不器用な彼女

「ごめんなさい⋯」
 雨こそ降っていないものの、どんよりとした空気の中、
彼女に衝撃的な言葉を吐かれても尚、現実か夢か判断ができなかった。
 僕は振られた⋯。高校生になり人生で始めてたできた彼女に。
「本当にごめんなさい。それじゃ⋯」
 理沙がベンチから立ち上がり、小走りで去っていく音が聞こえる。
 顔は上げられない、だって涙が止まらないから。
 差し出し続けていた右手を下におろし、そのまま目を覆った。
 涙の止め方がまるでわからない。まるで僕の気持ちを察したかのように
雨がポツポツと降ってきた。何も考えられない頭をじわじわと冷やしてくれる。
 そのうち雨は本降りとなった。傘は持ってきているが、さす気力はなかった。
 彼女は大丈夫だろうか?彼女⋯もう友達か⋯。
 乗ってきたマウンテンバイクに跨がり、家へとペダルを漕ぎ始める。
 相変わらず、目からは大粒の涙が流れ出ているが、今となっては雨なのか
涙なのか自分でもわからなかった。夏の最後のゲリラ豪雨は僕にとっては
トラウマとなってしまった。
 気づいたら家のベットにいた。
 自分があの後どうやって帰ってきたかもわからない。
 無意識に自転車を漕ぎ続けたから、ぼーっとしてても案外道は体が覚えているもんなんだなと
 自分の帰巣本能に驚いたが、そんなことすらどうでもよくなるくらい僕は落ち込んだ。
 ただひたすらに彼女のセリフを脳内で繰り返し繰り返し再生していた。




 僕の毎朝はけたたましい目覚まし時計により騒々しく起こされる。
 今日も決まった時間に爆音を奏でる目覚まし時計は朝の七時を指している。
 元々朝は強くも弱くもない僕は、ベットから起き上がりそのまま一階へと降りていく。
 居間では父が朝のコーヒーをたしなみながらテレビでニュースをみていた。
 母はいそいそと僕の弁当を作ってくれている。我が家は朝ごはんは自分で用意するという、独自のルールがある為僕は毎朝ご飯を食べずに学校へと行く。
 父と母に一応おはようと声をかけ、いそいそと洗面所へと向かい、
冷めきってない眠気を冷水で一気に消し飛ばす。
 テレビからは、政治家がまた問題発言をしたようで、謝罪会見の様子が
ニュースで流れていた。知らないおじさんが知らないことで謝っている。
 こんな事をわざわざニュースで取り扱うのかと父がため息混じりに呟いていた。
母親はそんな父には一切見向きもせず、洗い物に集中していた。
 洗い物をしている時の母親は少し怖い。ガラスでできてようとプラスチックで
できていようが、お構い無しでガチャガチャと音を立てて洗い物をする。
前に怒っているのか聞いたことがあったが、イライラしながら怒ってないと
言われたのをよく覚えている。
 両親ともに仲は悪くないが、朝の時間だけは二人とも自分の世界に入り込むので
とにかく居心地が悪い。
 いそいそと階段を駆け上がり、二階の自分の部屋に戻り、着替えを始める。
高校二年生になって間もなく、外気はまだ少し肌寒さが残る。
 しかしながら毎年この時期には近くの公園には桜が咲き乱れる。
ついでに花粉もけたたましく吹き荒れているようだ。幸い花粉症ではない僕は
そのつらさを知らずに今まで生きてくることができた。
 僕、渡辺裕太の通う高校までは自転車で一時間はかかる。
電車とバスを用いても同じ一時間なのである。
 日本の公共交通機関はほぼほぼ時間通りに動いている。逆にいえば一分でも遅れれば乗り遅れてしまい、次の便を待たなければならなくなる。
 時間に縛られるのはあまりすきではないし、通学時間は変わらないので、僕は
自転車通学を選択している。自転車であれば少し遅れても、自分の脚力で
いくらでもカバーができるから。
 着替えが終わり、一階におりると、相変わらず父親はニュースに釘付けだ。画面には星座占いのランキングがのっていた。
 当たった試しがないだろうに⋯と思いながら母親の元へと行く。弁当をうけとるためだ。
 筆箱ぐらいしか入っていないカバンを床に置き広げる。
 教科書やノートの類はすべて学校のロッカーに留守番をさせている。
 家では自習することなどない僕は教科書やノートを持ち帰るメリットを感じていなかった。
 母から作りたての弁当を受け取りかばんに押し込む。
「ありがとう、行ってくる」
 いざ出発しようとした矢先、母が玄関まで見送りに来た。
「今日はバイトあるの?」
「ないよ」
「夕飯はいるの?」
「いるよ」
 味気のない会話を済ませると、いそいそとキッチンへ戻っていった。
 元々仲が悪い訳では無いが、僕は父とも母ともあまり話さなかった。
 父は寡黙で怖いし、母はおしゃべり好きで話し始めると止まらなくなる。
 朝から母のおしゃべりに付き合うと、遅刻の恐怖と闘いながら自転車を漕ぐ羽目になる。
 朝はなるべく余裕を持って行動したい。
 玄関を開けると心地のよい風が全身を包む。
 暑くもなく寒くもない気温、
一年中にこうあってほしいものだと心のなかでつぶやきながら自転車を漕ぎ始める。