さよなら、バスタブの夫と子どもたち。

「ねーねー。サッカー部の田中先輩、かっこいいよね」
「テニス部のミッチー先輩も素敵だよ」

 クラスの女子たちがそんなこといい合っている。

 本当は早く帰りたい。
 だって土曜日だよ? せっかく半日授業なのに!
 早く帰って、お笑いの番組観て、おやつ食べながらだらだらしたい。
 だけど、給食をいっしょに食べているグループの子だから、いい出せない。
 今日は別のクラスの幼なじみの美香(みか)ちゃんは、ピアノ教室で早く帰ってしまった。
 だからなおさら、早く帰るといい出せない、まあいいやと思ってしまう。
 こんな自分が嫌になる。

「真知子ちゃんは、どっちがカッコいいと思う?」

 女子二人に聞かれ、わたしは困ってしまう。
 まったく話を聞いてなかった……。

「ええっと、そうだな」

 わたしはそういって、なんとか会話を思い出そうとする。
 すると、一人の女子がいう。

「あ! もしかしてどっちもカッコいいと思ってるんでしょ?」
「あー、バレちゃったかあ」

 わたしはそういって笑う。
 女子たちは「なにそれー。でもわかる」といい合う。
 なんかよくわからないけど、助かった。

 ようやく解放され、学校の門を出たときにはどっと疲れていた。
 中学になってから、周囲はこんな話ばかりだ。
 恋愛の話が嫌いなわけじゃない。
 あの先輩がいいといったと思えば、クラスのなんとかくんがカッコいいと言いだしたりして、ついていけないんだよね。
 そんなもんなのかなあ。
 わたしがおかしいのかな。

 それにしても一人の下校ほどつまらないものはない。
 登下校の道で面白いものといえば、学校の近くの大きな桜の木だけ。
 でもこの満開の桜も、一人で見るとなんだか寂しい。
 それ以外は、古い家ばかりの住宅街と畑が延々と続くだけ。
 あとは、いったん閉まると十分は開かない踏切がある。
 そんな面白みのない下校だ。

 とぼとぼと歩いていると、前から自転車が通る。
 わたしが顔を上げた瞬間。
 自転車の男子がぺこりとお辞儀をした。
 わたしもつられてお辞儀をする。
 自転車はすーっとわたしの横を通り過ぎた。
 知り合いだっけ?
 そう思って顔を思い出す。
 ああ、そうだ!
 クラス委員長の桜田貴一(さくらだきいち)くん。
 顔を思い出した瞬間、わたしの中に小さな感動が広がる。
 クラスメイトにすぐに気づいて、会釈ができるなんて……。
 なんて大人なんだろう!

 男子なんてものは、ガキだ。
 給食のプリンを取り合うか、ドッジボールで足の遅い人に強くボールを当てることが趣味なのだ。
 あと、気の弱い女子をからかってきたり嫌がらせをしたりする(気弱な女子はわたしだけど)
 わたしは少なくとも、そんな野蛮な男子しか知らなかった。
 だから、小学生の頃は恋愛にもっぱら興味がなかったのだ。
 身近な男子たちがあんな感じだと恋愛感情どころか友達にすらなりたくない。
 中学は、うち(南小)と北小の二校がいっしょになる。
 北小とはまったく交流はないが、きっと男子は南小と同じもんだろう。
 だからきっと関わることはない。
 そう思っていたのに、あんなに礼儀正しい男子がいることに感動して、嬉しかった。
 北小の男子はまともなのかな。
 というか、さすがクラス委員長だ。
 わたしは、なんだか軽やかな足取りになって家に帰った。

 月曜日。
 わたしは学校へ行くと桜田くんをこっそり観察する。
 ごく普通の男子だ。顔も身長も体型も雰囲気も目立つ人ではない。
 でも、この間のテストで全部満点だったんだよね。だから覚えてる。
 桜田くんは小学校の頃から頭がいい。
 クラスメイトがそういっていた。
 しかも、桜田くんの顔はわたし好みのしょうゆ顔かもしれない……って!
 何考えてるの! 先週の土曜日に会釈されただけで……。
 でも、やっぱり自然とわたしの目は桜田くんを追ってしまう。

 いつも授業中は心ここにあらずなわたしだが、今日はよりぼんやりしていた。
 数学の授業中に、先生にさされて答える桜田くん。
 すでについていけないどころか、小学校の分数で挫折したわたしからすると、このわけのわからない公式をスラスラ解く桜田くんは、かっこよく見えた。
 桜田くんのまわりだけが、さわやかでやさしい風が吹いているみたいだ。