教室に戻ったあとも、僕はしばらく動けなかった。
席に座って、ぼんやりと前を見つめる。
周りでは普通に会話が続いているのに、そこだけ音が遠い。
「雅也?」
名前を呼ばれて、顔を上げる。
聖真だった。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
反射的にそう答える。
本当は、なんでもなくなんてないのに。
「顔、変だぞ」
「それはひどくない?」
「いや、マジで」
少しだけ心配そうな顔をする。
その表情を見て、胸の奥がきしむ。
こいつは何も悪くない。
むしろ、いいやつだってわかってる。
だからこそ、余計に何も言えなくなる。
「……ちょっと疲れてるだけ」
そう言うと、聖真は少しだけ納得したように頷いた。
「そっか。無理すんなよ」
その何気ない一言が、やけに優しくて。
僕は、少しだけ視線を逸らした。
その日の帰り道、僕は一人で歩く。
いつも三人で通る道なのに、今日はやけに広く感じた。
ポケットの中の手紙に、そっと触れる。
出せば終わる。出さなければ、続く。
そんな単純な話じゃないのに、どうしてもそう考えてしまう。
「……どうしたいんだろ、僕は」
答えは出ているはずなのに、認めたくなかった。
聖真には何も言わなかったし、涼花とも特に話さなかった。
ただ、なんとなく、全部が少しずつ遠くなっている気がした。
家に帰って、制服のままベッドに倒れ込む。ポケットから手紙を取り出して、ぼんやりと見つめた。
丁寧に折ったはずなのに、少しだけ端が曲がっている。それが、妙にリアルだった。
「……どうすればよかったんだろ」
誰に聞くでもなく、呟く。
答えなんて、最初からわかっている。
渡せばよかったのかもしれない。
言えばよかったのかもしれない。
でも、それをしたところで、何かが変わったとは思えなかった。涼花の気持ちは、もう別のところに向いている。
それを知ってしまった以上、自分の気持ちを押しつけることが、正しいとは思えなかった。
「……はは」
乾いた笑いがこぼれる。
情けないな、と思った。結局、何もできないまま、全部を手放そうとしている。
でも、それでも。
それでもいいと思ってしまった。
涼花が、あんなふうに笑うなら。
それからの僕は、少しだけ変わった。
涼花の話を、ちゃんと聞くようになった。
そして聖真のことを、少しだけ多く話すようになった。
「聖真ってさ、ああ見えて結構ちゃんとしてるよ」
「へえ、そうなんだ」
「あと、意外と面倒見いいし」
そんなふうに、少しずつ、少しずつ。
自分の気持ちを削りながら、二人の距離を近づけていく。不思議と、嫌だとは思わなかった。
苦しくないわけじゃない。
でも、それ以上に、納得していた。
これはたぶん、僕が選んだことだから。
数週間後。放課後の教室で、聖真が珍しく落ち着かない様子で立っていた。
「どうした?」
声をかけると、少しだけ困ったように笑う。
「いや、ちょっとな」
それ以上は言わなかったけれど、なんとなくわかる。
たぶん、今日だ。
「……行ってこいよ」
そう言うと、聖真は一瞬だけ驚いた顔をして、それから苦笑する。
「バレてる?」
「顔に出てる」
「マジかよ」
軽く頭をかきながら、それでも少しだけ嬉しそうに笑った。
「じゃ、行ってくる」
その背中を、僕は何も言わずに見送った。
席に座って、ぼんやりと前を見つめる。
周りでは普通に会話が続いているのに、そこだけ音が遠い。
「雅也?」
名前を呼ばれて、顔を上げる。
聖真だった。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
反射的にそう答える。
本当は、なんでもなくなんてないのに。
「顔、変だぞ」
「それはひどくない?」
「いや、マジで」
少しだけ心配そうな顔をする。
その表情を見て、胸の奥がきしむ。
こいつは何も悪くない。
むしろ、いいやつだってわかってる。
だからこそ、余計に何も言えなくなる。
「……ちょっと疲れてるだけ」
そう言うと、聖真は少しだけ納得したように頷いた。
「そっか。無理すんなよ」
その何気ない一言が、やけに優しくて。
僕は、少しだけ視線を逸らした。
その日の帰り道、僕は一人で歩く。
いつも三人で通る道なのに、今日はやけに広く感じた。
ポケットの中の手紙に、そっと触れる。
出せば終わる。出さなければ、続く。
そんな単純な話じゃないのに、どうしてもそう考えてしまう。
「……どうしたいんだろ、僕は」
答えは出ているはずなのに、認めたくなかった。
聖真には何も言わなかったし、涼花とも特に話さなかった。
ただ、なんとなく、全部が少しずつ遠くなっている気がした。
家に帰って、制服のままベッドに倒れ込む。ポケットから手紙を取り出して、ぼんやりと見つめた。
丁寧に折ったはずなのに、少しだけ端が曲がっている。それが、妙にリアルだった。
「……どうすればよかったんだろ」
誰に聞くでもなく、呟く。
答えなんて、最初からわかっている。
渡せばよかったのかもしれない。
言えばよかったのかもしれない。
でも、それをしたところで、何かが変わったとは思えなかった。涼花の気持ちは、もう別のところに向いている。
それを知ってしまった以上、自分の気持ちを押しつけることが、正しいとは思えなかった。
「……はは」
乾いた笑いがこぼれる。
情けないな、と思った。結局、何もできないまま、全部を手放そうとしている。
でも、それでも。
それでもいいと思ってしまった。
涼花が、あんなふうに笑うなら。
それからの僕は、少しだけ変わった。
涼花の話を、ちゃんと聞くようになった。
そして聖真のことを、少しだけ多く話すようになった。
「聖真ってさ、ああ見えて結構ちゃんとしてるよ」
「へえ、そうなんだ」
「あと、意外と面倒見いいし」
そんなふうに、少しずつ、少しずつ。
自分の気持ちを削りながら、二人の距離を近づけていく。不思議と、嫌だとは思わなかった。
苦しくないわけじゃない。
でも、それ以上に、納得していた。
これはたぶん、僕が選んだことだから。
数週間後。放課後の教室で、聖真が珍しく落ち着かない様子で立っていた。
「どうした?」
声をかけると、少しだけ困ったように笑う。
「いや、ちょっとな」
それ以上は言わなかったけれど、なんとなくわかる。
たぶん、今日だ。
「……行ってこいよ」
そう言うと、聖真は一瞬だけ驚いた顔をして、それから苦笑する。
「バレてる?」
「顔に出てる」
「マジかよ」
軽く頭をかきながら、それでも少しだけ嬉しそうに笑った。
「じゃ、行ってくる」
その背中を、僕は何も言わずに見送った。



