届かなかった恋。

その恋は、渡せなかった手紙みたいだった。

春の空気は、まだ少しだけ冷たさを残している。
それでも、校門をくぐる生徒たちの表情はどこか浮き足立っていて、新しい一年が始まるんだという実感を、嫌でも僕に押しつけてくる。
ついこの間、高校に入学したと思えば、もう二年生へと進級している。
本当に時の流れは早いものだ。

昇降口の前には、人だかりができていた。
クラス分けの紙を一目見ようと、みんなが背伸びをしている。

僕もその中に紛れながら、ゆっくりと前に進む。そこまで背が高くない僕にとって、自分の名前を探すのは中々大変だった。
探しているのは、自分の名前——のはずなのに。

視線はどうしても、別の名前を先に追ってしまう。
──涼花(すずか)
心の中でその名前をなぞるだけで、少しだけ呼吸が浅くなる。

ただ去年同じクラスだっただけ。
特別なきっかけがあったわけじゃない。ただ席が近くて、何となく話すようになって、気づけば当たり前みたいに隣で笑っていた。
常に明るくて彼女といると、僕は楽しかった。

その「当たり前」が、僕にとってどれだけ大きな意味を持っていたのか。
それに気づいたのは、たぶんずっと後のことだ。

「あ、あった……」

小さく呟いた瞬間、隣から弾けるような声がした。
「ねえ、また同じクラスじゃん!」
顔を上げると、そこには涼花がいた。

去年と変わらない、少し無邪気な笑顔。
でも、どこか大人っぽくなった気もする。

雅也(まさや)がいるから安心だわー」
軽く肩を叩かれて、僕は一瞬だけ言葉を失った。
そんなふうに、何でもないことみたいに言えるのが、涼花らしい。

「……それ、僕じゃなくてもよくない?」
どうにか平静を装って返すと、涼花は少しだけ考えるように首を傾げてから笑った。

「いや、雅也がいいの」
その一言で、心臓がやけにうるさくなる。
きっと深い意味なんてない。
わかっているのに、期待してしまう自分がいる。涼花はこんなことを平然と言ってしまうからずるい。

——今年こそ

喉の奥で言葉が形になりかけたが、結局飲み込んだ。
「教室行こ」

涼花が先に歩き出す。
僕はその背中を追いかけながら、小さく息を吐いた。
去年と同じ距離。
でも、同じじゃいられないことも、もうわかっていた。


教室の扉を開けた瞬間、聞き慣れた声が飛んできた。

「お、雅也じゃん」
顔を上げると、窓際の席に座っていたのは聖真(せいた)だった。
彼は幼なじみで、僕の親友でもある。
気づけばいつも隣にいるような存在。幼稚園から高校まで全てが一緒だった。

「マジで同じクラスかよ」
「運命だな」
「やめろ気持ち悪い」

そんな軽口を叩きながら、自然と距離が縮まる。
昔から何も変わらない関係。
気を使う必要もなくて、言いたいことを言い合える。

聖真といる時だけは僕は何も隠さずに本心で居れる。
そのやり取りを、後ろから涼花が覗き込む。

「えっと、二人って知り合いなの?」
少し驚いたような声。
「うん、幼なじみ」

僕が答えると、涼花は「へえ」と感心したように頷いた。
そして、そのまま視線を聖真に向ける。

「なんか意外。もっとクールなタイプだと思ってた」
「それ褒めてる?」

聖真が笑いながら返すと、涼花もつられて笑う。
「てか、俺の事知ってるの?」
「たまに見かけてたくらい」
「そっか、俺は聖真。よろしくな」
「私は涼花。よろしくね聖真」

二人は初対面のはずなのに、打ち解けるのがとても早かった。コミュ力が高いってすごいなと僕は改めて思った。
でもその光景を見て、胸の奥がほんの少しだけざわついた。

ほんの一瞬のことだった。
でも、確かに何かが引っかかった。
その時は、まだ気づかないふりができたけれど。