不器用な彼女

彼女は真顔のまま僕の目をずっとみている。
 聞き間違いだろうか⋯。
「もちろん疑似恋愛でいいの、理由はごめん。言えないんだけど、君の夏休みをわたしにください。」
 一体何が起きているのか、何を言われているのか、頭の回転が追いつかない。疑似恋愛ってなんだ?
 僕が生きてきた世界にはそんなものは存在しない。それに、それでいいのか?
 僕が告白のタイミングを逃した事は重罪だ。だからといって、疑似でもいいなんて程、僕は飲み込みのいい人間ではない。
 理由が言えない事が一番の気がかりだ。
 逆に言えば理由があるから疑似恋愛を申し込んでいるということだ。
 これは、告白ではないのか、それともただの照れ隠しのつもりか?
 いや待てよ、そもそもなんだかいつの間にか僕がこのシチュエーション、彼女からの質問を受け、僕がこのまま告白されるかもなんていう、妄想に取り憑かれているだけで彼女はそもそも告白をしにきたのではなく、疑似恋愛を提案しに来たのだろう。
質問の意味もそれならわかる。僕に彼女がいれば疑似恋愛など提案できるわけがない。
 彼女は疑似恋愛がしたいのであって、僕と恋愛がしたいわけではないのか。考えが頭のなかでぐるぐる周りめまいがしてきた。
 数秒の沈黙のあと、彼女の事を横目でみてみると、なぜだろう彼女の目には少し涙がたまっていた。そんな彼女の表情を見て
「お願いします⋯」とだけ口から出すのがやっとであった。
「よかった!じゃあ今日から私の彼氏だ!よろしくね!」
 さっきまでとはうってかわっていつもの大きな声でゲラゲラと笑いながら僕の手を
握ってきた。ほっぺは赤く染まり、目頭には涙がたまっている。
 いつもおちゃらけている彼女もこんな顔するのか、と見ていると。
「呼び出しといて悪いんだけどさ、わたしこれから病院に用事があるから行かなきゃなんだ。お詫びにこれあげるよ。」
 彼女はカバンから飲みかけのお茶を差し出してくる。
「いや、大丈夫だよ」とペットボトルを優しく押し返すと、僕のかばんに無理矢理
押し込んできた。首に掛けたタオルで汗とこっそり涙も拭い、そのタオルも僕のかばんに押し込んできた。「これもあげる」
 するとすぐに「じゃあまた明日ね」と言い残しちょこちょこと小走りで公園の出口へ走っていった。
 その場に残された僕は今の出来事を反復して頭の中で再生するが、わからないことだらけだし、暑さで頭もまわらず、かばんに無理矢理押し込まれたお茶のペットボトルをとりだし一気に喉へ放り込んだ。少し脱水状態だったのだろう。頭の回転がクリアになっていくことを感じる。
 僕が⋯告白をされた⋯でも疑似恋愛?僕は自分の気持ちを伝えることができなかった。
 理由は話せないと言っていた。じゃあ逆に疑似恋愛じゃないといけない理由があるのだろうか。
 それならば⋯。僕は自分の気持ちを伝えてはいけないのかもしれない。
 彼女にとっては疑似恋愛でなくてはいけない理由がある⋯のだろう。
「夏休みが終わるまで⋯」
 何も聞こえない公園のベンチで静かにつぶやく。時刻は夕方、公園に設置された時計が五時になったことを知らせるチャイムがなっている。太陽がようやく夕焼け色に
染まってきた頃、僕は気持ちの整理もつけれず、ただただベンチに座っていた。
ポンッとメッセージの通知音がなる。
「そのお茶飲んだら間接キスだよ♡」と彼女からメッセージが来た。
 お茶を無意識にがぶ飲みしたあとに僕もその事実に気づいていた。
 改めて言われると、かなり恥ずかしい。さっきまでの雰囲気はなくなり、いつも通りのメッセージを送ってくる彼女に改めて疑似恋愛なのだと現実を突きつけられる感覚になった。メッセージを返そうとスマホを見つめるが、すぐには返すことができなかった。