線香花火みたいな恋だった。

あいつとは、気づけばいつも隣にいた。
きっかけなんて、正直覚えていない。
親同士が仲良かったわけでもないし、劇的な出会いがあったわけでもない。

ただ、小さい頃から家が隣で、同じ時間に外に出て、同じ方向に歩いていくうちに、それが当たり前になっていっただけだ。
朝、家のドアを開けると、だいたい同じタイミングで隣のドアも開く。

「おはよ」
気の抜けた声でそう言うと、陽菜(ひな)は眠そうな顔のまま軽く手を挙げる。

「おはよ。今日ちょっと遅いね」
「いや、いつも通りだって」
「私が早いの」

そう言って、少しだけ得意げに前を歩く。
その背中を見ながら、結局は同じ歩幅に合わせて隣に並ぶ。

通学路は特別長いわけでもないのに、なぜか一人で歩くよりずっと短く感じた。
話す内容なんて、ほとんど覚えていないくらいどうでもいいことばかりなのに、それでも会話が途切れることはあまりなかった。

昨日見たテレビの話だとか、クラスの誰が先生に怒られていたとか、そういう本当にどうでもいい話を、途切れ途切れに続ける。
その間に沈黙があっても、気まずさはなかった。

学校に着いて、靴を履き替えるときも、なんとなく近くにいる。
教室に入って、それぞれの席に着いて、授業が始まれば別々の時間を過ごすはずなのに、休み時間になれば自然と顔を合わせる。

「さっきの問題わかった?」
後ろから声をかけられて振り向くと、陽菜がプリントを持って立っている。

「どれ」
「これ。最後のやつ」

覗き込むと、確かに少しだけ面倒そうな問題が目に入る。

「いや、これまだやってない」
「え、やってよ」
「なんでだよ」
「どうせ暇でしょ」

そう言いながら、当たり前のように隣の席に座る。
その距離の近さに、特に意味なんてなかったはずなのに、なぜかほんの少しだけ意識してしまう瞬間が、たまにあった。

でも、それを深く考えることはなかった。
考える必要もなかった。
だってただの幼馴染なんだから。


昼休みになると、だいたい一緒に購買へ向かう。
廊下は人で混み合っていて、肩がぶつかることも多い。
そのたびに陽菜が「ちょっと、押さないでよ」とか文句を言いながらも、結局は同じ列に並ぶ。

「今日は何にする?」
「んー、カレーパン」
「また?」
「いいじゃん、好きなんだから」
「飽きないの?」
「飽きない」

そう言い切るところが、なんとなく陽菜らしいと思う。
買ったパンを持って、教室の後ろに移動する。
窓際の少しだけ風が入る場所で、二人並んで食べるのがいつの間にか習慣になっていた。
外では運動部が練習をしていて、ボールを蹴る音や、誰かの掛け声が聞こえてくる。

「暑いね」
「まだ六月だぞ」
「もう夏みたいじゃん」

そう言って、陽菜は髪を少しだけかき上げる。
その仕草を、なんとなく目で追ってしまっている自分に気づいて、すぐに視線を逸らす。

「なに」
「いや別に」
「絶対なんか思ったでしょ」
「思ってないって」

そんなやり取りをしているうちに、昼休みはあっという間に終わる。


放課後になると、特に約束をしていなくても、気付けば一緒に帰っていた。
「帰る?」
「うん」

それだけで通じるのが、少しだけ楽だった。
夕方の道は、朝よりも少しだけ静かで、どこか落ち着いた空気が流れている。
西日が差して、建物の影が長く伸びる中を、並んで歩く。
コンビニの前を通ると、ほぼ確実にどちらかが足を止める。

「寄る?」
「寄るでしょ」

それもまた、決まった流れみたいなものだった。
アイスのケースの前で、どれにするか少しだけ悩む時間も、なんとなく楽しい。

「それ昨日も食べてなかった?」
「いいじゃん、好きなんだから」

昼休みと同じことを言っているのに、特に気にする様子もない。
店を出て、少し離れた場所でアイスを食べる。夏に近づくにつれて、溶けるのが早くなっていくのが分かる。

「早く食べないとやばい」
「子どもかよ」

そう言いながらも、俺も少し急いで食べる。
その時間が、やけに心地よかった。


ある日、帰り道で急に雨が降り出した。
最初はぽつぽつと小さな音だったのに、気づけばしっかりとした雨になっていて、逃げるように近くの屋根の下に入る。

「最悪、傘持ってきてない」
陽菜がそう言って、空を見上げる。
「俺も」
「じゃあどうするの」
「走るしかないだろ」
「えー」

不満そうな声を出しながらも、どこか楽しそうに笑っている。
タイミングを合わせて走り出すと、すぐに服が少しずつ濡れていく。
水たまりを避けながら、それでも何度か足を突っ込んでしまって、そのたびに笑う。
息を切らして家の前までたどり着いたとき、二人とも少しだけびしょ濡れだった。

「はあ……最悪」
そう言いながら笑っている顔を見て、なんとなく思う。
こういう時間が、ずっと続けばいいのに、と。

昨日の雨は嘘かのように、空は晴れ渡っていた。
朝、家を出たとき、隣のドアは閉まったままだった。
いつもなら、ほとんど同じタイミングで開くはずなのに。

寝坊か。

最初は、軽くそう思っただけだった。
特に気にすることもなく、そのまま一人で歩き出す。
いつも二人で歩いている道を、一人で進む。

それだけのことなのに、なぜか少しだけ静かに感じた。
足音も、やけに響く気がする。
それくらい普段は陽菜がうるさいってことだな。
そう思うと勝手に口元が緩んだ。


教室に入ると、もうほとんどの席は埋まっていた。
自分の席に座って、なんとなく前を見る。
視界の端にある、見慣れた席。
そこだけが、空いていた。

まだ来てないのか。

そう思ったとき、
「今日、陽菜休みらしいよ」
後ろの席のやつが、何気なく言った。

「……ああ、そうなんだ」
適当に返す。
それだけで会話は終わった。


授業が始まっても、
休み時間になっても、
その席はずっと空いたままだった。

別に、それだけのことのはずなのに、
何度か無意識にそっちを見てしまう。

風邪か。
昨日あれだけ濡れたのだから仕方ないだろう。


放課後。
いつもなら、なんとなく一緒に帰る流れになる時間。
でも今日は、そのまま一人で帰ることになる。

校門を出て、いつもの道に出る。
隣に誰もいないだけで、こんなに違うのかと思う。
コンビニの前を通り過ぎかけて、足が止まる。

……まあ、ついでだし
理由になっているのか分からない理由をつけて、中に入る。
冷蔵ケースの前で、少しだけ考える。

スポーツドリンクと、ゼリー。
あと、なんとなくプリンも手に取る。

食えるか分かんないけど。
カゴを持つほどでもない量を抱えて、レジに向かう。


そのまま家に帰るつもりだったのに、
気づけば足は、隣の家の前で止まっていた。

インターホンを押すかどうか、一瞬だけ迷う。
別に、行かなきゃいけない理由なんてない。
ただ、なんとなく気になっただけだ。

それでも、指はもうボタンに触れていた。
ぴんぽん、と音が鳴る。
少しだけ間があってから、足音が近づいてくる。

ドアが開く。

「……なに」
顔を出した陽菜は、少しだけぼんやりした表情をしていた。
いつもより声も弱い。
「あー……休みって聞いたから」

言いながら、少しだけ後悔する。
理由としては弱すぎる気がした。

「わざわざ?」
「ついで」
手に持っていた袋を、軽く持ち上げる。

「ゼリーとか」
「……ありがと」

少しだけ驚いた顔をしてから、受け取る。

「上がる?」
そう言われて、一瞬だけ迷う。
「いいのか」
「別にいいけど」

あっさりとした返事。
それに甘える形で、靴を脱ぐ。


部屋の中は、いつもより静かだった。
カーテンが少しだけ閉まっていて、
外の光が柔らかく差し込んでいる。

ベッドの上に座る陽菜の隣に、少し距離を空けて腰を下ろす。

「熱あるのか」
「ちょっとだけ。朝よりは下がったけど」
「そりゃ風邪だな」
「自覚はある」

小さく笑う。
でも、その笑い方はいつもより少しだけ弱い。

袋から飲み物を取り出して渡す。

「ほら」
「ありがと」

キャップを開けて、一口飲む。
その仕草を、なんとなく見てしまう。

いつもと違うな……

同じはずなのに、少しだけ違って見える。
それが、妙に気になった。

「学校どうだった?」
「普通」
「雑すぎ」
「説明することないし」
「まあ、そうだけど」

少しだけ間が空く。
その沈黙が、いつもより長く感じる。

「……ごめんね」
ぽつりと、陽菜が言った。
「何が」
「一人で帰らせちゃったなって」

一瞬、言葉の意味を考える。
「別にいいだろ、それくらい」
「でも、なんか変じゃなかった?」

少しだけ笑いながら言う。
「……まあ、ちょっと静かだったかも」
正直に言うと、
「でしょ」
と、小さく笑った。


そのあと、しばらくどうでもいい話をした。
クラスのこととか、先生のこととか。

いつもと同じ内容なのに、
なぜか少しだけ違う時間に感じる。

「ちゃんと寝ろよ」
立ち上がりながら言う。
「はーい」
「水分もちゃんと取れ」
「親?」
「違う」

そんなやり取り。
でも、いつもより少しだけ素直に聞いている気がした。


部屋を出て、玄関に向かう。
靴を履きながら、なんとなく振り返る。

「また明日な」
「うん」
短い返事。
でも、その声は少しだけ柔らかかった。


外に出ると、さっきまでいた部屋の空気が、少しだけ残っている気がした。

自分の家はすぐ隣なのに、
なぜか少しだけ遠く感じる。