東京駅から新幹線で役五時間、自由席ながらも利用者がそこまでいなかったために、
中々快適な旅となった。世間は少しずつ寒さが身に染みるようになっており、
季節は冬に移り変わろうとしていた。
僕は今博多駅にいる。始めての地、僕の目標地点だ。
彼女が成し得なかった最後のレ点をつけに来た。
あの日記を読み終わった後、理沙の母親に日記は返した。
あれは僕が持っていていいものではないと思ったからだ。
そして、理沙の母親に彼女のかわりに福岡へ旅行に行くことを伝えると、
理沙の母親は仏壇に飾ってあったぬいぐるみを渡してきた。
「これが理沙の代わりね。すごく大切にしてたのよ。亡くなるその時まで、
手に握りしめててね。棺桶に入れようか迷ったんだけど、飾ることにしたの
だから、絶対なくさないでね?」
それは僕が彼女にプレゼントしたお揃いのクラゲのぬいぐるみだった。
色違いのぬいぐるみを僕も大切に保管してある。
青色のクラゲはもちろん福岡に連れてきている。
プランは彼女がたててくれているので、それに沿って福岡を回ろうと思っている。
博多駅は平日だというのに人がごった返していた。主に会社員やOLだろう。
働くオトナたちが忙しなくあちこちを歩いている。
少しゆっくりしたいなと思っていたが、時間がなくていけませんでしたは
シャレにならないので急いで目的地へと向かうことにした。
スマホの乗り換え案内を頼りに電車を二回ほど乗り換え目的地に到着した。
そこは福岡にある有名な神社だ。何でも学業の神が祀られているらしい。
理沙はここで僕の来年に控えた受験の合格祈願を少し早めにするつもりだったらしい。
僕としては、自分の病気を治すとか、自分の金運が上がるとか、
そういう願いをお願いすればいいのにと思ったが、残り少ない人生で
必死に僕のために色々考えてくれたんだろう。
最寄りの駅から神社までは、和風な街並みが広がっている。
石畳を真ん中に敷き並べ、左右には大小様々なお店が並んでいる。
お土産屋さんとか、食べ歩きできそうな食べ物を売っているところ、
おそらく観光客価格だろうと思われる自販機なども佇んでいた。
この石畳をひたすら進めば、目的の神社にたどり着くことができる。
十分程歩き続けると、目の前に大きな鳥居が現れた。
鳥居をくぐると目の前に案内所があり、そこには様々なお守りやお札、
絵馬や破魔矢などが綺麗に並んでいた。案内所の中には巫女さんが二人おり、
参拝客の案内や並べられたものの授与を行っている。
案内所にできた短い行列に並び、並べられたものをみてみる。
目的のお守りはすぐに見つかった。
学業御守と刺繍がされた御守の中から、紫色とピンク色の御守を手に取り、
巫女さんにお金を収めた。小さな紙袋に一つずつ丁寧に梱包され渡された。
ピンクは彼女の御守だ。生きていれば必要だったはず、
病気だったとしても、もし来ていれば理沙は僕に怪しまれないように
きっとこのピンクの御守を買ったはずだ。
御守を買ったことで、この神社での目標は達成できたが、
理不尽に病気にされ、この世を去った理沙のことについて、
少し神様に文句でも言ってやろうかと思い、本殿まで足を運ぶことにした。
境内はかなり広く、入り口から本殿までもかなりの距離があった。
本殿の近くには大きな梅の木がのびのびと生えており、季節が合えば美しい花を
咲かせるのだそうだ。
本殿に到着し、一礼二拍手、心の中で理沙への理不尽を吐露しようかとも思ったが、
学問の神に言っても仕方ないだろうと思い、素直に合格できるように願い、
一礼して本殿に後にした。
彼女が健康だったら⋯、何を願ったのだろうか。そんな事を考えながら
来た道をそのまま戻り、神社を後にした。
駅まで歩いて戻り、次の目的地へと向かう。
次は電車で揺られること数分。大きな川沿いにたくさんの屋台が広がる場所へ来た。
理沙は美味しいものをたくさん食べたいと書いてあった。
福岡グルメはたくさんあるが、屋台は外せないだろうと思い、ここをプランに入れた。
食べるものはその場で決めればいいと思ったが、数が多くて中々決まらない。
それにまだ夕方になりきっていないというのに、お酒をひっかけている人たちが
ちらほら見えて、流石に人見知りの僕にはハードルが高かった。
諦めてほかで食べようかと思っていた時に、後ろから声がかかった。
「にいちゃんどうしたんだい?」がたいのいいねじり鉢巻のおじさんが
心配した顔でこちらに向かってきた。
「あ、いや、ご飯どうしよっかなって思いまして⋯」
「おお、そうかい。何が食べたいんだい?」
「せっかく博多に来たので、博多っぽいものをと⋯」
「ラーメンでよければうちに来なよ。お客さんまだいないから貸し切りだぜ」
一瞬でニッコリとして一台の屋台を指差す。
「じゃあ⋯お願いします」
「はいよぉ」
指さされた屋台まで行くと、豚骨特有の匂いが屋台全体に広がっていた。
「さっきからキョロキョロしてたから気になっちまったよ。旅行かい?」
「はい、さっきついて神社に行ってました」
「そうか、まあゆっくりしてきな。ラーメンでいいかい?」
「はい、あの⋯。変なお願いしてもいいですか?」
「どうしたんだい?」
「全部食べるので2杯注文してもいいですか?」
「全然大丈夫だよ。たくさん食べな」
たくさん食べるわけではないが、僕だけ食べるのは違うと思ったので
二杯頼んだ。頑張って食べよう。
「一人で来たのかい?」
「え~と、まあそうです」
「そうかい。あんまり大食いには見えないなあ、大丈夫か?」
「えっと⋯実は、彼女も来る予定だったんですけど⋯これなくて⋯」
店主のおじさんは少し顔色をこわばらせた。
「まあ、色々あるわな。なら一杯のラーメンを二つに分けてやるよ。
お客さんまだ来ねぇみたいだし、ゆっくりしていきな」
どこまで察してくれたのかはわからないが、店主の気遣いに
ホッとした。優しい人だな。
ラーメンが完成すると僕の目の前にコトリと器を置く。
二杯分のラーメンは湯気を立てて僕に食べられるのを待っている。
「トッピングは二人分だけど、サービスするよ。ごゆっくり」
それだけ言い残し、店主は屋台から少し離れてタバコに火をつけた。
色々と気を使わせてしまったなと思いつつ、青のクラゲを器の前に置き、
ラーメンを食べ始めた。豚骨の癖になる風味が美味しい。
最近は勉強のこととか、日記のこととかを頭のなかでずっと考えていて
ご飯の味なんてゆっくり味わうことがなかった。
久々に清々しい気持ちでご飯を食べることができている。
こんなに美味しいもんなんだな。こんなに幸せな気持ちになるんだな。
と思いながらラーメンをすする。
半玉分のラーメンを完食すると、クラゲの正面に置かれた器と自分の器を交換し、
もう半玉分も胃袋に収める。おなかがすいているとか関係なく、このラーメンは
めちゃくちゃ上手いぞ。二杯にしてても食べれたな。と思いつつ、残りの半玉も
間もなく完食した。
「ごちそうさまでした。おいしかったです」大きめの声で店主に挨拶すると
「毎度、福岡楽しんでな」と手を振り、そのままもう一度タバコに火をつけていた。
さて、次の目的地へ行こう。クラゲを手に持ち、席を立ち駅の方へと歩いていく。
屋台街は僕が思っていたよりもずっと大きく、歩いても歩いても周りは屋台だらけだった。
どこの屋台も仕事帰りなのか仕事の途中なのかはわからないが、
福岡の経済をささえる大人たちが、優雅に酒をひっかけていた。
あの場所であのおじさんに声をかけられたのは相当運が良かったな。あの人がいなければ、
危うくコンビニでパンでもかじるところだった。
駅に到着すると、すぐに切符を買いホームへ向かい、丁度来た電車に乗りこんだ。
電車に乗り数分。駅から歩いて数分。
福岡タワーへと到着した。彼女はここから見える夜景を見たかったらしい。
普段はおちゃらけている彼女も、夜景や花見などに目を輝かせる一面を持っていた。
入場料をはらい、エレベーターに乗り込んだ。
地上二百メートルまで高速で登るエレベーターでは、徐々に耳が遠くなる感覚になる。
エレベーター内では上部からタワーから見える景色は〜とか、このタワーの歴史は〜なんて
解説が流れていたが、他の観光客がざわざわと話していたので、あまり耳に入っとこなかった。
エレベーターが到着すると、正面には福岡の街並みがキラキラと輝いていた。
ロマンチストでもない僕でも、これは夢中になってしまうな。なんて思いながら、
ガラス張りの壁面まで歩いていく。設置された手すりにつかまりながら街並みを一望する。
福岡の立地が頭に入っていればもっと楽しかっただろうなと勉強不足を後悔した。
バックには一面の海ぎりぎり太陽がまだ消えきっていなかったので、一面オレンジ色の海。
確かにこれはすごいな⋯。福岡のきらびやかな夜景が僕の眼下一面に
広がってる。スマホで地図を確認しながらあそこが⋯あれが⋯と
夜景を楽しんだ。もちろんクラゲにも見えるように手に握っていた。
一通り夜景を見終えると、もう一度海のほうを見てみる。
太陽が隠れきってしまったため、砂浜はぼんやり見えるものの
海そのものは漆黒が広がっていた。
せっかくだから砂浜に行ってみようとエレベーターに乗り込んだ。
福岡タワーを後にし、砂浜の方角へと歩いていった。砂浜は福岡タワーから歩いてすぐの場所にある。
砂浜がぼんやりと見えていたのは、砂浜の付近がおしゃれなライトアップが
されていたからだった。近くにはサーフショップやカフェなどがあり、
日が鎮まりきったこの時間でもそこそこ繁盛しているようだった。
ライトアップを横切り、砂浜へと降りた。遊泳禁止の看板を横切り砂浜に座り込んだ。
波の音が鼓膜を揺らす、潮の香りが妙に心地良い。クラゲと手をつなぎながら
海を見つめる。
海に来たの初めてだ⋯。
水族館に行った日、今度来ようって言ってたな。
あの時の僕は何も知らなかったな。
夏休みが終わって、疑似恋愛じゃなくて、ほんとのカップルになって、
それでこれからもたくさん、彼女と色んなところに⋯って⋯。
でも彼女はその時からわかっていたんだな。時間がないことを。
バカだな⋯。僕も理沙も⋯。
しばらくして、少し冷えてきたので宿に行こうと立ち上がろうとした
その時、右手に握っていたクラゲが温かいことに気付いた。
ふとクラゲのほうを見てみると、そこには理沙がいた。
透明で透けている。ただそこには確実に理沙がいた。
言いたいことがたくさんある。話したいことがたくさんある。
自然と涙があふれ出てきた。
それで口が動かない。気づけば波の音も、潮の香りも何も感じなくなっていた。
金縛りのような状況、顔すらも動かせず、横目でぎりぎり彼女の顔を黙認できた。
クスクスと笑いながらこちらの顔を覗き込む。
「ありがと。心配でずっと見てたよー。」
久々に聞く彼女の声が心に染み渡る。
「やりたいことリスト達成だね。でも、日記読んだんだね。恥ずかしいな⋯」
少し照れたような顔をしてから彼女は立ち上がって僕の正面に立った。
目の前にいる彼女は、生きていた頃と何も変わらない、いつもの笑顔で
僕の前に立っている。
「裕太くんに出会えてほんとに幸せだったよ。たくさんの思い出をありがとう。
死んだ後まで面倒かけちゃったね。ありがとう。
絶対幸せになってね。そしたらまた、天国で今度は、今度こそは疑似じゃない
恋愛をしようね。幸せになってね」
彼女の横に見覚えのある狛犬の姿。あれは、デートで行った神社に置かれていた狛犬。
確かあの神社はあの世とこの世を結ぶメッセンジャーがいるんだった。
彼女は⋯あの時、この事を願っていたのか⋯。
「私が死んだら最後に裕太くんに会えますように」
「じゃあね」こちらに手を振ると、振り返り横の狛犬と共に奥へと歩いていく。
徐々に小さくなっていく彼女の背中は、やがて小さな光となり、天へと昇っていった。
ザザーッと波の音がする。僕の右手にはクラゲのぬいぐるみが握られている。
彼女の姿はもう見えない。今のは夢⋯だったのだろうか。
そうか⋯ずっと近くにいてくれたのか。
目をこすると、手の甲には涙がついていた。僕は今泣いているのか⋯
このままでは風邪を引いてしまう。宿に行こう。
重い腰を上げ、服の袖で涙をぬぐうと、僕は海を後にした。
不思議な体験だった。夢といわれれば、幻と言われればそれまでだろう。
でも、僕にはわかる。彼女は僕の横にいた。そして多分もういない。
「こちらこそ、ありがとう」
中々快適な旅となった。世間は少しずつ寒さが身に染みるようになっており、
季節は冬に移り変わろうとしていた。
僕は今博多駅にいる。始めての地、僕の目標地点だ。
彼女が成し得なかった最後のレ点をつけに来た。
あの日記を読み終わった後、理沙の母親に日記は返した。
あれは僕が持っていていいものではないと思ったからだ。
そして、理沙の母親に彼女のかわりに福岡へ旅行に行くことを伝えると、
理沙の母親は仏壇に飾ってあったぬいぐるみを渡してきた。
「これが理沙の代わりね。すごく大切にしてたのよ。亡くなるその時まで、
手に握りしめててね。棺桶に入れようか迷ったんだけど、飾ることにしたの
だから、絶対なくさないでね?」
それは僕が彼女にプレゼントしたお揃いのクラゲのぬいぐるみだった。
色違いのぬいぐるみを僕も大切に保管してある。
青色のクラゲはもちろん福岡に連れてきている。
プランは彼女がたててくれているので、それに沿って福岡を回ろうと思っている。
博多駅は平日だというのに人がごった返していた。主に会社員やOLだろう。
働くオトナたちが忙しなくあちこちを歩いている。
少しゆっくりしたいなと思っていたが、時間がなくていけませんでしたは
シャレにならないので急いで目的地へと向かうことにした。
スマホの乗り換え案内を頼りに電車を二回ほど乗り換え目的地に到着した。
そこは福岡にある有名な神社だ。何でも学業の神が祀られているらしい。
理沙はここで僕の来年に控えた受験の合格祈願を少し早めにするつもりだったらしい。
僕としては、自分の病気を治すとか、自分の金運が上がるとか、
そういう願いをお願いすればいいのにと思ったが、残り少ない人生で
必死に僕のために色々考えてくれたんだろう。
最寄りの駅から神社までは、和風な街並みが広がっている。
石畳を真ん中に敷き並べ、左右には大小様々なお店が並んでいる。
お土産屋さんとか、食べ歩きできそうな食べ物を売っているところ、
おそらく観光客価格だろうと思われる自販機なども佇んでいた。
この石畳をひたすら進めば、目的の神社にたどり着くことができる。
十分程歩き続けると、目の前に大きな鳥居が現れた。
鳥居をくぐると目の前に案内所があり、そこには様々なお守りやお札、
絵馬や破魔矢などが綺麗に並んでいた。案内所の中には巫女さんが二人おり、
参拝客の案内や並べられたものの授与を行っている。
案内所にできた短い行列に並び、並べられたものをみてみる。
目的のお守りはすぐに見つかった。
学業御守と刺繍がされた御守の中から、紫色とピンク色の御守を手に取り、
巫女さんにお金を収めた。小さな紙袋に一つずつ丁寧に梱包され渡された。
ピンクは彼女の御守だ。生きていれば必要だったはず、
病気だったとしても、もし来ていれば理沙は僕に怪しまれないように
きっとこのピンクの御守を買ったはずだ。
御守を買ったことで、この神社での目標は達成できたが、
理不尽に病気にされ、この世を去った理沙のことについて、
少し神様に文句でも言ってやろうかと思い、本殿まで足を運ぶことにした。
境内はかなり広く、入り口から本殿までもかなりの距離があった。
本殿の近くには大きな梅の木がのびのびと生えており、季節が合えば美しい花を
咲かせるのだそうだ。
本殿に到着し、一礼二拍手、心の中で理沙への理不尽を吐露しようかとも思ったが、
学問の神に言っても仕方ないだろうと思い、素直に合格できるように願い、
一礼して本殿に後にした。
彼女が健康だったら⋯、何を願ったのだろうか。そんな事を考えながら
来た道をそのまま戻り、神社を後にした。
駅まで歩いて戻り、次の目的地へと向かう。
次は電車で揺られること数分。大きな川沿いにたくさんの屋台が広がる場所へ来た。
理沙は美味しいものをたくさん食べたいと書いてあった。
福岡グルメはたくさんあるが、屋台は外せないだろうと思い、ここをプランに入れた。
食べるものはその場で決めればいいと思ったが、数が多くて中々決まらない。
それにまだ夕方になりきっていないというのに、お酒をひっかけている人たちが
ちらほら見えて、流石に人見知りの僕にはハードルが高かった。
諦めてほかで食べようかと思っていた時に、後ろから声がかかった。
「にいちゃんどうしたんだい?」がたいのいいねじり鉢巻のおじさんが
心配した顔でこちらに向かってきた。
「あ、いや、ご飯どうしよっかなって思いまして⋯」
「おお、そうかい。何が食べたいんだい?」
「せっかく博多に来たので、博多っぽいものをと⋯」
「ラーメンでよければうちに来なよ。お客さんまだいないから貸し切りだぜ」
一瞬でニッコリとして一台の屋台を指差す。
「じゃあ⋯お願いします」
「はいよぉ」
指さされた屋台まで行くと、豚骨特有の匂いが屋台全体に広がっていた。
「さっきからキョロキョロしてたから気になっちまったよ。旅行かい?」
「はい、さっきついて神社に行ってました」
「そうか、まあゆっくりしてきな。ラーメンでいいかい?」
「はい、あの⋯。変なお願いしてもいいですか?」
「どうしたんだい?」
「全部食べるので2杯注文してもいいですか?」
「全然大丈夫だよ。たくさん食べな」
たくさん食べるわけではないが、僕だけ食べるのは違うと思ったので
二杯頼んだ。頑張って食べよう。
「一人で来たのかい?」
「え~と、まあそうです」
「そうかい。あんまり大食いには見えないなあ、大丈夫か?」
「えっと⋯実は、彼女も来る予定だったんですけど⋯これなくて⋯」
店主のおじさんは少し顔色をこわばらせた。
「まあ、色々あるわな。なら一杯のラーメンを二つに分けてやるよ。
お客さんまだ来ねぇみたいだし、ゆっくりしていきな」
どこまで察してくれたのかはわからないが、店主の気遣いに
ホッとした。優しい人だな。
ラーメンが完成すると僕の目の前にコトリと器を置く。
二杯分のラーメンは湯気を立てて僕に食べられるのを待っている。
「トッピングは二人分だけど、サービスするよ。ごゆっくり」
それだけ言い残し、店主は屋台から少し離れてタバコに火をつけた。
色々と気を使わせてしまったなと思いつつ、青のクラゲを器の前に置き、
ラーメンを食べ始めた。豚骨の癖になる風味が美味しい。
最近は勉強のこととか、日記のこととかを頭のなかでずっと考えていて
ご飯の味なんてゆっくり味わうことがなかった。
久々に清々しい気持ちでご飯を食べることができている。
こんなに美味しいもんなんだな。こんなに幸せな気持ちになるんだな。
と思いながらラーメンをすする。
半玉分のラーメンを完食すると、クラゲの正面に置かれた器と自分の器を交換し、
もう半玉分も胃袋に収める。おなかがすいているとか関係なく、このラーメンは
めちゃくちゃ上手いぞ。二杯にしてても食べれたな。と思いつつ、残りの半玉も
間もなく完食した。
「ごちそうさまでした。おいしかったです」大きめの声で店主に挨拶すると
「毎度、福岡楽しんでな」と手を振り、そのままもう一度タバコに火をつけていた。
さて、次の目的地へ行こう。クラゲを手に持ち、席を立ち駅の方へと歩いていく。
屋台街は僕が思っていたよりもずっと大きく、歩いても歩いても周りは屋台だらけだった。
どこの屋台も仕事帰りなのか仕事の途中なのかはわからないが、
福岡の経済をささえる大人たちが、優雅に酒をひっかけていた。
あの場所であのおじさんに声をかけられたのは相当運が良かったな。あの人がいなければ、
危うくコンビニでパンでもかじるところだった。
駅に到着すると、すぐに切符を買いホームへ向かい、丁度来た電車に乗りこんだ。
電車に乗り数分。駅から歩いて数分。
福岡タワーへと到着した。彼女はここから見える夜景を見たかったらしい。
普段はおちゃらけている彼女も、夜景や花見などに目を輝かせる一面を持っていた。
入場料をはらい、エレベーターに乗り込んだ。
地上二百メートルまで高速で登るエレベーターでは、徐々に耳が遠くなる感覚になる。
エレベーター内では上部からタワーから見える景色は〜とか、このタワーの歴史は〜なんて
解説が流れていたが、他の観光客がざわざわと話していたので、あまり耳に入っとこなかった。
エレベーターが到着すると、正面には福岡の街並みがキラキラと輝いていた。
ロマンチストでもない僕でも、これは夢中になってしまうな。なんて思いながら、
ガラス張りの壁面まで歩いていく。設置された手すりにつかまりながら街並みを一望する。
福岡の立地が頭に入っていればもっと楽しかっただろうなと勉強不足を後悔した。
バックには一面の海ぎりぎり太陽がまだ消えきっていなかったので、一面オレンジ色の海。
確かにこれはすごいな⋯。福岡のきらびやかな夜景が僕の眼下一面に
広がってる。スマホで地図を確認しながらあそこが⋯あれが⋯と
夜景を楽しんだ。もちろんクラゲにも見えるように手に握っていた。
一通り夜景を見終えると、もう一度海のほうを見てみる。
太陽が隠れきってしまったため、砂浜はぼんやり見えるものの
海そのものは漆黒が広がっていた。
せっかくだから砂浜に行ってみようとエレベーターに乗り込んだ。
福岡タワーを後にし、砂浜の方角へと歩いていった。砂浜は福岡タワーから歩いてすぐの場所にある。
砂浜がぼんやりと見えていたのは、砂浜の付近がおしゃれなライトアップが
されていたからだった。近くにはサーフショップやカフェなどがあり、
日が鎮まりきったこの時間でもそこそこ繁盛しているようだった。
ライトアップを横切り、砂浜へと降りた。遊泳禁止の看板を横切り砂浜に座り込んだ。
波の音が鼓膜を揺らす、潮の香りが妙に心地良い。クラゲと手をつなぎながら
海を見つめる。
海に来たの初めてだ⋯。
水族館に行った日、今度来ようって言ってたな。
あの時の僕は何も知らなかったな。
夏休みが終わって、疑似恋愛じゃなくて、ほんとのカップルになって、
それでこれからもたくさん、彼女と色んなところに⋯って⋯。
でも彼女はその時からわかっていたんだな。時間がないことを。
バカだな⋯。僕も理沙も⋯。
しばらくして、少し冷えてきたので宿に行こうと立ち上がろうとした
その時、右手に握っていたクラゲが温かいことに気付いた。
ふとクラゲのほうを見てみると、そこには理沙がいた。
透明で透けている。ただそこには確実に理沙がいた。
言いたいことがたくさんある。話したいことがたくさんある。
自然と涙があふれ出てきた。
それで口が動かない。気づけば波の音も、潮の香りも何も感じなくなっていた。
金縛りのような状況、顔すらも動かせず、横目でぎりぎり彼女の顔を黙認できた。
クスクスと笑いながらこちらの顔を覗き込む。
「ありがと。心配でずっと見てたよー。」
久々に聞く彼女の声が心に染み渡る。
「やりたいことリスト達成だね。でも、日記読んだんだね。恥ずかしいな⋯」
少し照れたような顔をしてから彼女は立ち上がって僕の正面に立った。
目の前にいる彼女は、生きていた頃と何も変わらない、いつもの笑顔で
僕の前に立っている。
「裕太くんに出会えてほんとに幸せだったよ。たくさんの思い出をありがとう。
死んだ後まで面倒かけちゃったね。ありがとう。
絶対幸せになってね。そしたらまた、天国で今度は、今度こそは疑似じゃない
恋愛をしようね。幸せになってね」
彼女の横に見覚えのある狛犬の姿。あれは、デートで行った神社に置かれていた狛犬。
確かあの神社はあの世とこの世を結ぶメッセンジャーがいるんだった。
彼女は⋯あの時、この事を願っていたのか⋯。
「私が死んだら最後に裕太くんに会えますように」
「じゃあね」こちらに手を振ると、振り返り横の狛犬と共に奥へと歩いていく。
徐々に小さくなっていく彼女の背中は、やがて小さな光となり、天へと昇っていった。
ザザーッと波の音がする。僕の右手にはクラゲのぬいぐるみが握られている。
彼女の姿はもう見えない。今のは夢⋯だったのだろうか。
そうか⋯ずっと近くにいてくれたのか。
目をこすると、手の甲には涙がついていた。僕は今泣いているのか⋯
このままでは風邪を引いてしまう。宿に行こう。
重い腰を上げ、服の袖で涙をぬぐうと、僕は海を後にした。
不思議な体験だった。夢といわれれば、幻と言われればそれまでだろう。
でも、僕にはわかる。彼女は僕の横にいた。そして多分もういない。
「こちらこそ、ありがとう」
