罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

「リリス」

不意に背後からかけられた声は、凍りついた私の世界に温かな、しかし異質な亀裂を入れた。

振り返ると、そこにはカシリア殿下が立っていた。

先ほどまでの虚ろな表情は消え失せ、その瞳には強い意志の光が宿っている。

彼は私とファティーナの間に滑り込むように歩み寄ると、私の肩にそっと手を置いた。

「……少し、顔色が悪いようだが」

その指先から伝わる体温が、ドレス越しに肌へと浸透する。

周囲の貴族たちの視線が、一斉に私たちへと注がれるのが分かった。

好奇心、詮索、そして羨望。

殿下はそれらを無視するのではなく、あえて全身で受け止めるように背筋を伸ばし、私だけを見つめた。

「ファティーナ嬢。申し訳ないが、リリスを借りてもいいだろうか。……彼女は少し、疲れが出ているようだ」

「え……?あ、はい!もちろんですわ!」

ファティーナは目を丸くし、殿下の真剣な眼差しに圧倒されたように頷いた。

「リリス様、お大事になさってくださいね。殿下、どうかリリス様を……」

「ああ。私が責任を持って休ませる」

殿下の声は、会場の隅々まで届くほど明瞭で、力強かった。

それは単なる友人への気遣いを超えた、所有宣言にも似た響きを帯びていた。

周囲の空気が変わる。

さきほどまで囁かれていた「エリナ」という名の亡霊が、殿下の毅然とした態度によって霧散していく。

『やはり、殿下の本命はリリス様なのだ』

『あの噂は、ただの戯言だったのか』

人々の思考が上書きされていく気配を肌で感じながら、私は殿下にエスコートされ、その場を後にした。

皮肉なものだ。

この完璧な「王太子妃候補」としての扱いは、私の傷口を隠すための包帯でありながら、同時に私を窒息させる鎖でもあるのだから。

私は、どう頑張っても、本当の王太子妃にはなれなかったから。

案内されたのは、休憩室だった。

重厚な扉が閉ざされた瞬間、外界の喧騒は完全に遮断され、静寂が満ちた。

豪奢なソファ、柔らかい絨毯、暖炉の中で爆ぜる薪の音。

殿下は私をソファに座らせると、使用人たちをすべて下がらせた。

二人きり。

途端に、張り詰めていた空気が緩むどころか、針のように尖って肌を刺す。

殿下は私の向かいに座ることもなく、私の前で立ち止まり、そして――深く、頭を下げた。

「……すまない、リリス」

絞り出すような声だった。

王族が、臣下の娘に対して頭を下げるなど、あってはならないことだ。

だが、今の彼にとって、身分など何の意味も持たないようだった。

「俺の……軽率な振る舞いが、君をどれほど傷つけたか。……今さら気づいた」

殿下は顔を上げ、痛みに歪んだ瞳で私を見つめた。

「エリナとの噂。……宝飾店でのこと。……全部、俺の責任だ。俺が何も考えずに彼女と接したせいで、君があらぬ疑いをかけられ、侮辱されることになった」

「本当に……申し訳ない」

その言葉の一つ一つが、私の胸に重く沈殿する。

謝罪。

それは私が最も欲していたものであり、同時に最も聞きたくなかった言葉でもあった。