保健室に運ばれたあの日から、わたしは海斗くんのことを目で追っていた。
幸いにも、わたしの捻挫は軽傷で、2週間もすれば回復した。
ちょっと惚れやすすぎなんじゃないかと、自分でも心配になるが、一度気になりだすとどうしても止められない。
5月の半ば、6時間目。
総合の時間は、いつも何をやるのかがよくわからない。
今の中学生はどうか知らないが、わたしのときはレクリエーションをやったり、自習に使ったりと、予備のコマとして使われていた。
「それじゃ、この時間で運動会の種目を決めるぞ。学級委員、前に来て進行」
担任の先生は、生徒を呼んで教壇を譲った。
ほぼ同時に手が挙がる。いつもの男子だ。
「はいはーい! 海斗、今記憶ねえからさ、なるべく多く出させてやりたいんだけど」
男子の意見に、海斗くんが愛想笑いを浮かべた。
明らかに、それは困っている表情だった。
「いいよ、そんなに気をつかってもらわなくて」
海斗くんの目配せを受けて、委員長も男子をたしなめる。
「それはさすがにフェアじゃないんじゃないか?」
だけど、あいつは諦めない。
「なじして? そういう融通を利かせられるのが、地元の強みっしょ。海斗の父ちゃんたちも、そのつもりで俺たちに預けてんじゃねえの?」
思わぬ、反論に委員長が閉口した。
すぐさま別の男子からも追撃が入る。
「ぶっちゃけ俺は出たくないから、今の案に賛成したい」
歯に衣着せぬ消極的な声に、笑いが起こった。
空気が変わる。
「女子としては、どっちでもいいかも」
「御園生くんって運動できる人?」
「普通、普通。運痴じゃないから、任せても問題ナッシング」
本人に代わって男子が答える。
こうなってしまえば、もはやだれにも止められない。
プログラムの時刻から逆算して、候補をピックアップ。
海斗くんのスタミナを考えながら、瞬く間に参加する種目が決まっていった。
嫌じゃなかっただろうかと、わたしは不安だった。
海斗くんのほうを見ても、口元に微笑が浮かんでいるので心情をうまく読み取れない。
「それじゃあ、残りは自薦でいいかな」
「男女二人三脚だけ、先に決めちゃおうぜ」
海斗くんが関わるからだというのは、みんな理解できた。
「じゃあ、女子の中でやりたい人……」
委員長の言葉に、男子は呆れたように首を振る。
「海斗の思い出づくりだぜ? 海斗が好きな女子を選べよ」
「きゃー!」
女子から黄色い悲鳴が上がる。
好きの意味は、もちろんラブのことじゃないだろう。それでもこればっかりは、海斗くんも笑みを引きつらせている。
とうの男子は、自分が爆弾発言をしたことに気がついていない。のんきに口と鼻の間でシャーペンを挟んで遊んでいた。
「いや、それはちょっと……」
海斗くんが周りを見渡す。
一瞬、目が合ったように感じられたが、わたしが注視したときにはもう、海斗くんは明後日のほうを向いていた。
「じゃあ、うっちゃんだな」
なんの躊躇もなく、男子は言い切った。
「なっ!」
髪を逆立てて、わたしは抗議する。
無理にでも避けたいわけじゃないが、今は海斗くんとの距離にとまどってしまう。
その場で立ちあがらなかったのは、露骨な態度はかえって不自然だと思ったからだ。
男子はわたしの拒絶なんか気にしない。
いったい何にムキになっているんだと言わんばかりに、目を点にしていた。
「だってもう、この前の体育で経験済みだろ?」
海斗くんの肩を借りたときのことだった。
当たり前だけれど、みんなに見られていたんだ。そうとわかると、首から耳にかけてがなんだか燃えたように熱い。
「たしかに、経験者のほうがいいかも!」
クラスの女子が悪ノリをはじめる。
どういうつもりかはわからないが、注目を浴びやすい役が回って来なければなんでもいいのかもしれない。
「江幡さん、お願いしても平気?」
ダメ押しのように委員長が聞いて来る。
そこで力強く拒否できるようなら、最初からわたしは海斗くんに不満をぶつけているはずだった。
「はい……」
机の向こうで、海斗くんが小さく両手を合わせていた。
謝ってほしかったわけじゃない。
喜んでもらいたかったわけじゃないけど……なんかこう、あるでしょう。
今しがた拒もうとしたばかりなのに、いったいわたしは海斗くんに何を望んでいるんだろう。わたしは自分の両手で顔を覆った。
幸いにも、わたしの捻挫は軽傷で、2週間もすれば回復した。
ちょっと惚れやすすぎなんじゃないかと、自分でも心配になるが、一度気になりだすとどうしても止められない。
5月の半ば、6時間目。
総合の時間は、いつも何をやるのかがよくわからない。
今の中学生はどうか知らないが、わたしのときはレクリエーションをやったり、自習に使ったりと、予備のコマとして使われていた。
「それじゃ、この時間で運動会の種目を決めるぞ。学級委員、前に来て進行」
担任の先生は、生徒を呼んで教壇を譲った。
ほぼ同時に手が挙がる。いつもの男子だ。
「はいはーい! 海斗、今記憶ねえからさ、なるべく多く出させてやりたいんだけど」
男子の意見に、海斗くんが愛想笑いを浮かべた。
明らかに、それは困っている表情だった。
「いいよ、そんなに気をつかってもらわなくて」
海斗くんの目配せを受けて、委員長も男子をたしなめる。
「それはさすがにフェアじゃないんじゃないか?」
だけど、あいつは諦めない。
「なじして? そういう融通を利かせられるのが、地元の強みっしょ。海斗の父ちゃんたちも、そのつもりで俺たちに預けてんじゃねえの?」
思わぬ、反論に委員長が閉口した。
すぐさま別の男子からも追撃が入る。
「ぶっちゃけ俺は出たくないから、今の案に賛成したい」
歯に衣着せぬ消極的な声に、笑いが起こった。
空気が変わる。
「女子としては、どっちでもいいかも」
「御園生くんって運動できる人?」
「普通、普通。運痴じゃないから、任せても問題ナッシング」
本人に代わって男子が答える。
こうなってしまえば、もはやだれにも止められない。
プログラムの時刻から逆算して、候補をピックアップ。
海斗くんのスタミナを考えながら、瞬く間に参加する種目が決まっていった。
嫌じゃなかっただろうかと、わたしは不安だった。
海斗くんのほうを見ても、口元に微笑が浮かんでいるので心情をうまく読み取れない。
「それじゃあ、残りは自薦でいいかな」
「男女二人三脚だけ、先に決めちゃおうぜ」
海斗くんが関わるからだというのは、みんな理解できた。
「じゃあ、女子の中でやりたい人……」
委員長の言葉に、男子は呆れたように首を振る。
「海斗の思い出づくりだぜ? 海斗が好きな女子を選べよ」
「きゃー!」
女子から黄色い悲鳴が上がる。
好きの意味は、もちろんラブのことじゃないだろう。それでもこればっかりは、海斗くんも笑みを引きつらせている。
とうの男子は、自分が爆弾発言をしたことに気がついていない。のんきに口と鼻の間でシャーペンを挟んで遊んでいた。
「いや、それはちょっと……」
海斗くんが周りを見渡す。
一瞬、目が合ったように感じられたが、わたしが注視したときにはもう、海斗くんは明後日のほうを向いていた。
「じゃあ、うっちゃんだな」
なんの躊躇もなく、男子は言い切った。
「なっ!」
髪を逆立てて、わたしは抗議する。
無理にでも避けたいわけじゃないが、今は海斗くんとの距離にとまどってしまう。
その場で立ちあがらなかったのは、露骨な態度はかえって不自然だと思ったからだ。
男子はわたしの拒絶なんか気にしない。
いったい何にムキになっているんだと言わんばかりに、目を点にしていた。
「だってもう、この前の体育で経験済みだろ?」
海斗くんの肩を借りたときのことだった。
当たり前だけれど、みんなに見られていたんだ。そうとわかると、首から耳にかけてがなんだか燃えたように熱い。
「たしかに、経験者のほうがいいかも!」
クラスの女子が悪ノリをはじめる。
どういうつもりかはわからないが、注目を浴びやすい役が回って来なければなんでもいいのかもしれない。
「江幡さん、お願いしても平気?」
ダメ押しのように委員長が聞いて来る。
そこで力強く拒否できるようなら、最初からわたしは海斗くんに不満をぶつけているはずだった。
「はい……」
机の向こうで、海斗くんが小さく両手を合わせていた。
謝ってほしかったわけじゃない。
喜んでもらいたかったわけじゃないけど……なんかこう、あるでしょう。
今しがた拒もうとしたばかりなのに、いったいわたしは海斗くんに何を望んでいるんだろう。わたしは自分の両手で顔を覆った。
