不器用な彼女

道中では、水族館の感想をお互いに言い合った。
彼女はクラゲのぬいぐるみをすっかり買い忘れてた〜と少しがっくりした表情をしていた。
お店の中は昼時だからだろう、家族連れやカップルでごった返していた。
僕は鯖焼き定食を注文したが、彼女はかつ煮込み定食を頼んだ。
「魚食べたいって言ってなかったっけ?」
「さっきまではね。メニュー見たらカツ煮が一番おいしそうだったんだもん。」
理沙は少しいじけた表情をしながら正面に座る僕の顔を睨見つけた。
「でもでも、裕太の鯖少しもらう。私のカツちょこっとあげるよ」
すごくカップルらしいことをするなと思った。周りから見れば僕たちは紛れもなく
カップルに見えるんだろうな。そういえば、本来の目的は達成できたのかな?と思い、
「そういえば、疑似恋愛の目的は達成できたの?」
「ん?目的って?」
彼女はあくまで理由は話さないつもりなのだろうか、知らんぷりをしていると思ったが、
「僕の予想だけど、誰かに言い寄られてるのかなって、だから僕を使って
その人に諦めてもらう。みたいな感じでデートしてるのかと思ったんだけど」
彼女の顔を見てみると、ポカンと口を開けてこちらを見ている。
「ちょっと待って、じゃあそんなつもりでデートしてたわけ?」
「理沙はそうなのかなって、もちろん僕は純粋にデートとして楽しんだけど」
「もう」少しため息混じりで口から息を漏らして、僕の右のほっぺたを軽くつねってきた。
「大ハズレだよ。理由は確かに言えないけど、そんなんじゃない」
「ごべん」ほっぺをつねられていて発音ができない。
「私はそんな思惑はないよ。普通にデート楽しんでる。裕太と一緒」
「わかった。じゃあこのあともよろしく。あとほっぺ痛い」
ようやく僕のほっぺたが解放された頃、僕はポケットに忍ばせていたものをテーブルに出した、
さっきバレないように買っておいたクラゲのぬいぐるみだ。
ピンク色のぬいぐるみと青色のぬいぐるみをそれぞれ一つずつ購入しておいた。
「これ⋯なんで⋯」理沙はぽかんとした表情で僕を見つめる。
「いらなければいいんだけどさ、ほら、ぼくたちの初デート記念にさ」
「うそ⋯」彼女の目には涙が浮かんでいた。
「そんな大したもんじゃないよ、安かったし、いらなければ」
「いるに決まってるじゃん」顔を真っ赤にさせながら涙目で目を合わせてきた。
「ありがとう。絶対大切にする。」
テーブルの上に置かれた青色クラゲのぬいぐるみをぎゅっと握った。
「あれ?ピンク色じゃなくていいの?」
「あえてだよ。青色のクラゲを裕太だと思って大切にするの」
テーブルにのこっているピンクのクラゲを僕の側にすっと置いてくれた。
「ピンク色のクラゲを私だと思って、大切にしてくれてもいいからね」
「うん。大切にするよ。」
お互い顔を真っ赤にしながらうつむいていると、完成した料理が運ばれてきた。
しばらくは料理が美味しいやら、水族館の感想やらをお互いに話、
あっという間に食べ終わってしまった。結局僕の鯖はおいしいおいしいと
半分ほど食べられてしまった。僕はカツを一切れだけもらって満足した。
「あれって神社なの?」
理沙が窓の外を指差しながら聞いてきた。
そこには木々に囲まれている赤い鳥居がうっすらと見えた。
「調べてみるよ」スマホを手に取り調べてみると、あまり大きな神社ではないが
病気平癒の神様が祀られているらしい。
「小さい神社だね。病気平癒って言って今かかってる病気とか
怪我が良くなりますようにってお願いするところみたいだよ。」
「それほんと?」食い気味に理沙がスマホをのぞき込んできた。
「あとは、誰かにメッセージを送りたい時に参拝するんだって」
僕が見ていたスマホにはここに祀られている神様は、あの世とこの世を結ぶ
メッセンジャーのような役割をしているらしい。こちらから言葉を送ればあの世へ
言葉を運んでくれる、その返事をこちらに届けてくれるらしい。
いくつか実体験として証言が書かれていたが、どれも胡散臭いなと思いつつ
理沙に画面を見せると、「これだ」と言いスマホを返してきた。
理沙の提案で神社に行くことにした。入口には大きな鳥居がたたずんでおり、
そこを抜けるとひたすら石段が連なっていた。
時間にして5分ほど石段を登り続けると、先ほどうっすら見えた鳥居がそこにはあった。
実際に見ると意外と大きいが、神社自体はそこまで大きくない。
境内には左右に狛犬が鎮座しており、本堂はかなり古いのが見てわかる。
正面にお賽銭箱と本坪鈴。まさしくどこにでもある神社だ。周りは視界を遮るくらいに
木々がぎゅうぎゅうに生えていて、昼間だというのにこの一帯はかなり暗かった。
僕自身は健康だからこれからも健康でいれるように願った。
ふと隣を見ると理沙はまだ祈っていた。
理沙のお祈りが終わると二人で手を繋いで石段を降りていった。
「何をお願いしてたの?」と理沙に尋ねてみると
「あー。おばあちゃんがね。入院してるから治してくださいってお願いしたの。」
「おばあさん、どこか悪いの?」
「どこかっていうよりはもう年なんだろうね。身体のいろいろなところが悪くてさ、
特に心臓が悪いみたいで、私もあんまり詳しくはないんだけどね。」
「ごめん、そんなこと」そんなことを言わせてしまって、と反省した。
心無しか理沙は暗い表情をしている。
「大丈夫。たまにお見舞い行くとさ、全然元気だからさ。ほんとに病気なのか疑っちゃうよ」
理沙はいつもの笑顔に戻っていた。
その後電車で地元に戻ってきた。
駅ビルのショッピングモールでお互いの行きたい店を
手当たり次第にぐるぐる回った。
理沙はアパレルショップを何店舗も回っては、僕の好みの服装を聞いてきた。
なんで僕の好みの服装が気になるんだろうと思いつつも、
好みの服装はこんな感じかなと伝えると、
「裕太の好みはあたしの好みに似てるなぁ、実は今日の服装好みだったり
するのかな〜?」とまたもニタニタしながら顔を覗いてくる。
いじられっぱなしは癪に触るので、
「うん。すごく可愛くて⋯好きだよ」と思い切って言ってみると
「ありがとう⋯」と顔を下に向けてポツリと言っていた。
お互い耳を赤くしながらその場に佇んでいると、
しびれを切らしたのか、店員さんが声をかけてきた。
大丈夫ですと声をかけ、お互いの時間が進みだした。
理沙の恋人らしいことしたいという提案により、
近くの公園で話すことになった。
お昼ご飯をたっぷり食べたからお腹は全然空いていないが、時刻はもう
夜の七時を過ぎていた。夏場とは言え流石に太陽はもう隠れていた。
駅の近くの公園と言うこともあり、僕らと同じかもしくは少し歳上くらいの人たちや、
仕事終わりのサラリーマンが数人プチ宴会をしていたりと、繁華街にふさわしい
騒がしさの中、僕たちは空いているベンチに腰をおろした。
いざ公園のベンチに座ると何を話していいか分からなかったが、ショッピングモールから
この公園にくるまで、手はずっとつながっていた。
「こないだのお茶、飲んだ?」
「こないだのお茶?」
「ほら、学校の近くの公園に呼び出した時にあげたじゃん。」
「ああ、ありがたくいただいたよ。」
あの後、もらってすぐに飲み干したペットボトルを捨てるか否かなやんだが、
捨てるのは申し訳がなく、部屋の机に置きっぱなしである事は、口が裂けても言えない秘密だ。
「間接キスだね」
「高校生なんだから、間接キスなんかでいちいちいじらないでよ。」
「ふーん」理沙が唇を尖らせて正面をみる。
正面にはちょうど大学生くらいだろうか、上下スウェットの男性が
柴犬を連れて公園を散歩していた。くるんととぐろを巻いているしっぽを
見つめているとやがて公園には僕たちを除いて誰もいなくなった。
いや、正確にはまだ沢山の人がいたが、僕たちの周りには一人もいなくなった。
こうゆう時カップルはどんな話をするのだろうかと考えていると、
理沙に肩をツンツンと突かれる。振り返ると理沙がうつむき気味にこちらを見ていた、
「ごめんね」
次の瞬間僕の目の前に理沙の顔が近づく。僕の唇に柔らかい感触と心地よい体温が伝わる。
唇が少し濡れた。理沙がつけていたグロスがついたのであろう。
あまりに一瞬の出来事で頭の回転が追いつけなかった。
僕の記念すべき初キスは今まさに理沙にプレゼントしてしまった。
一瞬の口づけ後、理沙は顔を横にずらし僕の首に腕を回して、優しく抱きしめてきた。
「ごめんねって、なんで?」
「ほら、私たち疑似恋愛中じゃん?こーゆーのはルール違反かなって、
でも⋯したかったからした。だからごめん。」
「いや、僕は大丈夫だよ。だって⋯」
「ちゅうもできたし今日は帰ろう!」と僕の発言を遮り理沙が立ち上がった。
呆然としている僕の片手を両手で握りしめおもっきり力を込め僕を無理矢理立たせた。
あからさまに僕が気持ちを伝えることを避けているのがわかった。
なぜだ。なんて考えられるほど僕の脳みそは優秀ではない。
唇に残る感触と高揚感で僕の脳みそは支配されてしまった。
何も話すことなく無言で僕の手を引っ張る理沙の顔は、夜道でもわかるくらい
赤く染まっていた。多分僕も同じくらい染まっているだろう。
その後は駅まで理沙を送っていった。
道中はいつものように他愛のない話で盛り上がった。お互い先ほどのことを触れないように
意識しながら、いつものようにいつものようにと頭のなかで繰り返す。
先程のことはなかったかのように努めることに僕は集中した。
駅までつくと、理沙はぼくの手から離れ、改札へと向かおうとした。
「家まで送るよ」再び理沙の手を握ると、
「流石に大丈夫。駅まで親に迎え来てもらうしー」
理沙が改札を抜けると、またラインするねと大声で手を振りながらこちらを向いた。
その後小走りで去っていった。
こうして僕は好きな人との初デートを無事に完了した。
「⋯⋯⋯」
感無量とはこのことか。まるで自分が今世界で一番幸せな人なんじゃなかろうかと
錯覚するほど、僕は幸せな気持ちに包まれていた。
手にはまだ彼女の温もりを感じていた。唇をそっと触れると、触れた指先には
グロスがついていた。夢じゃないんだな⋯とぼそっとつぶやきようやく
帰るために歩き出した。
自転車置き場まで歩くとポンッとアプリの通知がくる。
「今日はありがとう、気をつけて帰ってね」理沙からのメッセージだ。
「こちらこそ、気をつけて帰ってね」とメッセージを送る。
気温は夜になると涼しくなり、過ごしやすくなる。
涼しい風が暑くなった僕の耳を心地よく冷ましてくれる。
ポケットに入れていたピンクのクラゲを握りしめふふっと微笑んでしまった。