さよなら、バスタブの夫と子どもたち。

 帰り道で、誰も周囲にいないのを確認して、手紙を読んだ。

 だって気になって気になってしかたがなかったから。
 そのことばかりを一日中考えて、今日をどう過ごしたのかさえ覚えていない。

 下校のときにある大きな大きな桜の下。
 周囲に人がいないことを確認する。
 もうだいぶ散っている桜を背に、わたしはそっと手紙を開ける。
 
 手紙ありがとうございました。
 気持ちはうれしいのですが、今はぼくは勉強を頑張りたいです。
 ですから神崎さんの気持ちには答えられません。

 便箋一枚に、そんな内容が丁寧な字で書かれてあった。
 一生懸命に言葉を選んでくれて書いてくれたんだろう。
 桜田くんのやさしさが伝わってくるからこそ、この言葉が信じられなかった。
 ううん、信じたくなかった。

 桜田くんの家にうっかり電話してお母さんが出た。
 でも、彼がわたしのことを好きであれば、きっと良い返事をくれる。
 わざわざ手紙で返事をくれたのだから、両想いに決まってる。
 そう思いたかった。

 でも、本当は予感していたんだ。
 電話のあとにすぐに返事。
 それはわたしが催促をしたから義務的に書かれたもの。
 今日、わたしを避けていたのは、お断りの手紙を机に忍ばされた罪悪感から。
 そう考えると、つじつまが合う。

 だけど、こうして桜田くんの書いた文字で、伝えられると。
 ショックだ。
 薄々わかっていていも、ううん、本当は桜田くんは良い返事をくれるんじゃないかって。
 そんな小さな期待すら砕かれてしまった。

 便箋一枚が、異様に重く感じる。
 桜の花びらが舞う。
 わたしの涙のように。

 お風呂に入って、せめて妄想の中だけで桜田くんと幸せな家庭を想像しよう。
 そう思って妄想する。
 だけど、今日もらったお断りの手紙を思い出す。
 途端に妄想の家族は消えてしまう。
 名前も決めていなかった息子と娘は、春の幻のようだった。