さよなら、バスタブの夫と子どもたち。

『はい。もしもし。桜田です』

 電話に出たのは、女性だった。
 たぶん桜田くんのお母さんだろう。  
 途端にパニックになった。
 なぜ桜田くん本人が出ると思っていたのか。
 そう思い込んでいた自分を恨んだ。
 だけど、いまさら何も言わずに切るわけにはいかない。
 そんなのはイタズラ電話じゃないか。
 桜田くんのお母さんとだって、いずれ、家族付き合いをするかもしれない。
 わたしは意を決して、口を開く。

「あの、わたしは神崎(かんざき)といいます。その、さ……貴一くんはご在宅でしょうか?」

 そう。電話さえ変わってもらえば、すべてがうまくいく。

『貴一は塾に行っております』

 その声は、金属のように固く、大きな門をぴしゃりと閉じられたようだった。
 
「そうですか。じゃあ、あの、大丈夫です」

 わたしはそれだけいうと電話切った。
 ああ、やってしまった……!
 お母さんが電話に出る可能性のほうが高いのに、なぜ桜田くんが出ると思ったの?
 わたしのバカ!

 桜田くんのお母さん、なんだか怖かったな……。
 しかも桜田くんは塾に行ってる。一年生なのにすごいな。だから優秀なんだ。
 じゃあ、なおさら桜田くんのお母さんはクラスの女の子から電話がかかってきたことをよく思わないよね。
 勉強の邪魔になる、っていわれるかもしれない。

 それに家に電話したこと、桜田くん本人にも伝わるよね……。
 お母さんから異性から電話があったこと、根掘り葉掘り聞かれちゃうかな……。
 そうだったら、すごく嫌だよね。
 あー、電話したのはマズかった……。

 次の日の朝。
 学校へ行くと、机の中に白い封筒が入っていた。
 差出人は桜田くん。

 え、なにこれ、これ、返事?
 そっか、昨夜あのあと、桜田くんのお母さんが電話のこと伝えたよね。
 それで返事を書いてくれたんだ……。
 じゃああまり期待しないほうがいいなあ。
 だけど、わざわざ手紙を返事をくれるってことは良い返事?
 でも、昨日の電話のあとだしなあ。

 その日、桜田くんはよそよそしい気がした。
 いつもわたしたちは会話をしない。
 用事がないなら、話をしないし、わたしだって男子に気軽に声をかけるタイプじゃないから。
 でも、わりとあっさりラブレターは渡したけども。
 いつも通り話はしないにしても、なんだか桜田くんが私を避けている気がする。
 いくら桜田くんの姿を追っても彼は一度もこちらを見なかった。