
その日は、仕事のトラブルで泣きそうになった日だった。重要なデータをうっかり削除してしまった後輩。巻き添えでプロジェクト全体が一時ストップ。直属の上司にキツく叱られた莉央は、責任を感じて必死に立て直そうと動いた。けれど…………。疲労も、プレッシャーも限界に近かった。
ようやく帰路につく頃にはオフィスは静まり返っていた。エントランスで、ふと立ち止まる。
「……もう、無理かも」
足が動かなくて、目の奥がじんと熱くなる。そのとき……。
「……白石? まだ居たのか」
背後から優しい声。振り返ると、そこに慧がいた。スーツのジャケットを腕にかけて、いつもの落ち着いた表情。
「く、黒瀬部長……あの、今日はすみませんでした……っ」
「……謝らなくていい。頑張ってたの、ちゃんと知ってる」
その言葉だけで、涙がこぼれそうになった。慧は一歩、莉央に近づいて、さっと自分のジャケットを肩にかけてくれた。
「誰かの責任を背負って、ひとりで抱え込むのは、優しい人がよくやる間違い……でも、それって優しさじゃない時もあるからさ」
「……っ」
「辛い時は、俺に頼れ。無理して立ってなくていい」
その瞬間。
(あ……やっぱり私、この人が……)
胸の奥が、じんわりとあたたかくなっていく。泣きたかったはずの気持ちが、いつの間にか『この人に甘えたい』って想いに変わっていた。
To be continued

