届かなかった恋。

「あのさ、相談があるんだけどさ」

昼休みのざわついた教室の中で、その一言だけがやけにくっきりと聞こえた。
僕は顔を上げる。
目の前に立っている涼花は、いつもの明るい表情とは少し違っていた。
ほんの少しだけ、真剣で、少しだけ迷っているような顔。

「……いいけど」
できるだけ普通に返したつもりだった。
でも、その声がほんの少しだけ硬くなっているのは、自分でもわかる。

「ここじゃちょっとあれだからさ、外行こ」
そう言って、涼花は廊下の方へと歩き出した。僕は一瞬だけ躊躇ってから、その後ろを追いかける。

ポケットの中で、手紙の存在がやけに重たく感じられた。
まるで「ここにある」と主張しているみたいに、意識すればするほど気になってしまう。

廊下の窓からは、春の日差しが差し込んでいた。
グラウンドでは、昼練をしている部活の声が遠くに聞こえる。
そんな何でもない風景が、やけに現実感を持って迫ってくる。

——逃げられないな。

そんなことを、ぼんやりと思った。
人気の少ない階段の踊り場で、涼花は足を止めた。少しだけ言葉を探すように視線を泳がせて、それから、僕の方を見る。

「変なこと聞くかもだけどさ」
「うん」
「……聖真って、彼女いる?」

一瞬、時間が止まったような気がした。
風の音も、遠くの声も、全部が遠のく。
ただ、その一言だけが、やけに鮮明に残った。

「……いないと思うけど」
少しだけ間を置いて、僕はそう答えた。
本当は、そんなことはどうでもよかった。
問題なのは、その質問の意味だ。

涼花は小さく頷く。
「そっか」
それだけ言って、少しだけ安心したように笑った。
その笑顔を見た瞬間、すべて理解してしまう。

ああ、そういうことなんだなって。
頭ではとっくに気づいていたはずなのに、こうして言葉にされると、どうしようもなく現実になる。

「……好きなの?」
気づけば、そんな言葉が口からこぼれていた。聞きたくなかったのに、完全に無意識に発せられていた。

それは自分でも驚くくらい、静かな声だった。涼花は少しだけ驚いたように目を瞬かせて、それから、照れたように笑う。

「うん、まあ……そういう感じ」
その曖昧な言い方が、逆に本気なんだってことを伝えてくる。

「最初はさ、雅也と仲いいんだなーって思ってただけなんだけど」
ゆっくりと言葉を選びながら、涼花は続ける。
「なんか、一緒にいるとさ、すごい自然で。無理してない感じっていうか」

その言葉の一つ一つが、胸の奥にゆっくり沈んでいく。
「あと、優しいし」
少しだけ笑いながら、そう付け足す。
「……そっか」

それしか言えなかった。
それ以上何かを言ったら、たぶん、何かが壊れる気がした。涼花の言う通りだ。僕には聖真の良さが全て分かっている。
だってもう何年も見てきたから。

ポケットの中で、手紙がくしゃりと音を立てた気がした。
実際には音なんてしていないはずなのに。
それでも確かに、何かが歪んだような感覚があった。

「それでさ」
涼花が、少しだけ遠慮がちに僕を見る。
「どうしたらいいと思う?」

その質問は、あまりにも残酷だった。
僕にとっての「好きな人」の恋を、
僕に相談するなんて。

でも、それでも。

「……いいんじゃない?」
自分でも驚くくらい、あっさりとした声が出た。
「ちゃんと伝えた方がいいよ。告白出来なかった後悔は一生残り続けるよ」

言葉にしながら、胸の奥が少しずつ削れていくのがわかる。自分の背中を押してくれた言葉を、好きな人の恋を応援するために使うなんて。

「そっか……」
涼花は小さく頷いた。

「雅也にしてはかっこいいこと言うじゃん。ありがと」

最後の『ありがと』が、やけに優しかった。だからこそ、僕の心は余計に苦しかった。