。
藤原くんは、そんな選手だった気がする。
ベッドへ入っても、なかなか眠れなかった。
目を閉じるたびに思い浮かぶ。
打席へ向かう背中。
真剣な横顔。
仲間と笑い合う姿。
あんなにも野球を真剣に、でも楽しそうにする人を、私は知らなかった。
「…また見たいな」
小さく呟く。
次の試合はいつなんだろう。
そんなことを考えている自分に気づいて、小さく笑ってしまう。
「私、どうしたんだろ」
部屋の電気を消す。
真っ暗な部屋の中で最後に思い浮かぶのも、やっぱり藤原くんの笑顔だった。



