不器用な彼女

 週末の土曜日はあっという間にきた。
 その後も彼女とメッセージでやりとりを続けているが、デートの話をこちらから振るのはなんだか恥ずかしく、
 結局いつもの他愛のない話ばかりをしていた。
 今日のデートプランも一応は考えてきた。
 カフェに行きお話をし、映画を見て盛り上がり、近くのモールでウインドショッピングを楽しみ、夜景が人気のお手頃レストランで夕食を食べて解散。
 付き合い経験のない僕が必死に絞り出した少し背伸びした案。サイトをいくつも掛け持ちして練りに練った案だ。
 彼女が喜んでくれるかは分からないが、僕にとっては好きな人との初デートだ。
気合は入るに決まっている。
 昨日はあんまり眠ることが出来なかった。楽しみと不安でちっとも気持ちが落ち着かなかった。
 朝は無駄にいつもより早くアラームをかけ、スヌーズを大量に仕掛けていたせいで
寝坊せずに起きることはできたが、結局2時間程しか眠れてなかった。
 駅に到着すると時刻は集合の時間よりも三十分も早かった。彼女を待たせるよりかはと考え、早めに家を出たので、遅刻をせずに済んだ。
 改札前でスマホをいじっていると、ものの5分で彼女は姿を現した。
 彼女はネイビーのTシャツに白のサロペット、黒のキャップを頭に乗せていた。
 当然制服姿しか見たことがないから、全てが新鮮である。
 普段から元気いっぱいの彼女に良く合う服装だなと見とれていると
「いや〜おはよう。早かったね」と声をかけてきた。
「遅刻するのは申し訳ないなと思ってさ、早めに来てみた」
「いかにも裕太っぽいね。服装もかっこいいね」
 僕は白のTシャツにデニムという、簡単な服装にした。これでもかなり悩んだのだ。
 なんせ自分にとって初デートなのだから、彼女をがっかりさせたくはなかった。
 このデートの為に、いくつのサイトを閲覧したか、いくつの雑誌を読み漁ったか。
 一周回ってシンプルなコーデで挑むことにしたのだ。
かっこいいと言われるのは素直に照れる。本音かどうかはさておき、女の子に言われるのはこんなに気分がいいものなのか、
 それに⋯
「ん?何じろじろ見てるの?変態」と言われ、ムッとした。
「いつもは君付けで呼ぶから、呼び捨てされてちょっとびっくりしたんだよ」
「嫌だった?」
「そんなことないよ?」
「だよね。なんか喜んでそうな顔してるもん」
 彼女は中々に鋭い。それとも僕は顔にでやすいのか。僕の気持ちが見透かされているようだった。
「裕太は私のことなんて呼ぶのかな〜?」いつものニタニタした顔で
 僕の顔を下から覗いてくる。
 あ〜恥ずかしいな⋯と思いつつも、
「じゃあ⋯僕も理沙って呼ぶよ」
 名前を呼ぶ程度のこと、なんて思ったがこれはかなり恥ずかしい。
「じゃあ行こうか」と理沙が僕の手を握る。彼女の柔らかい手は少ししっとりしていた。
 一方の僕はしっとりなんてもんじゃない。手汗を大量に流してしまっている。
「ごめん、僕手汗が⋯」
 そんなことを理由に一度つないだ手を離したくはなかったが、流石にこれは不快にさせてしまう。
 すると彼女は手を優しく握り直した。
「うける。汗すっごいね。でも気にしてないから大丈夫。」
 僕が気になるんだよ⋯とは言えず彼女の手を握り返した。
 僕が必死に考えたプランはなんの役にも立たなかった。
 彼女は僕の手を引っ張るとすぐに改札の方へと引っ張っていく。
「まずは水族館に行こうよ。あっ、今日行く所はなんとなく考えてきたから
任せといて!」
 そうか、僕は疑似恋愛をしているんだった。そこで我に返った。
 なんだか自惚れていたけど、そもそも僕がプランを考える必要はないのかもな、きっと今日僕とデートしている姿を誰かに見せつけるのだろう。
 そしてその相手に彼女の事を諦めてもらうのだろう。
 疑似恋愛とはそういうものだ。僕は彼氏の役をやればいいのだ。
 彼氏にはなってはいけない。
 集合した駅から電車で10分、目的地まではすぐについた。
 移動中に今日のプランをそれとなく聞いてみた。
 どうやら水族館に行くこと以外は何も決めてないらしい。
 なら水族館にその相手が来る予定なのだろうか?と考えていると、
駅から出る気持ちのいい風が体をすり抜けていく。少し磯の香りをまとっている。
海沿い建てられた水族館。小学生の頃に遠足で来たことがある。
 週末ということもあり、水族館目当ての人が多いのだろうか、同じ駅で降りる人が大量にいた。数年前に見た水族館と外観は何も変わっていないかった。
 電車のなかでは「わたし初めて行くんだよね」と話してくれていたので、
昔の記憶で色々と案内はできそうだ、時間が合えばイルカショーも楽しめるだろう。
 予想通り、駅から出ると一緒に電車に乗っていた乗客のほとんどが僕たちと
同じ方向に歩き出した。親子連れが多かったが、カップルとおぼしき二人も
何組か目にした、そのたびに僕は少し寂しい気持ちになったな。
 このカップルはきっと疑似ではなく、本当に愛し合っているのだろうなと。
 水族館につくとチケット売り場まで真っ直ぐに歩く。
 週末ということもあり、そこそこの行列ができていた。
「僕は実は二回目なんだ、ここに来るのわ」
「へえー。どこの女と来たのー?」
 理沙は棒読みで返答してきた。ヤキモチ焼きを演じているようだ。
「違うよ。小学生の時、遠足でね」
「いいなー。私たちの小学校は山とか登ったりしたけど、全然楽しくなかったな。
山でキャンプしたんだけど、一緒の班の人が料理下手くそでさー。カレーしゃばしゃば薄味だったなー」
「キャンプいいじゃん。僕はそっちのほうがよかったかも」
「絶対水族館のほうがいいよー」
 そんな会話をしていたらあっという間に僕らの番になった。
「すみません。高校生1枚お願いします。」と彼女がチケットセンターの受付に声をかける。
 そこですかさず「すみません。2枚でお願いします。」と僕が割って入った。
「はい、2枚で二千円です」コトッと目の前に水色のトレーが置かれる。
 僕は財布から二千円を取り出すとトレー置こうとした時、理沙が横から千円札を
トレーに置いてきた。
 驚いて目をそちらに向けると、眉間にしわを寄せた理沙がこちらを睨んでいる。
「はい、ちょうどですね。こちらチケットになります」
 ペンギンの写真が載っているチケットとシャチが載っているチケットがトレーに置かれる。
 チケットを受け取ると理沙が僕の手を引っ張る。
「どーゆーつもり?」声は怒ってない様子だが、顔は怒っている。
「僕、デートって初めてで、バイトもしてるし、お金は男が払うもんだと⋯」
 しどろもどろに彼女に言い訳をする。かっこつけたいだけだったし、雑誌にはスマートな男はモテると書いてあった。理沙はおごられるのが嫌いなのだろうか?
 それに、彼女にとっては疑似恋愛かもしれないが、僕にとっては真剣な恋愛だ。
彼女とデートできるなら、いくらでもお金は出したいと思っていた。
「なるほどね。じゃあ教えてあげるけどさ、バカにしてんのかぁぁ」とわざとらしく胸ぐらを軽く掴まれた。
「そーゆーの素敵って思う人いるだろうけど、わたしは違うよ。わたしはおごられるのもおごるのも嫌いなの。」と、キッパリと断られた。
 やってしまった。怒らせてしまったと思い、すかさず謝る。
「ごめん。ほんとに。」きちんと頭を下げて謝ると理沙は僕の頭をがっしりとつかみ
無理くり元の位置へ戻した。
「怒ってないよ。むしろありがとう、ほんとに嬉しいよ。本命の彼女ができたらおごってあげてね。」とキシシと笑いながら肩をポンポンと2度たたかれた。
 だったら今奢らせてくれよ⋯と今すぐにも口出そうだった声を必死に抑えた。
もやもやしながらも理沙に手を引かれそのまま人の流れに沿い水族館へと入っていく。
 水族館にはいるとすぐに見えるのが足元から天井まで広がるバカでかい水槽だ。
 この水族館の近辺で泳ぐ魚が展示されているらしい、その大きさは日本国内でも
一二を争うらしく、老若男女から人気だった。言わずもしれたこの水族館の名所である。
 エイやイワシ、名前も知らないような中小の魚たちが優雅に泳いでいる。
「おいしそうだね」と隣で理沙がつぶやく。
「つぶやくんならもっとロマンチックなセリフにしなよ」
 館内は薄暗く、床や水槽内が青や紫のライトアップがされており、落ちつく音楽がスピーカーから流れている。この空間だけは非日常のような感覚、たまに見える消化器や、非常口の表示が唯一現実らしさを出していた。
「二人だけの秘密の空間みたいだね」と理沙が甘えた声で言ってきた。
 心臓が鷲掴みにされる感覚。心臓の音が理沙にまで聞こえてしまう。
 理沙の方を見ると、ニタニタ笑っていた。いちいち心臓に悪いなと思いつつ、
なんだ冗談かとため息をつき
「そうだね。」とつぶやき理沙に目を向けると理沙は真っ直ぐに水槽を見つめていた。
 耳はほんのり赤くなっているような気がしたが、薄暗いせいでわからなかった。
巨大水槽を背に薄暗い通路を歩くと、次に見えてきたのは赤や紫、青色にライトアップされた水槽。
 一帯はより一層暗くなっていた。
 ここは深海生物が見れる空間になっている。
 小さな水槽が壁に埋め込まれており、通路を歩きながら深海生物を見て学べるブースだ。
 魚がいるわけではなく要するに博物館みたいなものだ。
 前に一度来たときは文字だらけで面白くないなと思ったが、高校生になった今でも全く同じ感想である。
 隣の理沙をみてみると、どうやら同じ感想を持っていそうだ。
「次に行こうか」と小声で耳元でつぶやき、僕の手を引っ張っていく。
 次に見えたのは青色のライトアップをされた幻想的な空間だった。
 中央に丸型の大きな水槽があり、その周りを一面水槽が囲っている。
 中にいたのは種類豊富なクラゲたち、傘を不規則に動かすクラゲやライトアップのおかげか触手が七色に光っているクラゲ。
 僕よりも大きいのではないかと思われるクラゲなど様々なクラゲが優雅に泳いでいた。
 女の子はこーゆーの好きなんだろうなと理沙をみてみると、理沙は子供のように水槽に両手をあてて食い入るようにクラゲを見つめていた。
 僕はクラゲに夢中になる彼女のことをひたすらみていた。
 自分の恋心が偽物ではないことを確認するために。やはり僕は理沙が好きなようだ。
「クラゲ好きなの?」水槽に張り付いている彼女に聞いてみた。
「いや、刺すんでしょ?怖いよね。でも、すごく綺麗だね」
「こうやって見ると可愛いよね」
「ん?私のこと?ありがとう」
 僕はクラゲの事を言ったけど、でも彼女のことも可愛いと思ってるから、黙っていた。
「ちょっと黙らないでよ。バカみたいじゃんか」と肩をバシッと叩かれた。
 一通り見終わると次は屋外に出た。館内は人の多さの影響か、少し暑かったので屋外に吹き付ける浜風が心地よく感じた。
「クラゲめっちゃ綺麗だったね。わたしクラゲの人形買う」と興奮しながら理沙は語ってくれた。
「おそろにしちゃう?」とニタニタ笑いながらこちらをのぞき込んできたので、
「もちろん」と真っ直ぐに理沙の目を見ると、理沙は目をそらし「なんてね」といって僕の手を引っ張っていった。
 屋外に出るとイルカショーの為の巨大プールがある。
 入口には大量のペンギンが優雅に泳いでいる。タイミングさえ合えば餌やりをみることができるが、横の張り紙をみてみると、どうやら先ほど終わってしまったらしい。
「ねえ、ペンギン可愛すぎる。いくらかな?」
「お風呂で飼うの?」
「一緒にお布団で寝れないのかな?」
「多分臭いよ」
「マジレスすんな」とまた肩をバシッと叩かれた。
 二人でペンギンを見ながら話していると、館内アナウンスが流れてきた。
「10分後にイルカパフォーマンスが開始されます。ご覧になる方は屋外プールへお越しください」
「ちょうど良かったね。私たちも行こうか」
 と理沙が僕の服の袖を少しつまんできたので、僕たちは屋外プールまで足を運んだ。
 開始10分前だが、かなりの人数がすでに席を埋めていた。
 前列から三列目までの人にはビニールシートが配られている。
 ここのイルカやシャチは観客に向けて遠慮なく水をかけてくる、今日のような夏場はむしろ嬉しいサービスだろう。
 中段の端が空いていたので二人で腰掛けた。椅子自体は全列から五列目までは、
プラスチックでできているであろう背もたれ付きの席があるが、それ以降は石段に直接腰を降ろすタイプの観客席だ。
 その後も絶えることなく人が入ってくるので、またたく間に席は埋まってしまった。
 仕切りなどがないので端に座っている僕たちはどんどんと外側へと追いやられる。
 僕の太ももと理沙の太ももはぴったりとくっついてしまった。
 したくなくてと意識してしまう。女性とこんなに近くにいることなんて母親でもない限りはあり得なかった僕の人生にこの刺激は激しすぎる。しかもその相手が僕の好きな人なんだから、なおさら心臓が持たないと感じ、
「ごめん、狭いよね。僕立ってようかな」と立ち上がろうとすると、今のこの状況は
 僕としてはもっと堪能したい時間だが、相手にそれを悟られて、気持ち悪い人なんていうレッテルを貼られるわけにはいかない。両ひざに手を置き、立ち上がろうとすると、
「だめ、私のそばにいて」と僕の左手の甲に手を乗せてきた。そうか、僕が隣にいないと疑似恋愛の意味がなくなるのか⋯。それなら仕方ない、この際だから好きな人の隣を堪能しようではないか、と腹をくくった。
 いちいち心を揺さぶる事を言われ、僕の心臓はもう持たないぞと思いながら
スマホに目をやる。時刻はお昼を少し過ぎた頃だった。
 この後はどこでお昼を食べようか考えなければ、彼女は魚が食べたいっていってたな、でもあれはボケだったのかな?
 なんて考えていると、スピーカーから元気のいい女性の声が聞こえてくる。
イルカショーの始まりを告げた。
 ステージ中央に女性の飼育員が腰元から餌をとりだしそれをリズミカルにイルカの口に投げ入れながら、この子名前は〜とイルカの紹介を始める。
 紹介されたイルカは手を振ってサービスをしたり、プール上空に設置されたボール目掛けて空高くジャンプしたり、あえて言うことを聞かずにただ泳ぐなんていうパフォーマンスを見せてくれる。最後に登場したのはイルカとは比べものにならないくらいのシャチだ。
 イルカほどではないが、その巨体を空中に浮かせ、大きな水しぶきを立たせる。
ふと理沙をみてみると、目をキラキラさせながら高いジャンプを繰り出すイルカを見つめる。
 たまにスマホを手に持ちピント合わしていた。
 プラン自体は理沙の提案だったが、ここまで喜んでくれると僕まで嬉しくなってくる。
 およそ15分程度のショーが終わり、イルカたちがこちらにヒレを振り奥へと消えていった。
 そこまで見届けると、理沙は立ち上がり僕の手を引っ張り順路へと進んでいく。
「めっちゃすごいね!イルカカワイイ、シャチオオキイ」と何故かカタコトで話しだした。
 理沙がパフォーマンス中に撮っていたスマホの写真を見返しながら、あっ、と声を出し
「お腹空かない?私もうぺこぺこだよ〜」
「うん。僕も空いてるよ。なにか食べたいものある?」
「もちろん魚でしょう。」ニタニタしながらこちらを覗き込む。
 イルカショーのプールがある場所と本館をつなぐ渡り廊下は吹き抜けになっており、そこから見える景色は一面の海。砂浜にはたくさんの人が海を楽しんでいた。
ふと海のほうを見ると、たくさんのサーファーが波と戯れていた。
「海好き?」理沙が僕の隣で海を見つめながらぼそっと質問してきた。
「僕、海行ったことないんだよね」
「一回も?幼稚園とか小学校とかでも?」
「幼稚園では一回行く機会があったかな。僕はなんかの理由でお休みしたんだよ」
「そーなんだ。今日行く?」
「んー。せっかくならまた今度⋯」
 一緒に行かない?こんな簡単な言葉が出てこなかった。僕はヘタレだな。
「私といきたいのー?」
「まあ、せっかくなら⋯ね」
「エッチ〜」
 したをペロッと出しながら僕の脇腹をツンツン突っついてくる。
「そんなつもりじゃないよ」
 流石に僕の思考も、彼女の水着姿がみたいなんていうところまで追いついていない。
ただ、好きな君と初めての場所に行きたいだけだよ。でも、そんなことは恥ずかしくて口にすることはできなかった。
「まあ、考えとえてあげるよ」ニコニコしながら、僕の手を引っ張り、人の流れに合流した。
 その後お土産コーナーで理沙は家族へのお土産と自分にはイルカのキーホルダーとカワイイペンギンが印刷されている便箋セットを買っていた。
 手紙とか書くんだ。とか思いながら、僕も買い物を済ませた。
 二人で駅の方まで歩き、近くの定食チェーン店に入店した。