線香花火みたいな恋だった。

休みの日の昼過ぎ、特に何をするわけでもなく部屋でぼんやりしていたとき、スマホが震えた。
画面を見ると、陽菜からのメッセージ。

『暇?』
短い一言。
少しだけ考えてから、適当に返す。
『まあ』

送ってから数秒も経たないうちに、既読がついた。
『映画行かない?』
また短い。

いつも通りといえばいつも通りの誘い方で、理由も特に書かれていない。
少しだけ画面を見つめてから、指を動かす。
『いいけど』
端的に返す。

そしてすぐに返信が来る。
『決まりね。駅前集合で』
それだけで話は終わった。
家が隣であるのに、いつも集合場所は駅だった。


待ち合わせの時間より少し早く駅前に着く。
休日のせいか、人はそれなりに多くて、
改札の前も、広場も、どこか落ち着かない空気が流れていた。

何をするでもなく、周りを見ながら時間を潰す。
スマホを取り出して、また時間を確認する。
まだ少し早い。

早く来すぎたか。
そんなことを思ったとき。
「おまたせ」
聞き慣れた声がした。
顔を上げる。

そこには、いつも通りの陽菜が立っていた。
私服姿なのに、特に違和感はないはずなのに、
学校で見るのとは少しだけ違って見える。

「私遅刻してないよね?」
「うん、時間前」
「悠真はいつも早いね」
「遅刻はしたくないからな」

軽いやり取り。
それだけで、いつもの空気に戻る。


映画館は駅から少し歩いた場所にある。
ガラス張りの入口から中に入ると、ひんやりとした空気が肌に触れた。
外の暑さとは別世界みたいで、少しだけ落ち着く。

ロビーには人が多くて、ざわざわとした声が響いている。
ポップコーンの甘い匂いと、ドリンクの氷の音。

「何見る?」
掲示されているポスターを眺めながら聞く。
「んー……これでよくない?」

陽菜が適当に指差したのは、よく知らないタイトルの映画だった。
「内容分かってる?」
「全然」
「いいのかよ」
「いいでしょ別に。どうせ暇だったんだし」

あっさりと言い切る。
「まあ、いいけど」
結局、それに決まる。


チケットを買って、開場まで少し時間を潰す。
陽菜は売店の前で立ち止まる。

「ポップコーンどうする?」
「どっちでも」
「じゃあ買う」
「結局な」
「映画って感じするじゃん」

そんな理由で、ポップコーンとドリンクを買う。
受け取った紙袋を片手に、スクリーンへ向かう。


中は思っていたより暗くて、少しだけひんやりしていた。
席を探して並んで座る。
スクリーンをぼんやり眺めながら、始まるのを待つ時間。

周りのざわめきが、少しずつ静かになっていく。
やがて、照明が落ち、画面が光り出す。

映画が始まってしばらくしてから、ふと隣を見る。
陽菜は、まっすぐ前を見ていた。

さっきまで普通に話していたのに、
今は何も言わずに、ただ画面に集中している。

スクリーンの光が、横顔に当たる。
明るくなって、また暗くなる。

その繰り返しの中で、表情が少しずつ変わる。
笑ったり、少し真剣になったり。

こんな顔、するんだな。

今まで何度も見てきたはずなのに、
初めて見るみたいに感じた。
なんとなく、見ているのがばれそうで、すぐに視線を戻す。


途中、ポップコーンに手を伸ばしたとき、
タイミングが重なって、指が少し触れた。

一瞬だけ止まる。
「……あ、ごめん」
「いや、別に」

すぐに手を引く。

それだけのことなのに、妙に意識してしまって、
そのあとしばらくポップコーンに手を伸ばせなかった。


映画は気が付いたら終わっていた。
最後のエンドロールをゆっくり眺める。
そして照明がゆっくりと戻ってくる。

周りの人たちが立ち上がり始める中で、
少し遅れて席を立つ。
外に出ると、さっきよりも少し日が傾いていた。

「どうだった?」
歩きながら聞く。

「んー……普通?」
「微妙だな」
「そっちは?」
「まあまあ」
「同じじゃん」

結局、似たような感想になる。
内容の細かいところはあまり覚えていないのに、
一緒にいた時間だけは、なぜかはっきり残っている。

帰り道、特に寄り道もせずに駅の方へ歩く。
人の流れの中に混ざりながら、いつもと変わらない距離で並ぶ。

「今度はちゃんと面白いやつ選ぼうよ」
「今日のは誰のせいだよ」
「悠真も賛成したでしょ」
「否定はしてない」
「同罪ね」

そんなやり取りをしながら、笑う。
いつもと何も変わらない風景。

行きは別々で行ったが帰りは一緒。
今までなら隣に並んで歩くのに何も感じなかったのに、
なぜか少しだけいつもと違う気がした。

「じゃあ、またね」
「ん、また」

言葉を軽くかわして、別れる。
一人になり、ふと思う。
映画の内容よりも、さっきまで隣にいた時間の方が、ずっと印象に残っていることに。

理由はよく分からなかった。
ただ、なんとなく。
それが、少しだけ心に引っかかっていた。