不器用な彼女

暑さはまだまだ引かない、セミの声にも聞き飽きてきた。
いよいよやってきてしまった。
今日は八月三十一日。疑似恋愛期間終了の日だ。
僕は学校の近く、まだ気温がそんなに暑くなかった頃、
彼女に疑似恋愛をしないかと提案された公園に来ている。
彼女のことを待っていた。
昨日の夜のこと、いつも通り他愛のないメッセージのやり取りをしていた僕は、
もしかしたら、このまま関係が続くのでは?なんて甘い期待さえしてしまった。
それほどまでに僕たちの関係は良好と言わざるを得ないくらいの関係になっていたと
思っていた。十時になりいつものようにおやすみのメッセージを送る。
このまま何事もなく明日が過ぎてしまえばいい。
夏休み中の期間限定なんて条件を忘れてしまえばいい。
そう思っていたが、僕の考えは甘かった。
ベットに横になったところで理沙からメッセージが来た。
スマホの画面には理沙からのメッセージと質素な表示がされている。
見たくない⋯。でも、見ないわけには行かない。
メッセージを開くと、
「明日一時に告白をした公園に来てほしい」
絵文字もスタンプもない質素なメッセージが送られてきた。
既読こそつけたものの、僕は返信をすることができなかった。
今に至るまで、僕は返信をできていない。怖かった。
でも、一晩中考えた。
手のひらは汗でびっしょりだ。なんせ僕は今から告白をするのだから。
きっと大丈夫。疑似恋愛中にあんなにデートをしたじゃないか。
キスだってした。いけなかったけど、二人きりで旅行に行こうともしていたんだ。
僕は理沙のことが好きだ。きっと理沙も同じ気持ちのはずだ。
そう自分には言い聞かせて鼓舞する。
時刻は一時になった。彼女の姿はまだ見えなかった。
僕が既読無視をしているから、ここに来ないと思ったのかもしれない。
今からでも返信をすべきだろうか⋯。そんなことを考えていると、
公園の入り口から理沙が歩いてきた。
「お待たせ。」理沙がニコニコしながらこちらに近づいてくる。
「いや、いま来たとこだよ。」
「嘘」
「え?」
「私も裕太と同じ、ちょっと早めに来てたんだ。」
「そうなのか⋯」
僕の横に腰掛けて、胸を抑えながら深呼吸をしている。
「今まで、短い間だったけど、すっごく楽しかった。裕太と付き合えて本当に幸せだった。」
理沙はポロポロと涙を流しながらしっかりと言葉を置くように話しだした。
「夢、みてるみたいだったよ。裕太と一緒にいろんなところに行ったり、
いろんなことはなしたり、私、すっごく、幸せでした。」
涙をボロボロと流しながら笑っている。駄目だ。止めなきゃ駄目だ。
このままではまずい。それでも僕は口を開けることができなかった。
理沙は少し過呼吸気味になりながらも必死に言葉を口にする。
「でも、夢はもうおしまい。私のわがままに付き合わせちゃってごめんね。
でも、明日からはお友達⋯ね?」
そこまで言い終わると彼女は両方の手のひらで自分の顔を覆い隠した。
金縛りにあったかのように動かなかった口を無理やりに開けて声帯を震わせた。
「疑似恋愛⋯はね?でも、僕は君が好きなんだ。大好きなんだよ。
それは、疑似恋愛とは全く関係ない。
この関係を提案されたその時には、すでに僕は君のことが好きだったんだ。
明日からは疑似じゃなくていい、本当の恋愛を僕としてください」
握手を求める形で彼女の前に右手を差し出す。
さあ、あとは君が握るだけだ。握ってくれるだろう?
きっと指先が震えているだろうな。見てないけどわかる。
いつもみたいにニタニタ笑いながらツッコんでくれよ。
数秒の沈黙、彼女の答えは明白だった。
「ごめんなさい⋯」
雨こそ降っていないものの、どんよりとした空気の中、
彼女に衝撃的な言葉を吐かれても尚、現実か夢か判断ができなかった。
僕は振られた⋯。高校生になり人生で始めてたできた彼女に。
「本当にごめんなさい。それじゃ⋯」
理沙がベンチから立ち上がり、小走りで去っていく音が聞こえる。
顔は上げられない、だって涙が止まらないから。
差し出し続けていた右手を下におろし、そのまま目を覆った。
涙の止め方がまるでわからない。まるで僕の気持ちを察したかのように
雨がポツポツと降ってきた。何も考えられない頭をじわじわと冷やしてくれる。
そのうち雨は本降りとなった。傘は持ってきているが、さす気力はなかった。
彼女は大丈夫だろうか?彼女⋯もう友達か⋯。
乗ってきたマウンテンバイクに跨がり、家へとペダルを漕ぎ始める。
相変わらず、目からは大粒の涙が流れ出ているが、今となっては雨なのか
涙なのか自分でもわからなかった。夏の最後のゲリラ豪雨は僕にとっては
トラウマとなってしまった。
気づいたら家のベットにいた。
自分があの後どうやって帰ってきたかもわからない。
無意識に自転車を漕ぎ続けたから、ぼーっとしてても案外道は体が覚えているもんなんだなと
自分の帰巣本能に驚いたが、そんなことすらどうでもよくなるくらい僕は落ち込んだ。
ただひたすらに彼女のセリフを脳内で繰り返し繰り返し再生していた。
憂鬱な気持ちを引きずりつつ、しかし時間は止まらない。