不器用な彼女

明日に退院を控えた今日。ようやくチャンスが訪れた。
何も知らない一弥が面会に訪れた。
ここ数日母親は毎日面会に来てくれたが、何を話したのか
あんまり覚えていない。
それ以外のほとんどを天井をみあげて過ごしていた僕は、
何度も看護師に心配をされた。
「よお、明日退院だってな?」
「ああ」
一弥がもし来たら、冷静に話を聞こう。一弥は僕が思う中で一番の友達だ。
そんな彼が僕に秘密ごとをしている。何か理由があるに違いない。
あくまで冷静に。冷静にだ。と思っていたのに、
本人を目の前にすると思いのほか鋭い目突きをむけてしまった。
「おい、大丈夫か?」
「全然元気だよ」
「なんかあったか?」
「ちょっといいかい」
松葉杖をつかみ部屋を出た。話している最中に斎藤さんがちゃちゃを入れてきたら
溜まったもんじゃない。一弥と顔見知りなら斎藤さんはきっと、
僕たちの会話に割って入ってくるだろう。それは今は避けたい。
病室から少し歩くと、ナースステーションがあり、その正面には広いスペースがある。
その広場は、椅子とテーブルが几帳面に並んでおり、主に患者の見舞いに来た人が
一休みするのに使われていた。今も数人が使っていたが、その中であまり人がいない
スペースを見つけ、椅子へ腰掛けた。あとをついてきていた一弥も
僕の正面に腰をおろした。
「んで、どした?」
「白々しいな、この前斎藤さんと話してた時頭によぎったんじゃないか?
もしかしたらバレるかもって」
「あー。思ったわ、その件か」
「説明してくれよ」
だめだだめだ。冷静に、冷静に、一弥は悪くない。
頭ではそう思っているのに、心のモヤモヤが僕の口を、目つきを、
勝手にコントロールしてくる。
「そんな目で見るなよ。ただ⋯」
「何だよ」
「んー。俺から話せることは少ない。」
「どうして」
「約束だからだよ」
面会時間五分前のアナウンスが鳴り始めた。
クソクソクソ。なんでこんな時間ぎりぎりに来るんだよ。
こんなところでお開きにできるわけないだろと一弥の右手をつかんだ。
思いのほか力を込めて握ってしまい、一弥の顔が一瞬ゆがんだ。
「明日退院だよな?」
「ああ」
「放課後細川連れてお前んち行くよ。さっきも言ったけど、
お前に話せることは少ない。でも、俺はお前がどうするべきかを
一緒に考えてやることはできる。今日は時間がない。明日、家で待っててくれ」
伏し目がちに、寂しげに一弥はつぶやいた。
「ごめん。乱暴してしまった。わかった。待ってるよ」
「いいってことよ」
そのまま僕に背中を向けてカツカツと音を立てながらたて彼は帰っていった。
なんの収穫も得られなかったが、明日の約束を取り付けた。
苛立ちを隠せずつい力を込めてしまった僕の手は汗でびっしょりぬれていた。
情けない⋯。一人残された僕はポツリと呟いた。
こんなにも自分の感情がコントロールできないことに恐怖すら感じた。
「約束⋯」ポツリとつぶやいた。
一弥は理沙と何かを約束している。
病気の事を話してはいけないのだろうか。
僕に隠していたくらいだ、多分そうだろう。
でも、なんで僕には話せないんだ。
一弥や細川さんに話せて、僕には話せない。
僕は仮でも彼氏だったんだぞ。
僕だけ何も知らなかったなんて、こんな理不尽許せるわけはない。
絶対に彼女の意図を明らかにする。
怒りは時間とともに徐々に収まっていった。
僕は冷静ではなかったのだろう。
入院期間中は穏やかに過ごしていたと思っていた。
なるべく彼女の事を考えないようにと努めていた。
一弥の姿をみた途端、僕の心の中に潜んでいたモヤモヤが
一気に解放される。
こんなことではだめだ。
一弥も細川さんもそして理沙も誰も悪くないんだ。
何も気づけなかった僕が一番の大罪だ。
そういえばいつ亡くなったのだろうか。
僕は死んだことすら知らなかったのだから、
もちろん葬式にも出れていない。
最後のお別れすらできていない。
僕のなかで、僕と彼女の関係はまだ終わっていない。
どんな着地になろうとも、受け入れよう。
まずは、着地できるように行動しなくてはならないな。
松葉杖をつかみ、病室へと戻っていった。戻ると斎藤さんが「大丈夫かい」と
声をかけてきたが、曖昧な返事をすることしかできなかった。
夜ご飯、僕にとっては入院生活最後の晩餐なわけだが、とても食事できる状態では
なかったので、何一つ口をつけることなく、僕は掛け布団頭までかぶり明日が来ることを
ひたすらに待った。
就寝時間が過ぎると、フロア全体が薄暗くなる。
シーンとした病室の中、僕は静かに涙を流した。

明くる日、八時ちょうどに母親が迎えに来てくれた。
修理が終わったらしく、新品同様にピカピカになったスマホが渡された。
代替機を渡されていたらしいが、日頃スマホばかりをいじっている
僕の生活習慣を鑑みて、あえて渡さなかったらしい。
おかげでこちらは精神状態が無茶苦茶になってしまった。
渡された小説は結局一冊も読了せずに入院期間が終わってしまった。
荷物をまとめて、同部屋の人たちに最後の挨拶を済ます。
「お世話になりました。色々とお話聞けて楽しかったです」
「あらあら、入院生活が楽しいなんて不思議な子ね」
斎藤さんが朝食をゆっくりと口に運びながらニコニコとこちらをみた。
今思えば、この人がいなければ僕は、僕の人生は前に進むことが
できなかっただろう。この人のおかげで、一度止まってしまっていた
僕と彼女の時間が進みだした。いや、正確には進み出すかもしれない。
「本当にありがとうございました」最後にガッチリと握手を交わし
病室を出た。
受付まで歩くと、母親が書類やら、支払いやらを受付の人に聞きながら
片付けていた。
「あら、早いわね。お母さんまだかかりそうだから、先に車乗ってる?」
「いや、荷物も多いし、松葉杖まだ怖いし、待ってるよ」
「ああそう?じゃあ座って待ってなさい。」
受付の正面に設置された長椅子に腰を降ろす。
壁面には大型の液晶テレビがついており、ワイドショーが流れている。
政治家が問題発言をしたことがここ最近でのホットなニュースらしい。
スマホもなく、テレビも観ることがなかったので、久々に目にする液晶に
感動すら覚えた。
スマホの電源をいれると、壊れる前の状態と何も変わっていなかったが、
しばらくすると、絶え間なく通知音が鳴る。メッセージやらメールやらが
たまりに溜まっていたのだろう。
メッセージを開くと、一弥からたくさんのメッセージが来ていた。
最初こそ僕のことを心配した内容だったが、
後半はどうでもいい内容を送り込まれている。
まるでメモ帳かのように使われているメッセージも散見した。
そして、最後のメッセージは先程送信されたばかりのものだった。
「退院おめー。夕方行くから、いい子で待っててな?」
バカにしてんのか⋯とぼそっとつぶやきスマホをポケットにしまい込んだ。
母親がすべての手続きが終了したらしく、クタクタな表情でこちらに来た。
「お待たせ〜。あんた迎えにいけばいいだけかと思ってたのに、
色々なもん書かされたわ」
「迎えだけじゃないに決まってるだろ、お疲れ様」
うわべだけでもと労いの声をかけると母親はニコニコしながら
僕の荷物を持ってくれた。
「小説は読めた?」
「いや、やっぱり僕は文章読むの苦手みたいで、一冊も読まなかったよ」
「一冊も!?お母さんのベストチョイスは刺さらなかったか」
「いつか読むよ」
「お母さんは入院中に読んでほしかったの。いいわ、お父さんにプレゼントしましょ。」
父は僕とは違って小説を好んで読む。父の書斎には埃がかぶった小説が
山のように積まれている。
僕の挫折本でも、父なら喜ぶだろう。
「そういえば、一弥くん来た?家にわざわざ来てくれてさぁ、事故の事話したら
顔色変えてさあ。病院どこですか!って」クスクス笑いながら話してくれる。
一弥らしいな。あいつは普段おちゃらけているが、友達への愛情は
半端ではない。きっとたくさん心配をかけたであろう。
そんな一弥が僕に隠し事なんて、退院祝いに飯でも奢ってもらおうと
心に誓った。
「来たよ。二回くらい。心配って言うより、僕の横でクスクス笑ってたよ」
「それはあんたが無事だってわかったからよ。一弥くんはそうゆう子でしょ?」
「うん。そーだね。心配かけちゃった。」
車に到着し、助手席に腰を降ろす。母親が荷物をテキパキと後部座席に詰め込み
運転席にどかっと座る。
「じゃあ帰りましょう」
「そういえば今日、夕方に一弥来るって」
「あら、退院祝い?ご飯食べていくかしら」
「いや、一弥の⋯彼女もくるからご飯は大丈夫だと思う。」
「一弥くん彼女できたの?まあ、イケメンだもんね〜」
「そうだね」
細川さんの事を一弥の彼女と紹介してもいいのかと少し悩んだが、
僕の部屋に女性がくる口実として、一番めんどくさくないから
そのまま彼女と言っておいた。本当は付き合ってるのだろうか?
それも今日聞けばいいか。
家にはいると、二階にあがる。階段には元々手すりが備え付けられているので、
片足が使えなくてもなんとか登ることができた。
たかだか登るのにいちいちジャンプをしなければならず、登りきった頃には
息があがっていた。やっとの思い出自分の部屋のドアを開ける。
二週間前と何も変わらない、綺麗でも汚くもない普通の部屋。
空気の入れ替えは行なってくれていたらしく、ホコリくささはなかった。
壁にはズタズタになったはずの制服が新品に生まれ変わり掛かっていた。
持っていたカバンは多少傷ついているものの、使うぶんには問題がなかったので、
そのまま部屋に置いてある。
一弥はいいとしても、細川さんが来るなら、少し片付けなければなと
部屋の整理整頓を始める。
出しっぱなしのゲーム機や、漫画本などを所定の位置に戻し部屋中に掃除機をかけた。
整理整頓が一段落すると、時刻は昼を過ぎていた。
先程母親が部屋まで持ってきてくれた昼食を部屋で食べた。
濃い。病院食がまずかったわけではないが、健康を気にするとあんなにも薄味に
なるのかと、改めて実感した。昨日の夜ご飯も食べていないし、今日は朝ご飯を
食べる時間もなく、流石にお腹がペコペコだった僕は、五分もかからずぺろりと
完食した。
食器を一階まで持っていこうとしたが、
流石に食器を何枚か割ってしまうだろうと思い、
母親を大声で呼んだ。二度目の大声を出したところで、
先程母親が買い物に行くと言っていたことを思い出した。
そうか⋯いま家に一人なんだな。
病院と違い、一人ぼっちの家は妙に静けさを感じる。
まずい、ただでさえ今日は二人の話を聞くんだ。
きっと聞いたあと、僕は明るい気持ちにはなれないだろう。
今からナーバスになっていたら、流石に滅入る。
部屋のテレビをつけ、適当にチャンネルを回す。
平日の昼間はこんなにつまんないのかと思いつつ
ワイドショーをつけっぱなしにする。
特にやることもないのでベットで横になることにした。
昨日は一晩中泣いていたから、結局ほとんど寝れていない。
我ながら乙女すぎるな⋯。なんて考えていると、まぶたが徐々に下がり、
僕の意識はなくなっていった。

「おい、なべ!」聞き覚えのある声を聞いて目が覚める。
目を開くと目の前で一弥が僕のことを揺さぶっている。
少しベットで横になるつもりが夕方まで眠ってしまっていたらしい。
「ごめん、寝不足でさ」
身体を起こすと、部屋のなかには一弥ともう一人、細川さんも来てくれていた。
一弥はにこにこしているが、細川さんはどんよりとした表情をしながら
僕の部屋に腰をおろしていた。
「おばさんがさ、ご飯食べてけってさ。今日は退院祝いだーって、いま気合入れて
キッチンに立ってるよ」
「そうなんだ⋯。ありがとう。わざわざ来てくれて。」
「いやさすがに足骨折してるやつ連れ出せないっしょ」
「細川さんもありがとう」
細川さんの方を向くといいえと言ってくれたが、目を合わせてくれない。
「じゃあとりあえず退院おめでとう。これ、お菓子とかジュース買ってきたぜ」
コンビニの袋にパンパンにお菓子とかペットボトルがつまっていた。
「いいよ。始めなよ。」
細川さんがこちらを向いてつぶやいた。
「聞きたいことあるんでしょ?私たちは答えれる部分は答える」
「わかった」そこで一息ついてから
「理沙は⋯もういないんだね?」
「ご察しの通りよ。」
「いつ?」
「夏休み明け一週間後」
「なんで?」
「それは何を聞いているの?」
自分でも聞きたいことは考えていたが、
いざ死んだことを明確にされると、頭が真っ白になる。
「なんで、教えてくれなかったの?」
「渡辺くんはもう、理沙と関係なかったでしょ?」
それはそうだ、僕らはあの日疑似恋愛を解消し、友達にもなれず、
赤の他人へと成り下がったわけだ。
「それでも、僕は教えてほしかった」
「細川。もうちょい優しくしてやれよ。お前ずっとムッとしてるぞ。」
一弥が間に入ってくれた。
「ムッとしてないと、わたしは⋯約束を⋯守れない気がするから」
細川さんの目には涙が浮かんでいた。
「理沙はな、病気だったんだ。夏休み終盤にはかなり状況が良くなかった。
夏休みが明けると、学校には来られないほどになっていたんだ。
最終日にお前に会ったろ?あん時はもう入院してて、先生にお願いしてお前のところに
行ったんだよ。んで、1週間後病院で息を引き取った」
一弥が淡々と説明する。
「なんで⋯細川さんと一弥はその事を⋯知ってるんだ。僕は⋯知らないのに」
「細川は元々理沙と一番の仲良しだ。知ってて当然だろ?」
「あの子の心臓は幼い頃から悪かったの。私はあの子と中学から仲良くしてたから、
病気のことはもちろん知っているわ」
確かに、理沙は僕といる時以外は大体細川さんとつるんでいたな。
中学が一緒だったのは知らなかったけど、そもそもミステリアスな細川さんの事は
僕はほとんど知らない。
「俺は⋯多分。お前ほど大事にされてなかったんだな」
ははっと笑いながら一弥が言った。
「まあ、つまりはエキストラってことだな」
「どうゆうこと?」
「お前の気持ちも、理沙の気持ちも嘘はないよ。」
「いや、どうゆうことだよ」
「細川は理沙の親友だった。お前は理沙の大切な人だった。んで、俺は理沙の
大切な人の友達だった。だから、俺と細川は知ってる。お前は知らなかった
それだけだよ。」
「理沙が僕だけに嘘をついたってことか?」
「嘘って言わないでよ。言わないであげてよ。」
ポロポロと涙を流しながら細川さんが僕を睨見つけた。
まったく意味がわからなかった。遠回しな言い方をされると頭が混乱する。
「お前にだけは病気のこと知られたくなかったんだと思うぞ。それを隠すために
細川と俺はちょこに協力してたの」
そういうことになるのか⋯。あごに手を置きながら一弥の発言を整理すると、
確かにそういうことになる。
「いつから知ってたの?」
「俺はね。ダブルデートしたろ?あの辺だな」
「みんなで僕に隠していたのか」
怒りが込み上げてくる。なんで僕だけ⋯。
「お前に病気の事を隠していたのは、それが理沙の願いだったからだ」
「理沙が⋯なんで?」
「それは俺から話すことじゃない。自分で考えろ」
今までのおちゃらけた雰囲気とは一変、一気に部屋が殺伐とした雰囲気になる。
「ちなみに、私たち付き合ってないからね」細川さんがいきなり割って入ってきた。
「ああ、そうそう。俺たちはダブルデート要員ってことだ。」
「それも理沙に言われて?」
「言われてっていうニュアンスは聞こえが良くないな。でもまあ、理沙にお願いされて
付き合ってる体にした。」
「あの子はね。自分があとどれくらい生きていけるのか、なんとなく分かってたんだと
思う。それでね、死ぬまでにやりたいことを日記に書いてた。」
「ダブルデートもそのやりたいことリストの一つってことだよ」
一弥が袋の中からジュースを一本取り飲み出す。
「そういうことか⋯」どこか腑に落ちた気がした。
今までの疑問が徐々に紐解かれていく。
細川さんは理沙の大親友だ。理沙がもうそろそろ死ぬかもしれないと
わかった時は心底しんどかっただろう。
そのうえで大事な親友からの願い。つまりやりたいことリストに書かれている事を
叶えてあげようと頑張っていたんだ。
そのリストに何が書かれているかは分からないが、そのリストの達成には
僕と一弥の協力が必要だったのか。しかし、新たな疑問が生まれる。
「なんで僕なんだ⋯?誰でもよかっ」言葉を放っている途中で首元に痛みを感じる。
一弥が僕の胸ぐらを力いっぱい持ち上げていた。
「お前じゃなきゃダメなんだよ。俺はさっきなんて言った?もう忘れたか?」
細川さんが立ち上がって僕たちを引き剥がしてくれた。
「やめてよ。怪我人なんだよ?」
「お前の気持ちも、理沙の気持ちも嘘はないよって言ったよな?」
僕の目を恐ろしい形相で見つめてくる。
「渡辺くんには理沙があなたの事を嫌ってるように見えた?」
細川さんがそっとつぶやく、涙は止まっていた。
「いや、理沙は⋯僕のことが大好きだった」
彼女との疑似恋愛中何度も感じた疑問。何故疑似恋愛なんだ?
この子はこんなにも僕のことを好いてくれてる。
この子はこんなにも僕のことを考えてくれている。
この子はこんなにも僕との思い出を作ろうとしている。
嫌いなわけがない。なんで僕らの関係が疑似なんだと。
「なら、自身持てよ。そうだよ。理沙はお前のこと大好きなんだよ」
一弥が袋からポテチを出し袋を開けた。
「だから来たくなかったのよ。二人絶対喧嘩になると思ったし」
一弥が開けたポテチを細川さんもつまみ出す。
「ごめん。僕⋯」
「大丈夫だよ。もし逆の立場なら俺もそうする。お前もそんだけ理沙のこと
考えてたってことだしな。安心したよ。」
「お腹すいたから、おばさんのご飯食べていくわ。本当は帰るつもりだったけど」
「なべのおばさんの料理は意識飛ぶくらい上手いぞ。」
「それは大袈裟だよ。」
三人の間に流れていた重い空気はどこかへ消え去り、
気づいたら三人とも笑顔になっていた。
「聞きたいことは?もういいのか?」一通りお菓子を食べ終わると一弥が訪ねてきた。
「よくはないけど、自分で考えてみるよ」ごみの片付けをしながら答えた。
「これ、遅くなったけど、あげるわ」一枚の紙を僕に渡してきた。
そこにはとある住所が書かれていた。
「あの子のお墓。そこにあるから」
「あ、ありがとう!」
「あとはあなたが何をするか決めなさい。」
きっとこのまま笑顔でお墓に手を合わせる。それが一番平和的な終着点なんだろう。
まだわからないことだらけだが、ひとまず彼女に会いたい、
怪我がなおったら行くことにしよう。
「あと、ごめん。母親には二人が付き合ってるって言っちゃってるんだった」
「あーまあ、じゃなきゃ細川の説明むずいもんな」
「勘弁してほしいんだけど。私らただの疑似友達だし」
「いや、友達ではあるだろ」
細川さんは理沙といるときは過剰に心配をしてしまい、かなりピリピリしていたんだそうだ、
僕の目に見えていたクールでミステリアスな細川さんはただの友達想いの人だった。
一弥が冗談を言うたびに、僕が突っ込みをするたびに、下品にゲラゲラと笑っていた。
きっと今までずっと、理沙を支えているうちに、自然とピリつくようになってしまったのだろう。
今の細川さんは理沙を失い、ピリつく理由が消えていた。こんなに接しやすいなら
すぐに彼氏ができるだろうなとも思ったぐらいだ。
その後は僕の事故についての話になった。
「そーいえば車にひかれたの痛かった?」一弥がウズウズしながら聞いてきた
「まだ痛いよ、足折れてるし。でも最初は骨折よりも打撲よりも擦り傷が一番
厄介だったかも」
「ボロボロになったんでしょ?」細川さんも少しウズウズしている。
「ボロボロだったね。すぐに意識なくなっちゃったしさ、ぼーっとしてた僕も
悪いんだけどね」
「でも、車の信号無視が原因だろ?お前悪くないじゃん」
「僕も青信号で渡ったかどうか全然覚えてないんだ。ほんと、ぼーっとしてたしね」
「ねぇ、それってさ、あの日私があんなことを言ったから?」
細川さんが不安げな顔をして僕の顔を覗き込む。
「いや違うよ。」
実際は図星だったが、まるで細川さんのせいで車にひかれたと
捉えられるのは嫌だったので、否定をした。
実際何を言われたからといってぼーっとしていた僕と信号無視した車が
悪いのだから、細川さんが責任を感じることはだめだ。
「何?なんか言ったの?」
一弥がニヤニヤしながら聞いていたことに少し苛立ちながら
「ならいいけど」と細川さんが答えた。
その後は僕のいなかった二週間での学校の出来事などを話してくれた。
学校では文化祭の話し合いが行われているらしい。
それと、手土産だ。と二週間分のたまりに溜まったプリントを
渡された。お返しに僕はこの二週間の入院生活のことを話したかったが、
話せるようなことはほとんどなかった。すべてが理沙につながってしまうから
ようやくいい雰囲気で他愛のない話ができている今、
理沙の話題を出すのは違うと、三人ともそう感じていたんだと思う。
話題は細川さんのことに移った。そういえば僕は細川さんの事を何も知らない。
「細川さんってなんだかお嬢様って雰囲気だよね」
「それってバカにしてるの?近づけないみたいなこと?」
「バカにはしてないよ。でも、クールで近づきがたい感じはある」
「こいつはそんなんじゃねーよ」
一弥が鼻で笑いながら割り込んできた。
「こいつはさ、めっちゃ人見知りなの。
だから中々お話とかできなくてこれでも本人は悩んでるんだよ」
バシッと細川さんが一弥の肩を叩いた。
「言わなくていいわ」少し顔を赤くしながらうつむいてしまった。
「勝手にクールだとか色々と言われてるみたいだけど、わたしはただ
友達作るの苦手なだけで、本当は友達たくさん作りたいの!」
耳を真っ赤にしながらスカートをぎゅっと両手でつかんでいる。
細川さんの意外な一面をみたところで、母親が部屋に入ってきた。
「お楽しみ中ごめんなさいね。ご飯の準備できたけど、二人はどうする?」
「いただきます!」二人が声をそろえて返事をしたもんだから、母親はクスクスと
笑っていた。
階段を下りる際に一弥が肩を貸してくれたが、お互いになれてないので
逆に危なっかしく、お互い冷や汗をかきながらなんとか一階まで降りることができた。
居間にはいると、母親はまだキッチンでガチャガチャと音を立てて
準備をしていて、父親はすでに椅子に座りみんなの着席を待っていた。
父親の正面に一弥が、母親の正面に細川さんが座った。
僕はいつもいま細川さんが座っている椅子を使用するのであたふたしてると
主役は真ん中と父親が一弥と父親の間に用意された椅子へと促してくれた。
母親は料理が得意だが、あまり凝ったものは作らない。
得意だけど好きではないのよとよく言っていた。
一汁三菜が並ぶいつもの食卓には、ポテトや煮込みハンバーグ、
唐揚げやサラダボウルにちらし寿司とまさに豪華な食卓になっていた。
じゃあいただこうかと、父の一声で一同が一斉にご飯を食べ始めた。
「裕太。ケガは大丈夫なのか?」
「大丈夫⋯ではないかな」
「そうか、あんまり親を心配させないでくれ」
「うん。ごめん」
父親は普段は寡黙だが、さすがに息子の様子が気になったのであろう。
「そんなことより、お二人は付き合ってるんだってね?」母が細川さんに
向かってキラキラの目線を送りつけていた。
「はい。二人でお邪魔して申し訳ありません」と細川さんが頭を下げると
「いいのいいの。今日は元々夕食は大量に作るつもりだったし、
絶対に余っちゃってたから二人がたくさん食べてくれたほうがむしろ嬉しいわ」
「確かに大量っすね!でもおばさんの料理上手いんで全部食べれそうです」
一弥が口をもぐもぐさせながら喋るもんだから、細川さんが怪訝な顔をする。
「みっともないから口に入ってるときはしゃべらないで」近くにあった
ティッシュ箱からティッシュを1枚取り出し、一弥の唇をぬぐっていた。
こいつら本当は付き合ってるんじゃないのか?と勘違いするほど、
彼らの疑似恋愛は僕の両親の前では徹底されていた。
一弥もまんざらでもない様子だったのが少し腹が立つ。
そんな二人の姿を見て、僕の両親はニコニコと食事を続けていた。
病院食を食べ慣れていた僕にとっては、この夕食はあまりにも豪華過ぎた。
料理ってこんなに味濃かったっけ?と思いつつも、やはり母親の料理の腕は
かなりいいようだ。僕の好みの味付けをされた料理をどんどんと口へと運んでいった。
入院中は心のモヤモヤを抑え込むのに必死で、食事を楽しむ余裕など
まったくなかったから、落ち着いて味わえる今の環境に
心がポカポカとする高揚感を感じていた。
食事が一通り終わると、僕と一弥はその場でうなだれていた。
二人とも自分の胃袋のキャパシティを見誤っていたようで、動けなくなるまで
食事を続けたので、その場から動けなくなっていた。
一方で細川さんは率先して、空いたお皿を片付けたり、テーブルを拭いたりと
僕と僕の両親にその女子力を存分に見せつけていた。
片付けが終わると、一弥がおもむろに立ち上がり、細川さんのもとに行く。
そろそろ帰ろうかと相談をしているようだ。
「おばさん、おじさん、僕たちそろそろ帰りますね。」
「本当に美味しいご飯でした。ごちそうさまです」
二人とも来た時よりも顔がぱっと明るくなっていた。
ご飯が美味しかったの事実だが、それ以外に、
多分二人とも僕に対して何かしらの罪悪感とか、感じていたんだろうな。
それを今日話せたから少しは肩の荷が下りたんだろうな。
玄関まで見送ると、僕の両親も見送りに来た。
「お邪魔しましたー」と玄関の扉を開け、こちらに会釈をする。
「いいえ、また遊びに来てね」
「今日はありがとう」
「おう、また学校でな」
扉が閉まり母親は片付けの続きをするためにキッチンへ戻っていった。
父親は僕を二階まで運ぼうと肩を貸してくれたが、降りるときに
随分と苦労をしたので大丈夫と断った。
しばらくは病院へ通院することになるが、怪我はもう大したことでは
なくなっているので、明日から学校へは行くことにした。
朝は母親に学校まで送ってもらい、帰りは父親の仕事終わりを待ってから
父の車で家まで帰ってくることにした。
負担を欠けてしまってごめんなさいと謝ると、
二人ともクスクス笑い、もう少しわがままでもいいのになと言ってくれた。
「今日はごちそうさま。また明日な」一弥からのメッセージが来ていた。
それともう一通、知らないアカウントからのメッセージ。
「お邪魔しました。ご飯ありがとうございます」
最初のメッセージがこれだったので、細川さんかな?と思い、登録をしていると
「あ、細川です」と送られてきた。意外とおっちょこちょいなのかな?と思いつつ
アカウントを登録しておいた。
ベットにはいると嫌でも気分は暗くなる。
明日からは学校に行くことになるが、そこに理沙はもういない。
わかって入るが、理解はしているはずだが、
納得しきれてないという気持ちもある。
結局二人からはすべての真実を聞き出したとは到底思えない。
まだ僕は完全に前向きに生きていくことはできないだろう。
とにかく早く怪我を治して、お墓参りに行く。
それがいまの僕にできる最大限の行動だ。
お墓参りに行けば、きっと何か変わるはず、だから細川さんは
わざわざ住所を教えてくれたんだ。
いや、お別れを言うためだろうか。
今の僕の精神状態を鑑みて、教えてくれたのだろうか。
それでも、僕はとにかく怪我の治療に専念しよう。
一弥は言っていた、理沙の気持ちも僕の気持ちも嘘ではないと。
僕は理沙が大好きだ。理沙もきっと僕のことを好きでいてくれたはずだ。
そんなことを考えていると、自然とまぶたは重たくなった。