不器用な彼女

 外気は本格的に暑くなり、セミの鳴き声が夏の到来をしらせる。
 夏休みまで残り二週間を切ったその日、僕は公園のベンチに腰をおろしていた。
 屋根もないベンチ、汗がじわじわと額に浮かぶ。
 昨日もいつものように他愛のないメッセージのやりとりを行い。いつものように
10時にお互いおやすみの挨拶を済ませたあと、彼女のメッセージが通知された。
「明日の放課後公園で会えないかな?」
 おやすみの挨拶の後にメッセージが届いたのは初めてのことだった。
 明日は月曜日⋯。木曜日じゃないのに会って話せるのか。
 いや、こんな事を考えていると僕は少しストーカーっぽいなと心のなかで反省し、
「大丈夫です。」と返事をした。既読はすぐについたが、その後に返信はなかった。
 おかげで昨日の夜はまるで睡眠の仕方を忘れたかのように眠ることができなかった。
 いつもどんなふうに寝てたっけ?体制は?なんか考え事してたっけ?ちょっと暑いな。
 なんて考えていたら、窓の外がうっすらと明るくなってきており、このまま寝てしまうと公園どころか、学校にもいけないくらい寝てしまうだろうと考え、結局一睡もせず制服に袖を通したのである。おかげで授業はほとんど頭にはいらず、気力だけでなんとかこなした。
 睡魔との戦いは想像以上に厳しかったが、放課後の事を考えなんとか乗り切った。
そんなこととは知らぬ友人の一弥は、僕の目の下にうっすらとできたくまを見て、
「どーせゲームやりすぎたんだろー?」と茶化してきたが、見当外れもいいとこだ。
 僕はお前の知らないところで、青春を謳歌しているんだぞ!と心の中で胸を張った。
 彼女はまだ来ていない。昨日メッセージをもらった時点では、ワクワクの気持ちが
大きかったが、いざ、待ち合わせの時間が近づいてくると不安の気持ちが多くなってきた。
 頭のなかでここ最近の彼女とのやりとりを反復する。暑さと焦りで汗が止まらなくなる。
 もしかしたら、僕が勝手に舞い上がっているだけじゃないだろうか?
 もしかしたら、毎日メッセージのやりとりをするのは想定外だったのだろうか?
 もしかしたら、僕は何か彼女の地雷を踏んでしまったのではないだろうか?
 もしかしたら、僕みたいなもんが⋯。関わっていい人じゃなかったんじゃないか?。
 今にも泣きそうだ。ここから逃げ出したい。
 眠気と不安、照り返すような太陽からの紫外線も相まって、頭がくらくらしてきた。
 まだ来ないようだし、近くの自販機で水でも買おうか、でも、その間に来てしまっては申し訳ないな。
 そんなことを考えていると、公園の入り口からゼエゼエと息の上がった声が
聞こえてきた。そちらに目をやると、彼女がちょこちょことこちらへ走ってくる。
 僕の目の前で膝に手を置き、僕の顔の前に右手を開いてみせる。
 ふわっと桃の香りが鼻をくすぐる。彼女がいつもつけているハンドクリームの匂い、ストーカー基質なのかもしれない僕でなくてもわかるくらい、彼女はいつも
心地のよい桃の香りを身にまとわせていた。
 ちょっと待っての合図だろうか。僕は何も言わずにただただ彼女の右手をみていた。
 僕の手よりも随分小さいな。そんなことを考えていると
「ふぅ⋯。」彼女が深呼吸して目が合う。思わず目をそらしてしまう。
「いや〜ごめんごめん。すっごい汗だね。結構待たせちゃった?」
 カバンから割と大きめのタオルを引っ張り出し、こちらに渡してきた。
「い、いや⋯大丈夫です。」流石に彼女の私物を僕の汗で汚すわけにはいかない。
「なんで敬語?どーしたの?」彼女は眉間にしわを寄せながら顔をのぞいてくる。
 取り出したタオルで自分の額の汗を拭い、首に掛けた。
「いや、なんでもない。それで、どーしたの?」
「ちょっとお願いがあってさ、その前に聞きたいんだけど。」
 僕の隣にちょこんと座り、両足をバタバタとしている。いつもの増して落ち着きがないなと思いつつ、彼女の顔を見ると、いつもニコニコしているその顔は珍しく真面目な顔をしている。
「うん⋯?」
 彼女の雰囲気を感じ取り、これからされる質問が今後の僕を左右することで
あるだろうと確信する。なんだろう⋯。早く話してくれ!
 彼女は一呼吸置いたあとに天を仰ぎながら言った。
「渡辺くんには彼女はいるの?」
「え⋯?」
 あまりに予想外な質問に思わず声が裏返ったしまった。のどが渇いていることも原因だろう。
 質問の意味を、意義を必死に頭のなかで考えていると
「私の予想では渡辺くんは多分彼女はいないのよね〜」
 もちろん図星だ。そんなの僕のことを少し知っている人なら誰でもわかる。
 学校での僕は、女の子を極力避けて行動をしている。そんな僕に彼女がいるわけがないと。
 しかし、話の本題が見えないぞ。彼女は何故そんなことを聞くんだ?
 わざわざ公園に呼び出しておいて、彼女がいないことをいじろうとしているのか?
 いや、そんなわけない。彼女のいじりはうっとおしいこともたまにあるが、
人を傷つけるようなことは絶対に言わない。
 頭のなかでたくさんの可能性を考え、暑さでだめになった脳みそをフル稼働させるが、彼女の質問は意図がわからなかった。そんな僕にしびれを切らしたのか、
「だーかーら。彼女!いるの?」
 眉間にしわを寄せながら、彼女が僕の顔を覗き込んできた。
 少し不安げな表情にも見えた。
「いや、いないよ。」
「だよね。」と食い気味に言ってきた。ほっとしたよう表情、わかっていただろと
 心の中でツッコミを入れる。
「じゃあ、わたしのこと好き?」
 もちろん好きだ。ただ、今この時、答えの選択を間違えると大惨事になる気がした。
 彼女はいつも僕に見せるニタニタ顔で聞いてくる。
「えっと⋯それはどういうこと?」恥ずかしいからすぐに答えられない。
 話が全く読めず、彼女の顔を見ると
「好きじゃないよね?えーん。」
 わざとらしく両手を目の下に置きバレバレの鳴き真似をしてきた。きっと、今なんだ。僕が彼女に告白するタイミングは。
 誰がどう見ても脈ありじゃないか。情けない話だが、彼女が作ってくれたこのチャンスを逃してはならない。
「いや、えっと僕は君のことが」自分の気持ちを伝えよとした最中彼女が割って入ってくる。

「夏休みが終わるまでお付き合いしてください。」