黒瀬部長は部下を溺愛したい



 ほとんど集中できないまま会議が終了。
 結局あの後も、離れそうで離れない距離が続き。
 時々、わざと触れてくる足。
 会議が終わった瞬間、足はすっと離れた。

(やっっっっと終わった!!)

 心の中は安堵の色でいっぱいになる。
 この後は短い休憩を挟んで、通常業務。
 会議室を出ようとするとき。
 後ろにいた慧が小声で話しかける。

「顔、赤い……」
「誰のせいですか……!」
「俺」

 ふっ、と不敵に微笑んだ慧は矢田に呼ばれて行ってしまった。

(なにあれ、なにあれ、なにあれっ……!)

 ずるいと思っていてもやっぱり惚れた弱みで負けた気分。

(……もう、やられっぱなしは悔しい……)

 ちら、と慧を見る。
 何事もなかった顔で仕事してるその横顔に、ちょっとだけむっとする。

(……ちょっとくらい、仕返ししてもいいよね)

 コピー機で資料を印刷している慧のもとへ、莉央がやってくる。

「黒瀬部長、その資料、私も使いたいので……」
「ん、これ?」

 振り返った瞬間。
 莉央が一歩、近づいた。

(……ん?)

 いつもなら照れて距離を取るはずの莉央が、そのまま離れない。
 むしろ、さらに一歩。

「部長、ここ、ちょっとズレてますよ?」

 そう言いながら、慧の肩越しに手を伸ばす。
 ほぼ抱きつくみたいな体勢。

「……白石さん?」
「なんですか?」

 莉央はあくまで普通を装う。
 だけど距離は完全におかしい。
 莉央の髪が、ふわっと慧の頬に触れる。
 慧は小声で呟く。
 
「……近い」
「そうですか?」
「……わざと?」
「どうでしょう?」

 ちらっと見上げて、少しだけ笑う。
 その表情に、慧の思考が一瞬止まる。

(あー、くそっ……そうきたか)

「……さっきのお返しです」
「……は?」
「会議中、足……当たってましたよね」
「…………」

 そう言って……すっと、慧の耳元に顔を寄せる。

「……ああいうの、ずるいです」

 小さく、囁く。
 その吐息がかかる距離。

「…………っ」

 完全に不意打ちで、慧の動きがぴたりと止まった。

(どっちがずるいんだか……)

To be continued