閑静な住宅街。同じような壁面、同じような形の、唯一屋根の色だけは
その家庭により個性が出ている。駅から少し離れたニュータウンだ。
最初に来たときは理沙なしでは一生到着しないだろうなと思っていたが、
幸い理沙の家は屋根の色が黄色になっており、いい目印になっていた。
家の前に着くと、自転車のブレーキの音に気付いたのか、
理沙の母親が玄関から出てきてくれた。
「迷わずよくこれたね。まあ、理沙を何回か送ってくれてたもんね」
「知ってたんですか?」
「もちろん。あの子ね、君のことたくさんわたしに教えてくれたのよ?」
「そうですか⋯」
「自転車そこに置けばいいから、とりあえず入って」
おそらく車を停めるスペースであろう場所を指さしされたので、
そこにじゃまにならないようにできるだけ端に寄せて玄関へと向かった。
「お邪魔します」
家に入り、廊下を進むと居間に到着した。
居間の一帯には仏壇が置かれており、その中央には満面の笑みを見せる
理沙の写真が置かれていた。
そうだよな⋯。亡くなったんだもんな⋯。
「線香あげてもいいですか?」
「うん。好きなだけあげていいよー。」
お言葉には甘えず一本だけ線香をあげた。
居間の隣は和室になっており、イ草の香りが心地よかった。
和室には長方形のテーブルが置かれており、左右には座布団が一つずつ置かれていた。
「そこに座っててね」
理沙の母親に促され、座布団に腰をおろした。
和室の壁には、理沙が描いたのだろうか、いくつもの作品が飾られていた。
クレヨンで描いた家族の絵や、どこかへ行ったのだろうか、遊園地で
遊んでいる様子の絵もある。きっとすごく大切にされていたんだろうな。
理沙の母親が二人分の麦茶を運んで一つを僕の前に置き、僕の正面に腰をおろした。
「あの⋯。」
理沙の母親は口を開かずに僕を見てニタニタしている。
「ごめんね。君が裕太くんかあ。話には聞いてたけど、イケメンね」
「いや、そんなことは⋯。」
「まずはごめんなさいね。娘のかわりに謝るわ。」
テーブルに手を置き、深々と頭を下げた。
「何がですか、顔を上げてください」
「娘が亡くなったこと、あなたには言わなかった。言えなかった。」
「どうして⋯ですか?」
シーンと部屋中から音が消えた。
「娘はね、小さい頃から心臓に疾患を持っていたの。」ふーー。と長い息を吐く。
「発症したのは小学生の頃、まだ小さかったな。二年生に上がった時だった。
病院で診てもらったらね、心臓に腫瘍が見つかって、今の技術では取ることは
不可能って言われてね。投薬治療でなんとか腫瘍が大きくならないように
気をつけながら生活をしていた。つまり、心臓に爆弾があるみたいな感じね。
そんな事は感じさせないくらい、すくすくと大きくなっていった」
⋯嘘だろ⋯。僕は何も知らなかった⋯。
「ほんとなら中学生にもなれないと思ってた、でもあの子は頑張った。
常に死と隣り合わせにいながら、それでも明るく元気に育ってくれた。
今年に入ってからは、投薬でも抑えきれなくなってきてね。腫瘍は徐々に
大きくなっていった。いつ腫瘍が悪さしてもおかしくない状況だったの」
理沙の母親の口調がだんだんと強くなっていく、シーンとした部屋にその声が
よく通った。ふと見あげると、理沙の母親は口を押さえながら静かに
涙を流していた。
「夏休みが終わる頃、あなたとの旅行の前日くらいかしら、体調がぐっと悪くなってね。
入院することになったの」
そうか⋯。あの時両親に止められたと言っていた。
理沙自身の体調の問題だったのか、偶然にも台風が来てしまったわけか。
「夏休み最終日に先生に許可をもらってね、どうしてもあなたに会わなきゃいけないって
言われたの。私たちは止めたんだけどね、最後のお願いって言われちゃったから、
止めきれなかった。病院に戻ってきて、しばらくすると彼女の心臓は止まってしまったの」
僕と⋯別れたあとだ⋯。そんな状態で僕に別れを⋯。
「幸い、病院にいたわけだから、なんとか一命をとりとめてね。
先生からは毎日のように今夜が山場ですって言われた。薬の量も増えて、
そのせいで食事もあんまし取れないし、ひどい状態だったわ
でも、娘は生きることをあきらめなかった。私やお父さんがお見舞いに行くと
いつも無理して笑ってたよ」
「理沙さんらしいですね⋯。」
「そうね。あの子は太陽みたいな娘だったからね」
「そうですね⋯。」
「入院して二週間後に私とお父さん、それから細川ちゃんもいたわね。
三人の前で眠るように亡くなったわ」
細川さんもその場にいたのか、辛かっただろうな。
理沙の母親はそこまで話すとボロボロと嗚咽を漏らしながら
涙を流した。さっきまで目の前にいた人とはまるで別人のようだった。
この人もきっと僕を前にして、必死に辛いのを我慢していたんだろうな。
こんな時になんて声をかければいいのか、僕は知らない。
「ありがとうございます、辛いお話を⋯」
暗い沈黙がしばらく続くと、理沙の母親が口を開いた。
「それでね。本題はここからなの。」
ちょっと待っててね。と声をかけられてから理沙の母親は
二階へと上がっていった。理沙の部屋だろうか?
理沙の母親の話を聞いて、僕も気づかぬ間に涙を流していたらしい、
目の前にある麦茶を一口飲みふーーーっと深いため息をつくと、
階段を降りてくる音が聞こえた。
理沙の母親が目の前に座り直すと、テーブルの上にノートと手紙がおかれた。
よく見る大学ノートには「日記&やりたいことノート」と書かれており、
表紙はハートが書いてあったり、星が書いてあったり、かわいい猫のシールなどで
デコレーションされていた。
「これは?」ノートに手を伸ばそうとすると、理沙の母親がすっとノートを
自分のほうに寄せた。
「まずはこれからね」と真っ白の封筒を渡された。
封筒の裏面をみてみると、
「もしも、裕太が家に来たら渡してね♡」と書いてあった。
「どうゆうことですか?」封筒を受け取る中身を出すと、
「とりあえず読みな」と母親に促された。
封筒を開けると、かわいいペンギンが印刷された便箋が入っていた。
僕と一緒に水族館に行った時に買っていたやつだ⋯
この結末を予想してたのかな⋯。あんな時からわかっていたのかな⋯。
涙をぐっとこらえて手紙を開けた。
拝啓渡辺裕太殿
きっと、未練たらたらなんでしょー?
だから、わざわざ私の家まで殴り込みにきたのかなー?
残念。私は死にました。
私ね、ちっちゃい頃に心臓悪くしちゃってね。
今年に入って悪さする奴がどんどん元気になっちゃってさ、
多分、今年死ぬんだなー。って思ったの。
だからね。私は今年一年でやりたいことは全部やろうって思ったの。
やりたいことはいっぱいあったんだけど、その中にね
彼氏がいないとできないことがたくさんあったの。
そもそも恋したかったし。
そこで裕太くんに疑似恋愛を申し込みました!
私はこんな性格じゃん?
誰も私のことなんて女として見てないんだよね。
そんな中、裕太くんは私を女性として接してくれた。
女の子苦手なんだろうなーって思って、いじるの楽しかったけど、
あなたから感じる、私を大切にしてくれている感情ってさ、
みんなから感じる感情とはまた違う。特別なものかも!って思った。
私、この人ともっといたいって。思ったの。
だから、振られるわけには行かなかったし、万が一にも
裕太くんが告白を受け入れてくれたとしても、私はもう死んじゃうからさ。
死んじゃったら、悲しいじゃん?悲しんでくれてるよね?
それに、変に裕太くんの人生捻じ曲げたくなかったし、
だから期間限定の疑似恋愛ってことにしたの。
疑似恋愛なら、一夏の思い出程度でいつか忘れられるだろうなって。
でも安心して?私は君のことが大好きだよ。
君が私のこと大好きなことも知ってた。
すっごい伝わってきた。
本当なら、私の独りよがりで済むはずだった疑似恋愛は
本当の恋愛になった。なってしまったんだよね。
だから、お別れの場にはあなたを呼ばないように
みんなに協力してもらいました。
でも、この手紙読んでるってことは、誰かが喋ったんだね!
君の気持ちを知っていたから、だからこそ、私のことは忘れてほしい。ごめんね?
私はこの半年間すっごく幸せだった。全部君のおかげ。
だから、私がいなくなった後、君にはきちんと幸せになってほしい。
私のことは忘れてもいいから、しっかりと人生を謳歌してください。
天国でまたデートでもしてもらおうかな(笑)
ちゃんと、前を見て。前に進んでね
書きたいことはまだまだあるけど、ここらでおしまい。
ありがとう。
元気でね。
北川理沙より
たった二枚の便箋。
そこには理沙の葛藤、本音、愛が詰まっていた。
見覚えのある、理沙の文字。
まだそこに理沙がいるかのような錯覚に襲われる。
コトンと音を立てて、理沙の母親がむぎちゃのおかわりを
テーブルに置いてくれた。
「あの子はね、バカで不器用なのよ」
見あげると、理沙の母親がティッシュ箱をこちらに渡してきた。
「ありがとうございます」
ティッシュを三枚とり、目頭をぬぐう。自分が思っている以上に
涙は流れていたようで、僕の着ていた服は不規則な水玉に染まっていた。
「あなたの事を想って、自分の死を隠そうと必死だった反面、
真実は知っててほしいって。相反する想いに苦しんでいたわ。
多分⋯。」理沙の母親は仏壇の方に顔を向けた。
「多分だけど、あなたがここまでたどり着くのがわかっていたのね。」
理沙の母親はもう泣いていなかった。それはまるで自分の娘を
自慢するかのように胸を張って答えた。
「細川さんか一弥くん。どっちかがあなたに真実を話すだろう。
真実を話せばお墓に来てくれるだろう。お墓には毎日母が来てくれているだろう。
母と君が話をして家に招くだろう。ここまであなたが来ることがわかっていたんだね。
いや、来ると信じていたんだね」
あざといわね⋯とクスクス笑いながら、話を続けた。
「その手紙はあなたに向けて書かれたものだから、あなたにあげるわ
そしてこれ」
テーブルの上に置かれた大学ノートに手を添えた。
「このノートはあのこの心の中の思いが書き込まれてる。あなたに見せていいか
悩んだけど、この際だから、全てを知ってスッキリしないさい」
大学ノートを僕の方へとスライドさせた。
「でもこれは流石にあげれない。貸すだけよ」
と言い残して台所へ消えていった。
「日記&やりたいことノート」と書かれたノート。これは本来僕が見て
いいものではないのだろう。直感でそう感じたが、
理沙の母親の言う通り、まだまだスッキリはしていない。
時間をかけて読もう。ノートをかばんにしまい込み、残り僅かとなった
麦茶を一気に口へと放り込んだ。
空いたグラスを片手に台所へと行き、
「麦茶ごちそうさまでした。それと、色々とありがとうございます。
少しの間だけノートお借りしますね」
手紙のことで胸がいっぱいいっぱいになり、とても今からノートを
読む気にはなれなかった。
「いいえ、また来てね」
僕からグラスを受け取り、ニコっと笑ってすぐに洗い物に集中しだした。
「はい。お邪魔しました」
笑っていた理沙の母親の唇は震えており、目頭には涙が浮かんでいた。
多分僕がいる手前涙を流すのを必死でこらえているのだろう。
大人の意地というものは時にめんどくさいのだなと感じながら、
彼女の家を後にした。
マウンテンバイクに跨がり、家へと向かった。
太陽はすでに落ち始めていて、周りはオレンジ色に染まっていた。
僕は彼女の家で母親から預かった大学ノートをその日のうちに見ることは
出来なかった。
手紙を何度も何度も読み返し、それだけで胸がいっぱいいっぱいになってしまっていた。
この状態で大学ノートを読んでも涙が止まらずにまともに読めなそうだと思い、
しばらくは読まないようにしていた。
一弥と細川さんには次の日にはきちんとお礼を言っておいた。
お墓参りにいけたこと、偶然理沙の母親に会えたこと。
きちんとお別れを告げれたことを。
理沙は僕以外にも手紙を用意していたらしい。
お葬式の場で細川さんと一弥は理沙の母親から手紙を受け取っていたらしい、
もちろん中身については聞くつもりはない。
傍目から見ても、彼女は友達や知り合いが多かったと思っていたが、
手紙を用意したのは僕たち三人分だけのようだった。
大学ノートのことは二人には話さなかった。
おそらくあれは彼女が誰にも見られないことを想定して書かれている。
本来であれば僕も見てはいけないものなんだろう。
僕に内緒で勝手に死んでいったんだ、ノートをみるくらいは
許してくれるだろう。あとは、僕に見る勇気さえあれば⋯。
大学ノートの存在を見て見ぬふりできるように、
ここ最近はよく勉強机に座ることが増えた。
流石に進路のことも考えて、色々と準備をしなければと今になって
焦りを感じ始めていたのだ。
もちろん偏差値の低い高校だから、授業には完璧についていけてるし、
成績上位もキープできている。ただ、この高校の偏差値で上位にいるからと
油断なんてできたもんじゃない。明確な進路なんて全然決まっていないけど、
多分進学するだろうと思い、やみくもに勉強をしていた。
その日も机はほぼほぼ参考書や教科書に占領されていた。
ため息をつきながら勉強に取り掛かる。目標もないのにやみくもに勉強を
することは、苦痛でしかなかったが、だが勉強でもしてないと夜はどうしても
暗い気持ちになってしまうから今は勉強に集中できることがせめてもの救いだった。
一通り勉強をし、眠気が襲ってくれば素直に寝るというサイクルで夜を過ごす。
今日もよくやったな。そろそろ寝るか。
教科書や参考書はそのままにし、ベットに寝転んだ。
その日は簡単に寝ることができた。疲れていたんだろう。
夜中になると、スマホのアラームが鳴り出す。聞いたことのない音、
どこか不安になる音がかなりの大音量でなっている。一階で寝ている両親の
スマホからも同じアラームがなっていた。目をこすりながらスマホを確認すると
緊急地震速報が通知されていた。詳細を確かめようとスマホをタップした途端
部屋全体がミシミシと音を立てながら揺れている。
日本に生まれた身としてはそこまで不安を感じるほどではなかったが、
寝る前に出しっぱなしにしていた教科書や参考書が雪崩のように机の下へ
落ちていった。しばらくすると揺れは収まり、父親が部屋の扉を開けて、
「大丈夫か?」と心配してきたが、「大丈夫」と返すと
少しは部屋を片付けなさいと言い残しすぐに一階へ降りていった。
片付けは明日すればいいと思い、すぐにベットに寝転ぶと、
意識は遠くなっていった。
翌朝、アラームの音で目が覚めた僕は、部屋がそれなりに散らかっていて
びっくりした。昨日の地震の影響もあるが、そういえば最近片付けも掃除も
していなかったな。とりあえず落ちている教科書や参考書を拾い上げ、
乱雑に通学かばんに押し込んだ。最後の一冊を拾おうとした瞬間、
身体が固まってしまった。一番下に落ちていたノートは開かれた状態。
それは理沙が残した大学ノートだった。まだ見たくない、まだ見たくないと
必死に目をつむったが、開かれたページには気になる箇所があった。
そのページには
「やりたいことリスト」と書いてあり、生前やりたいと思っていたことが
大小含めて二ページ分びっしりと書かれていた。
それぞれの項目の前には□が書いてあり、達成したものはレ点が振られていた。
そのページの項目にはほとんどレ点がついていた、ただ一つ。
□旅行にいく
旅行に行くという項目にはレ点がついていなかった。
そうだ⋯。台風のせいでいけなくなったんだ。あんなにも天候を恨んだのは初めてだった。
それだけ僕も多分彼女も楽しみにしていたんだ。でも、結局台風が来なくても、
行けなかったのは明白だった。
大学ノートを拾い上げ、パタリと閉じた。引き出しにしまおうとしたが、
今ここで閉まってしまったら、僕は二度と開けることができないかもしれないと
直感で感じた。一度しまいかけた大学ノートをとりだし、ベットに腰掛ける。
ふーーーっと一息ついてから、ノートの表紙をめくる。
四月八日
今日から新学期。残念ながら私の命は長くはないらしい。
僭越ながらここに私の日記を書こうと思う。
私の命はあとどれくらいで尽きてしまうのか、それはわからないが、
ここ最近、妙に不調が続いているし、両親の表情も心無しか暗い気がする。
そんなことには見て見ぬふりをしよう!
ってできたら楽なんだけどね。私の気持ちをここに書いていこう。
とりあえず今日は、クラス替えがあって、かなり不安だったけど
まみちゃんと一緒になれたから一安心。これからばしばし友達増やしていこう!
四月十日
今日から授業が始まる。
二年生になったからってそんなに変わらないでしょ。って思ってたら、
なんかついていくのかなり大変そう⋯。
私はクラスではイジられキャラだし、真剣に勉強教えてって頼める人
いないんだよなー。
てか、私って何のために勉強するんだ?
今習ってることが将来役立つかわからないけど、私に将来がないしな(笑)
でも、病気の事は誰にも悟られたくないし、とにかく頑張る!
彼女はずっと苦しんでいた。当然だ。なのになぜだろう。
日記は自分の気持ちを吐き出すものだろう?それなのになぜ彼女はこんなにも
前向きになれるのだろうか。きっとこの前向きな姿勢にたくさんの人が
救われたんだろうな。彼女は確かにいじられることが多いと思っていたが、
それは別の側面から見ると、たくさんの人に愛されているということだった。
四月十一日
今日は四時間目に選択授業なるものが開始した。
私は何でもよかったんだけど、一番楽そうな歴史研究ってやつにしたの。
そしたら考古学者みたいな先生が担当でびっくり!
プリントは人数分プリントしてきませんとか言い出してさ、
毎回隣の人と一緒に見るらしい。
ちなみに隣の席はG組の渡辺くん。
誰に聞いてもそんな人知らないって言われてて可哀想だな。
でも、顔は結構タイプだったりするんだよね。
来週以降スキンシップを図ろうと思います!
よく、覚えている。初めての選択授業の日、担任の飯田先生が担当と知って
僕は安心していた。怖くも厳しくもない先生だから。
彼女の言う通り、初回からあの先生はプリントを人数分用意はしてこなかった。
おかげで僕は理沙と机をくっつけ、二人でプリントを見ることになったわけだが、
あれが僕たちの出会いであり、始まりだった。
ほぼ毎日のように日記は書かれていたが、学校での出来事が一、二行程書かれていたり、
病気がしんどかったのだろうか、弱音のようなことだけを書いてある日もあったが、
毎週木曜日は選択授業の様子が書かれていることが多かった。
五月二日
子供って、好きな人にはちょっかい出すもんじゃない?
好きな気持ちをちょっかいで表しちゃうみたいな。
まさしく今、私がそれをやっている(笑)
渡辺くんが優しいんだあー。
私の話を真剣に聞いてくれるし、ちゃんとアドバイスまでしてくれるの。
この人には病気の事話しちゃおうかなって少し悩んだ。少しだけね。
でも残念。私のなかで渡辺くんはもうすでに大切な人になったから、
むしろ彼にだけは知られたくないな。絶対に。
身体の調子があんまり良くない。ちょっと焦ってきた。
やりたいことがいっぱいあるのに漠然と毎日を過ごしちゃってる。やばいな。
なので、やりたいことリストを作成することにした。このノートに書いておこう。
この日は確か、同じようなことを授業中に相談されたな。
「最近やりたいこといっぱいあるのに、私疲れやすいから結局なんもしてないんだよね」
「じゃあやりたいことをやりたい順にリストにしてみたら?」
「それいいかも!」
「たくさん寝て早起きして太陽浴びたら、疲れやすくなくなるかもね」
「それは無理かも!」
そんな会話したなあと過去の記憶を思い出した。
日記を読むことを一度中断し、後ろの方にペラペラとページをめくると
先程ちらりと見えた「やりたいことリスト」のページがあった。
□裕太くんと付き合いたい(でも、幸せになってほしいから、私の秘密は明かさない)
□デートしたい
□公園で告白する。されたいけどこれは難しそう
□水族館に裕太くんと行く
□キスをする。
□ダブルデートをする(できればまみちゃんに早く彼氏を作ってほしい)
□旅行に行きたい(福岡がいいな)
その他にも事細かなやりたいことがいくつも書いてあった。
そして、最後の二行。文字はほかのものと比べて少し力が込められていた。
□裕太を振る。もしくは私が振られる。できれば振られたいな
□私の全ての秘密を裕太には内緒にする。
一行を覗き、全てにレ点がついていた。そのページには、水玉のシミが残っていた。
多分たくさん涙を流したんだろうな。
□旅行に行きたい(福岡がいいな)この□にはレ点はつけられていなかった。
ふと気になり、旅行をする予定だった日の日記をみてみることにした。
八月二十三日
最悪だ。体調がやばすぎる。
明日から旅行の予定だったのに、今日は病院に行って少し検査をした。
入院することになっちゃった。
いよいよ私の命は残りの少なくなったようだ。
体はもう限界みたい。両親に旅行を反対された。
反抗したかった。けど、この体調で旅行にいけばたくさんの人に迷惑をかけるし、
裕太に全部話さなくちゃいけなくなっちゃうし、聞き入れるしかなかった。
あとついでに台風が来てて、天候すらも私の味方はしてくれないみたい。
でも、台風のせいにすれば少なくとも裕太にはバレずに済むからいいか。
しょうがないよね。一緒に福岡いきたかったな⋯。
理沙の母親が説明していた通りだった。
彼女は旅行の前日に運悪く体調が悪化してしまった。
彼女の言う通り、台風さえなければ、僕は彼女が生きている間に、
真実をしれたのかもしれない。少しだけ、ページをさかのぼってみると、
八月十日
ダブルデートをしたいと思ったんだけど、まみちゃんに彼氏が一向にできない(笑)
だから、私のやりたいことリストにまみちゃんたちとダブルデートがしたいことを
言ったら、私も疑似でよければいいよ?って言われた!
裕太の友達の一弥くんが、話せばダブルデートしてくれるらしい。
そのためには一弥くんには病気の事話さないとね⋯。納得してくれないでしょ?
知ってる人は少ないほうがいいんだけど、これは仕方ない。
一弥くんは巻き込んで申し訳ないけど、やりたいことリスト完遂の為に
一肌脱いでもらおうと思う。まみちゃんありがとー!
そうなるとあとは旅行がハードル高いんだよねー。
私をこんなに瀕死の状態にしたんだから、神様なんて信じてないけど、
学問の神様がいるらしい福岡の神社に行きたい。裕太のお参りをしたい。
あとは美味しいものいっぱい食べて、福岡タワーから見える夜景にうっとりして
最後は浜辺で肩を並べて海みたい。この計画はもう少し練り直さねば⋯。
そうか⋯。だから一弥は知っていたんだな。
一弥と細川さんが疑似であることを話してくれた時は少し不安を覚えていた。
細川さんはわかるが何で一弥が知っているんだ?と。
僕の知らない彼女を一弥が知っているのは少し腹が立った。
あの時はそんなことを聞く余裕もなかったけど。
そして旅行についても、何故か彼女は福岡に行くことを推してきた。
僕は旅行に行けることに感激していたので、場所はどこでもいいですら
思っていた。なのに彼女は自分のことではなく、僕のことを考えて
福岡という舞台を用意してくれていたのか。
九月一日
今日学校が始まる。
私はもう学校にはいけなくなっちゃいました。
もうみんなに会えないのかな
体が全然言うこと聞いてくれない。
最後まで明るく生きようと思ったけど、
やっぱり寂しい。
みんなには病気のことは話してない。
だから誰も来てくれるわけがない。
メッセージは来てるけど、返信もしない。
私のことはみんな忘れてしまえばいい。
だってもう死ぬんだから。
でも、君にだけは忘れないでほしい。
何も知らない君だけは、私のことを忘れないでほしい。
でも、忘れてください。お願い。
この日記は今日で最後にする。
書く力もなくなってきたんだ。
天国で待ってます。
その日の日記を最後にノートは白紙になっていた。
彼女はこの二週間後にこの世を去った。
高校では友達がたくさんいたのに、最後の最後は
両親と細川さんの三人の前で死んでいったんだ。
これが彼女の望んだことなのだろう。
それでも悲しく、寂しかったんだろうな。その寂しさをや悔しさは
この日記を読めば痛いほど感じ取れた。
日記をパタリと閉じると、窓からは夕日が差し込んでいた。
さっきまで朝だったのにと、時間の過ぎると速さに驚いた。
そこまで集中して読んでいたのだろうか。
彼女の手紙と日記、細川さんと一弥。そして理沙の母親のおかげで
僕がわからなかった謎は全てとけた。
理沙には悪いが、僕は全てを知ってしまったんだ。
いや、もしかしたら理沙はこの結末を望んでいたかもしれない。
それでもやりすぎだ。おかげで僕は君に気持ちも伝えずに、
死に際に手を触れることもできずに、葬式でお別れも言えずにいたんだ。
もし彼女が生きていたら、僕は本気で叱っていただろうな。
でも、そんな不器用なところも彼女の好きなところの一つだ。許してやろう。
僕のやることを、やれることを考えなくてはならない。
ただ事実を知っただけで、僕の気持ちは整理がつかない。
最後まで君の側に入れなかった、そのかわりに、
だったら君が成し得なかった最後のレ点を僕がつけにいく。
その家庭により個性が出ている。駅から少し離れたニュータウンだ。
最初に来たときは理沙なしでは一生到着しないだろうなと思っていたが、
幸い理沙の家は屋根の色が黄色になっており、いい目印になっていた。
家の前に着くと、自転車のブレーキの音に気付いたのか、
理沙の母親が玄関から出てきてくれた。
「迷わずよくこれたね。まあ、理沙を何回か送ってくれてたもんね」
「知ってたんですか?」
「もちろん。あの子ね、君のことたくさんわたしに教えてくれたのよ?」
「そうですか⋯」
「自転車そこに置けばいいから、とりあえず入って」
おそらく車を停めるスペースであろう場所を指さしされたので、
そこにじゃまにならないようにできるだけ端に寄せて玄関へと向かった。
「お邪魔します」
家に入り、廊下を進むと居間に到着した。
居間の一帯には仏壇が置かれており、その中央には満面の笑みを見せる
理沙の写真が置かれていた。
そうだよな⋯。亡くなったんだもんな⋯。
「線香あげてもいいですか?」
「うん。好きなだけあげていいよー。」
お言葉には甘えず一本だけ線香をあげた。
居間の隣は和室になっており、イ草の香りが心地よかった。
和室には長方形のテーブルが置かれており、左右には座布団が一つずつ置かれていた。
「そこに座っててね」
理沙の母親に促され、座布団に腰をおろした。
和室の壁には、理沙が描いたのだろうか、いくつもの作品が飾られていた。
クレヨンで描いた家族の絵や、どこかへ行ったのだろうか、遊園地で
遊んでいる様子の絵もある。きっとすごく大切にされていたんだろうな。
理沙の母親が二人分の麦茶を運んで一つを僕の前に置き、僕の正面に腰をおろした。
「あの⋯。」
理沙の母親は口を開かずに僕を見てニタニタしている。
「ごめんね。君が裕太くんかあ。話には聞いてたけど、イケメンね」
「いや、そんなことは⋯。」
「まずはごめんなさいね。娘のかわりに謝るわ。」
テーブルに手を置き、深々と頭を下げた。
「何がですか、顔を上げてください」
「娘が亡くなったこと、あなたには言わなかった。言えなかった。」
「どうして⋯ですか?」
シーンと部屋中から音が消えた。
「娘はね、小さい頃から心臓に疾患を持っていたの。」ふーー。と長い息を吐く。
「発症したのは小学生の頃、まだ小さかったな。二年生に上がった時だった。
病院で診てもらったらね、心臓に腫瘍が見つかって、今の技術では取ることは
不可能って言われてね。投薬治療でなんとか腫瘍が大きくならないように
気をつけながら生活をしていた。つまり、心臓に爆弾があるみたいな感じね。
そんな事は感じさせないくらい、すくすくと大きくなっていった」
⋯嘘だろ⋯。僕は何も知らなかった⋯。
「ほんとなら中学生にもなれないと思ってた、でもあの子は頑張った。
常に死と隣り合わせにいながら、それでも明るく元気に育ってくれた。
今年に入ってからは、投薬でも抑えきれなくなってきてね。腫瘍は徐々に
大きくなっていった。いつ腫瘍が悪さしてもおかしくない状況だったの」
理沙の母親の口調がだんだんと強くなっていく、シーンとした部屋にその声が
よく通った。ふと見あげると、理沙の母親は口を押さえながら静かに
涙を流していた。
「夏休みが終わる頃、あなたとの旅行の前日くらいかしら、体調がぐっと悪くなってね。
入院することになったの」
そうか⋯。あの時両親に止められたと言っていた。
理沙自身の体調の問題だったのか、偶然にも台風が来てしまったわけか。
「夏休み最終日に先生に許可をもらってね、どうしてもあなたに会わなきゃいけないって
言われたの。私たちは止めたんだけどね、最後のお願いって言われちゃったから、
止めきれなかった。病院に戻ってきて、しばらくすると彼女の心臓は止まってしまったの」
僕と⋯別れたあとだ⋯。そんな状態で僕に別れを⋯。
「幸い、病院にいたわけだから、なんとか一命をとりとめてね。
先生からは毎日のように今夜が山場ですって言われた。薬の量も増えて、
そのせいで食事もあんまし取れないし、ひどい状態だったわ
でも、娘は生きることをあきらめなかった。私やお父さんがお見舞いに行くと
いつも無理して笑ってたよ」
「理沙さんらしいですね⋯。」
「そうね。あの子は太陽みたいな娘だったからね」
「そうですね⋯。」
「入院して二週間後に私とお父さん、それから細川ちゃんもいたわね。
三人の前で眠るように亡くなったわ」
細川さんもその場にいたのか、辛かっただろうな。
理沙の母親はそこまで話すとボロボロと嗚咽を漏らしながら
涙を流した。さっきまで目の前にいた人とはまるで別人のようだった。
この人もきっと僕を前にして、必死に辛いのを我慢していたんだろうな。
こんな時になんて声をかければいいのか、僕は知らない。
「ありがとうございます、辛いお話を⋯」
暗い沈黙がしばらく続くと、理沙の母親が口を開いた。
「それでね。本題はここからなの。」
ちょっと待っててね。と声をかけられてから理沙の母親は
二階へと上がっていった。理沙の部屋だろうか?
理沙の母親の話を聞いて、僕も気づかぬ間に涙を流していたらしい、
目の前にある麦茶を一口飲みふーーーっと深いため息をつくと、
階段を降りてくる音が聞こえた。
理沙の母親が目の前に座り直すと、テーブルの上にノートと手紙がおかれた。
よく見る大学ノートには「日記&やりたいことノート」と書かれており、
表紙はハートが書いてあったり、星が書いてあったり、かわいい猫のシールなどで
デコレーションされていた。
「これは?」ノートに手を伸ばそうとすると、理沙の母親がすっとノートを
自分のほうに寄せた。
「まずはこれからね」と真っ白の封筒を渡された。
封筒の裏面をみてみると、
「もしも、裕太が家に来たら渡してね♡」と書いてあった。
「どうゆうことですか?」封筒を受け取る中身を出すと、
「とりあえず読みな」と母親に促された。
封筒を開けると、かわいいペンギンが印刷された便箋が入っていた。
僕と一緒に水族館に行った時に買っていたやつだ⋯
この結末を予想してたのかな⋯。あんな時からわかっていたのかな⋯。
涙をぐっとこらえて手紙を開けた。
拝啓渡辺裕太殿
きっと、未練たらたらなんでしょー?
だから、わざわざ私の家まで殴り込みにきたのかなー?
残念。私は死にました。
私ね、ちっちゃい頃に心臓悪くしちゃってね。
今年に入って悪さする奴がどんどん元気になっちゃってさ、
多分、今年死ぬんだなー。って思ったの。
だからね。私は今年一年でやりたいことは全部やろうって思ったの。
やりたいことはいっぱいあったんだけど、その中にね
彼氏がいないとできないことがたくさんあったの。
そもそも恋したかったし。
そこで裕太くんに疑似恋愛を申し込みました!
私はこんな性格じゃん?
誰も私のことなんて女として見てないんだよね。
そんな中、裕太くんは私を女性として接してくれた。
女の子苦手なんだろうなーって思って、いじるの楽しかったけど、
あなたから感じる、私を大切にしてくれている感情ってさ、
みんなから感じる感情とはまた違う。特別なものかも!って思った。
私、この人ともっといたいって。思ったの。
だから、振られるわけには行かなかったし、万が一にも
裕太くんが告白を受け入れてくれたとしても、私はもう死んじゃうからさ。
死んじゃったら、悲しいじゃん?悲しんでくれてるよね?
それに、変に裕太くんの人生捻じ曲げたくなかったし、
だから期間限定の疑似恋愛ってことにしたの。
疑似恋愛なら、一夏の思い出程度でいつか忘れられるだろうなって。
でも安心して?私は君のことが大好きだよ。
君が私のこと大好きなことも知ってた。
すっごい伝わってきた。
本当なら、私の独りよがりで済むはずだった疑似恋愛は
本当の恋愛になった。なってしまったんだよね。
だから、お別れの場にはあなたを呼ばないように
みんなに協力してもらいました。
でも、この手紙読んでるってことは、誰かが喋ったんだね!
君の気持ちを知っていたから、だからこそ、私のことは忘れてほしい。ごめんね?
私はこの半年間すっごく幸せだった。全部君のおかげ。
だから、私がいなくなった後、君にはきちんと幸せになってほしい。
私のことは忘れてもいいから、しっかりと人生を謳歌してください。
天国でまたデートでもしてもらおうかな(笑)
ちゃんと、前を見て。前に進んでね
書きたいことはまだまだあるけど、ここらでおしまい。
ありがとう。
元気でね。
北川理沙より
たった二枚の便箋。
そこには理沙の葛藤、本音、愛が詰まっていた。
見覚えのある、理沙の文字。
まだそこに理沙がいるかのような錯覚に襲われる。
コトンと音を立てて、理沙の母親がむぎちゃのおかわりを
テーブルに置いてくれた。
「あの子はね、バカで不器用なのよ」
見あげると、理沙の母親がティッシュ箱をこちらに渡してきた。
「ありがとうございます」
ティッシュを三枚とり、目頭をぬぐう。自分が思っている以上に
涙は流れていたようで、僕の着ていた服は不規則な水玉に染まっていた。
「あなたの事を想って、自分の死を隠そうと必死だった反面、
真実は知っててほしいって。相反する想いに苦しんでいたわ。
多分⋯。」理沙の母親は仏壇の方に顔を向けた。
「多分だけど、あなたがここまでたどり着くのがわかっていたのね。」
理沙の母親はもう泣いていなかった。それはまるで自分の娘を
自慢するかのように胸を張って答えた。
「細川さんか一弥くん。どっちかがあなたに真実を話すだろう。
真実を話せばお墓に来てくれるだろう。お墓には毎日母が来てくれているだろう。
母と君が話をして家に招くだろう。ここまであなたが来ることがわかっていたんだね。
いや、来ると信じていたんだね」
あざといわね⋯とクスクス笑いながら、話を続けた。
「その手紙はあなたに向けて書かれたものだから、あなたにあげるわ
そしてこれ」
テーブルの上に置かれた大学ノートに手を添えた。
「このノートはあのこの心の中の思いが書き込まれてる。あなたに見せていいか
悩んだけど、この際だから、全てを知ってスッキリしないさい」
大学ノートを僕の方へとスライドさせた。
「でもこれは流石にあげれない。貸すだけよ」
と言い残して台所へ消えていった。
「日記&やりたいことノート」と書かれたノート。これは本来僕が見て
いいものではないのだろう。直感でそう感じたが、
理沙の母親の言う通り、まだまだスッキリはしていない。
時間をかけて読もう。ノートをかばんにしまい込み、残り僅かとなった
麦茶を一気に口へと放り込んだ。
空いたグラスを片手に台所へと行き、
「麦茶ごちそうさまでした。それと、色々とありがとうございます。
少しの間だけノートお借りしますね」
手紙のことで胸がいっぱいいっぱいになり、とても今からノートを
読む気にはなれなかった。
「いいえ、また来てね」
僕からグラスを受け取り、ニコっと笑ってすぐに洗い物に集中しだした。
「はい。お邪魔しました」
笑っていた理沙の母親の唇は震えており、目頭には涙が浮かんでいた。
多分僕がいる手前涙を流すのを必死でこらえているのだろう。
大人の意地というものは時にめんどくさいのだなと感じながら、
彼女の家を後にした。
マウンテンバイクに跨がり、家へと向かった。
太陽はすでに落ち始めていて、周りはオレンジ色に染まっていた。
僕は彼女の家で母親から預かった大学ノートをその日のうちに見ることは
出来なかった。
手紙を何度も何度も読み返し、それだけで胸がいっぱいいっぱいになってしまっていた。
この状態で大学ノートを読んでも涙が止まらずにまともに読めなそうだと思い、
しばらくは読まないようにしていた。
一弥と細川さんには次の日にはきちんとお礼を言っておいた。
お墓参りにいけたこと、偶然理沙の母親に会えたこと。
きちんとお別れを告げれたことを。
理沙は僕以外にも手紙を用意していたらしい。
お葬式の場で細川さんと一弥は理沙の母親から手紙を受け取っていたらしい、
もちろん中身については聞くつもりはない。
傍目から見ても、彼女は友達や知り合いが多かったと思っていたが、
手紙を用意したのは僕たち三人分だけのようだった。
大学ノートのことは二人には話さなかった。
おそらくあれは彼女が誰にも見られないことを想定して書かれている。
本来であれば僕も見てはいけないものなんだろう。
僕に内緒で勝手に死んでいったんだ、ノートをみるくらいは
許してくれるだろう。あとは、僕に見る勇気さえあれば⋯。
大学ノートの存在を見て見ぬふりできるように、
ここ最近はよく勉強机に座ることが増えた。
流石に進路のことも考えて、色々と準備をしなければと今になって
焦りを感じ始めていたのだ。
もちろん偏差値の低い高校だから、授業には完璧についていけてるし、
成績上位もキープできている。ただ、この高校の偏差値で上位にいるからと
油断なんてできたもんじゃない。明確な進路なんて全然決まっていないけど、
多分進学するだろうと思い、やみくもに勉強をしていた。
その日も机はほぼほぼ参考書や教科書に占領されていた。
ため息をつきながら勉強に取り掛かる。目標もないのにやみくもに勉強を
することは、苦痛でしかなかったが、だが勉強でもしてないと夜はどうしても
暗い気持ちになってしまうから今は勉強に集中できることがせめてもの救いだった。
一通り勉強をし、眠気が襲ってくれば素直に寝るというサイクルで夜を過ごす。
今日もよくやったな。そろそろ寝るか。
教科書や参考書はそのままにし、ベットに寝転んだ。
その日は簡単に寝ることができた。疲れていたんだろう。
夜中になると、スマホのアラームが鳴り出す。聞いたことのない音、
どこか不安になる音がかなりの大音量でなっている。一階で寝ている両親の
スマホからも同じアラームがなっていた。目をこすりながらスマホを確認すると
緊急地震速報が通知されていた。詳細を確かめようとスマホをタップした途端
部屋全体がミシミシと音を立てながら揺れている。
日本に生まれた身としてはそこまで不安を感じるほどではなかったが、
寝る前に出しっぱなしにしていた教科書や参考書が雪崩のように机の下へ
落ちていった。しばらくすると揺れは収まり、父親が部屋の扉を開けて、
「大丈夫か?」と心配してきたが、「大丈夫」と返すと
少しは部屋を片付けなさいと言い残しすぐに一階へ降りていった。
片付けは明日すればいいと思い、すぐにベットに寝転ぶと、
意識は遠くなっていった。
翌朝、アラームの音で目が覚めた僕は、部屋がそれなりに散らかっていて
びっくりした。昨日の地震の影響もあるが、そういえば最近片付けも掃除も
していなかったな。とりあえず落ちている教科書や参考書を拾い上げ、
乱雑に通学かばんに押し込んだ。最後の一冊を拾おうとした瞬間、
身体が固まってしまった。一番下に落ちていたノートは開かれた状態。
それは理沙が残した大学ノートだった。まだ見たくない、まだ見たくないと
必死に目をつむったが、開かれたページには気になる箇所があった。
そのページには
「やりたいことリスト」と書いてあり、生前やりたいと思っていたことが
大小含めて二ページ分びっしりと書かれていた。
それぞれの項目の前には□が書いてあり、達成したものはレ点が振られていた。
そのページの項目にはほとんどレ点がついていた、ただ一つ。
□旅行にいく
旅行に行くという項目にはレ点がついていなかった。
そうだ⋯。台風のせいでいけなくなったんだ。あんなにも天候を恨んだのは初めてだった。
それだけ僕も多分彼女も楽しみにしていたんだ。でも、結局台風が来なくても、
行けなかったのは明白だった。
大学ノートを拾い上げ、パタリと閉じた。引き出しにしまおうとしたが、
今ここで閉まってしまったら、僕は二度と開けることができないかもしれないと
直感で感じた。一度しまいかけた大学ノートをとりだし、ベットに腰掛ける。
ふーーーっと一息ついてから、ノートの表紙をめくる。
四月八日
今日から新学期。残念ながら私の命は長くはないらしい。
僭越ながらここに私の日記を書こうと思う。
私の命はあとどれくらいで尽きてしまうのか、それはわからないが、
ここ最近、妙に不調が続いているし、両親の表情も心無しか暗い気がする。
そんなことには見て見ぬふりをしよう!
ってできたら楽なんだけどね。私の気持ちをここに書いていこう。
とりあえず今日は、クラス替えがあって、かなり不安だったけど
まみちゃんと一緒になれたから一安心。これからばしばし友達増やしていこう!
四月十日
今日から授業が始まる。
二年生になったからってそんなに変わらないでしょ。って思ってたら、
なんかついていくのかなり大変そう⋯。
私はクラスではイジられキャラだし、真剣に勉強教えてって頼める人
いないんだよなー。
てか、私って何のために勉強するんだ?
今習ってることが将来役立つかわからないけど、私に将来がないしな(笑)
でも、病気の事は誰にも悟られたくないし、とにかく頑張る!
彼女はずっと苦しんでいた。当然だ。なのになぜだろう。
日記は自分の気持ちを吐き出すものだろう?それなのになぜ彼女はこんなにも
前向きになれるのだろうか。きっとこの前向きな姿勢にたくさんの人が
救われたんだろうな。彼女は確かにいじられることが多いと思っていたが、
それは別の側面から見ると、たくさんの人に愛されているということだった。
四月十一日
今日は四時間目に選択授業なるものが開始した。
私は何でもよかったんだけど、一番楽そうな歴史研究ってやつにしたの。
そしたら考古学者みたいな先生が担当でびっくり!
プリントは人数分プリントしてきませんとか言い出してさ、
毎回隣の人と一緒に見るらしい。
ちなみに隣の席はG組の渡辺くん。
誰に聞いてもそんな人知らないって言われてて可哀想だな。
でも、顔は結構タイプだったりするんだよね。
来週以降スキンシップを図ろうと思います!
よく、覚えている。初めての選択授業の日、担任の飯田先生が担当と知って
僕は安心していた。怖くも厳しくもない先生だから。
彼女の言う通り、初回からあの先生はプリントを人数分用意はしてこなかった。
おかげで僕は理沙と机をくっつけ、二人でプリントを見ることになったわけだが、
あれが僕たちの出会いであり、始まりだった。
ほぼ毎日のように日記は書かれていたが、学校での出来事が一、二行程書かれていたり、
病気がしんどかったのだろうか、弱音のようなことだけを書いてある日もあったが、
毎週木曜日は選択授業の様子が書かれていることが多かった。
五月二日
子供って、好きな人にはちょっかい出すもんじゃない?
好きな気持ちをちょっかいで表しちゃうみたいな。
まさしく今、私がそれをやっている(笑)
渡辺くんが優しいんだあー。
私の話を真剣に聞いてくれるし、ちゃんとアドバイスまでしてくれるの。
この人には病気の事話しちゃおうかなって少し悩んだ。少しだけね。
でも残念。私のなかで渡辺くんはもうすでに大切な人になったから、
むしろ彼にだけは知られたくないな。絶対に。
身体の調子があんまり良くない。ちょっと焦ってきた。
やりたいことがいっぱいあるのに漠然と毎日を過ごしちゃってる。やばいな。
なので、やりたいことリストを作成することにした。このノートに書いておこう。
この日は確か、同じようなことを授業中に相談されたな。
「最近やりたいこといっぱいあるのに、私疲れやすいから結局なんもしてないんだよね」
「じゃあやりたいことをやりたい順にリストにしてみたら?」
「それいいかも!」
「たくさん寝て早起きして太陽浴びたら、疲れやすくなくなるかもね」
「それは無理かも!」
そんな会話したなあと過去の記憶を思い出した。
日記を読むことを一度中断し、後ろの方にペラペラとページをめくると
先程ちらりと見えた「やりたいことリスト」のページがあった。
□裕太くんと付き合いたい(でも、幸せになってほしいから、私の秘密は明かさない)
□デートしたい
□公園で告白する。されたいけどこれは難しそう
□水族館に裕太くんと行く
□キスをする。
□ダブルデートをする(できればまみちゃんに早く彼氏を作ってほしい)
□旅行に行きたい(福岡がいいな)
その他にも事細かなやりたいことがいくつも書いてあった。
そして、最後の二行。文字はほかのものと比べて少し力が込められていた。
□裕太を振る。もしくは私が振られる。できれば振られたいな
□私の全ての秘密を裕太には内緒にする。
一行を覗き、全てにレ点がついていた。そのページには、水玉のシミが残っていた。
多分たくさん涙を流したんだろうな。
□旅行に行きたい(福岡がいいな)この□にはレ点はつけられていなかった。
ふと気になり、旅行をする予定だった日の日記をみてみることにした。
八月二十三日
最悪だ。体調がやばすぎる。
明日から旅行の予定だったのに、今日は病院に行って少し検査をした。
入院することになっちゃった。
いよいよ私の命は残りの少なくなったようだ。
体はもう限界みたい。両親に旅行を反対された。
反抗したかった。けど、この体調で旅行にいけばたくさんの人に迷惑をかけるし、
裕太に全部話さなくちゃいけなくなっちゃうし、聞き入れるしかなかった。
あとついでに台風が来てて、天候すらも私の味方はしてくれないみたい。
でも、台風のせいにすれば少なくとも裕太にはバレずに済むからいいか。
しょうがないよね。一緒に福岡いきたかったな⋯。
理沙の母親が説明していた通りだった。
彼女は旅行の前日に運悪く体調が悪化してしまった。
彼女の言う通り、台風さえなければ、僕は彼女が生きている間に、
真実をしれたのかもしれない。少しだけ、ページをさかのぼってみると、
八月十日
ダブルデートをしたいと思ったんだけど、まみちゃんに彼氏が一向にできない(笑)
だから、私のやりたいことリストにまみちゃんたちとダブルデートがしたいことを
言ったら、私も疑似でよければいいよ?って言われた!
裕太の友達の一弥くんが、話せばダブルデートしてくれるらしい。
そのためには一弥くんには病気の事話さないとね⋯。納得してくれないでしょ?
知ってる人は少ないほうがいいんだけど、これは仕方ない。
一弥くんは巻き込んで申し訳ないけど、やりたいことリスト完遂の為に
一肌脱いでもらおうと思う。まみちゃんありがとー!
そうなるとあとは旅行がハードル高いんだよねー。
私をこんなに瀕死の状態にしたんだから、神様なんて信じてないけど、
学問の神様がいるらしい福岡の神社に行きたい。裕太のお参りをしたい。
あとは美味しいものいっぱい食べて、福岡タワーから見える夜景にうっとりして
最後は浜辺で肩を並べて海みたい。この計画はもう少し練り直さねば⋯。
そうか⋯。だから一弥は知っていたんだな。
一弥と細川さんが疑似であることを話してくれた時は少し不安を覚えていた。
細川さんはわかるが何で一弥が知っているんだ?と。
僕の知らない彼女を一弥が知っているのは少し腹が立った。
あの時はそんなことを聞く余裕もなかったけど。
そして旅行についても、何故か彼女は福岡に行くことを推してきた。
僕は旅行に行けることに感激していたので、場所はどこでもいいですら
思っていた。なのに彼女は自分のことではなく、僕のことを考えて
福岡という舞台を用意してくれていたのか。
九月一日
今日学校が始まる。
私はもう学校にはいけなくなっちゃいました。
もうみんなに会えないのかな
体が全然言うこと聞いてくれない。
最後まで明るく生きようと思ったけど、
やっぱり寂しい。
みんなには病気のことは話してない。
だから誰も来てくれるわけがない。
メッセージは来てるけど、返信もしない。
私のことはみんな忘れてしまえばいい。
だってもう死ぬんだから。
でも、君にだけは忘れないでほしい。
何も知らない君だけは、私のことを忘れないでほしい。
でも、忘れてください。お願い。
この日記は今日で最後にする。
書く力もなくなってきたんだ。
天国で待ってます。
その日の日記を最後にノートは白紙になっていた。
彼女はこの二週間後にこの世を去った。
高校では友達がたくさんいたのに、最後の最後は
両親と細川さんの三人の前で死んでいったんだ。
これが彼女の望んだことなのだろう。
それでも悲しく、寂しかったんだろうな。その寂しさをや悔しさは
この日記を読めば痛いほど感じ取れた。
日記をパタリと閉じると、窓からは夕日が差し込んでいた。
さっきまで朝だったのにと、時間の過ぎると速さに驚いた。
そこまで集中して読んでいたのだろうか。
彼女の手紙と日記、細川さんと一弥。そして理沙の母親のおかげで
僕がわからなかった謎は全てとけた。
理沙には悪いが、僕は全てを知ってしまったんだ。
いや、もしかしたら理沙はこの結末を望んでいたかもしれない。
それでもやりすぎだ。おかげで僕は君に気持ちも伝えずに、
死に際に手を触れることもできずに、葬式でお別れも言えずにいたんだ。
もし彼女が生きていたら、僕は本気で叱っていただろうな。
でも、そんな不器用なところも彼女の好きなところの一つだ。許してやろう。
僕のやることを、やれることを考えなくてはならない。
ただ事実を知っただけで、僕の気持ちは整理がつかない。
最後まで君の側に入れなかった、そのかわりに、
だったら君が成し得なかった最後のレ点を僕がつけにいく。
