彼女は眉をひそめ、さらに深刻な調子で言葉を継いだ。
「それだけなら、私も単なる悪質なデマだと笑い飛ばしました。でも……」
彼女は一瞬躊躇い、意を決したように告げた。
「昨日、王都の宝飾店で……殿下がエリナのために、直接首飾りを選んだという話まで出ているのです」
「……ッ」
息が止まる。
心臓が、冷たい手で鷲掴みにされ、握り潰されたかのような激痛が走る。
昨日の出来事。
私が逃げ出し、ロキナに特注品を取りに行かせた、あの日。
「しかも、ご一緒していた貴族の少女を放置して、店中の品を見て回った、と……」
「放置された、貴族の少女」。
その言葉が、鋭利な杭となって私の自尊心を貫く。
私だ。
誰がどう見ても、私のことだ。
ファティーナは気づいていない。
その「惨めな少女」が、今目の前で引きつった笑みを浮かべている友人自身であることを。
もし知ったら、彼女はどんな顔をするだろう。
驚愕?同情?それとも幻滅?
『リリス様、あなたがその場にいたのですか?』
『殿下は、あなたを差し置いて、平民の娘に宝石を贈ったのですか?』
そんな問いを突きつけられたら、私はもう二度と立ち上がれない。
何を言えばいい?
「ごめんなさい。殿下は、私よりも姉を選びました」
「私は、ただの引き立て役でした」
そんな敗北宣言、口が裂けても言えない。
あまりにも惨めで、あまりにも救いがない。
思い返す。
あの日のエリナの服装を。
着古した平民のドレス、埃っぽい靴、無造作に束ねた髪。
どう見ても、高貴な身分とは程遠い出で立ちだった。
それなのに、そんな少女が、王国の至宝であるカシリア殿下と親しげに談笑し、あろうことか贈り物まで受け取った。
店員たちにとって、それは天地がひっくり返るような光景だったに違いない。
「王太子殿下が、あの子に夢中だった」
「きっと愛人に違いない」
「同行していた令嬢は、完全な当て馬だ」
そんな下世話な噂話が、水を得た魚のように王都中を駆け巡る様子が、ありありと想像できる。
噂は必ず、人々の欲望と好奇心によって歪められ、何倍にも誇張される。
「殿下がエリナに跪いた」
「口づけを交わした」
「結婚を約束した」。
名前以外、何ひとつ真実が残らなくても、それは「事実」として定着する。
だが、何が真実かなど、もはや誰にも関係ない。
私自身でさえ、それを否定する気力を失っていた。
なぜなら、エリナが「タロシア公爵の娘」として正式に舞台に立った瞬間、これらすべての噂は、彼女を「シンデレラ」へと押し上げるための輝かしい序章へと書き換えられるからだ。
平民として育った不遇の姫君が、王子に見初められ、身分の壁を超えて愛される物語。
私は、その物語を彩るための、意地悪で惨めな異母妹役。
役配分は、すでに決定されている。
私の意思など、どこにも介在する余地はない。
「……そう、なのですね」
長い、永遠にも思える沈黙の果てに、私はかろうじてそれだけの言葉を絞り出した。
声には何の感情も乗っていなかった。
否定も、肯定もしない。
ただの、空虚な音の羅列。
胸の奥で、静かに、けれど決定的に、何かが崩れ落ちる音がした。
それは、私が必死に守り続けてきた「リリス・タロシア」という虚像の土台が砕け散る音だった。
殿下も、父も、友人も、誰も私を見ていない。
皆、それぞれの物語の中で、それぞれの役を演じているだけ。
私だけが、台本のない舞台の上で、仮面を被ったまま立ち尽くしている。
視界が滲む。
涙ではない。
世界が、私を拒絶して歪んでいるのだ。
私は扇子を強く握りしめた。
指の関節が白く浮き出るほどに。
まだだ。
まだ倒れるわけにはいかない。
この仮面が砕け散るその瞬間まで、私は踊り続けなければならないのだから。
「……教えてくださって、ありがとうございます、ファティーナ」
私は、死人のような微笑みで礼を言った。
「それだけなら、私も単なる悪質なデマだと笑い飛ばしました。でも……」
彼女は一瞬躊躇い、意を決したように告げた。
「昨日、王都の宝飾店で……殿下がエリナのために、直接首飾りを選んだという話まで出ているのです」
「……ッ」
息が止まる。
心臓が、冷たい手で鷲掴みにされ、握り潰されたかのような激痛が走る。
昨日の出来事。
私が逃げ出し、ロキナに特注品を取りに行かせた、あの日。
「しかも、ご一緒していた貴族の少女を放置して、店中の品を見て回った、と……」
「放置された、貴族の少女」。
その言葉が、鋭利な杭となって私の自尊心を貫く。
私だ。
誰がどう見ても、私のことだ。
ファティーナは気づいていない。
その「惨めな少女」が、今目の前で引きつった笑みを浮かべている友人自身であることを。
もし知ったら、彼女はどんな顔をするだろう。
驚愕?同情?それとも幻滅?
『リリス様、あなたがその場にいたのですか?』
『殿下は、あなたを差し置いて、平民の娘に宝石を贈ったのですか?』
そんな問いを突きつけられたら、私はもう二度と立ち上がれない。
何を言えばいい?
「ごめんなさい。殿下は、私よりも姉を選びました」
「私は、ただの引き立て役でした」
そんな敗北宣言、口が裂けても言えない。
あまりにも惨めで、あまりにも救いがない。
思い返す。
あの日のエリナの服装を。
着古した平民のドレス、埃っぽい靴、無造作に束ねた髪。
どう見ても、高貴な身分とは程遠い出で立ちだった。
それなのに、そんな少女が、王国の至宝であるカシリア殿下と親しげに談笑し、あろうことか贈り物まで受け取った。
店員たちにとって、それは天地がひっくり返るような光景だったに違いない。
「王太子殿下が、あの子に夢中だった」
「きっと愛人に違いない」
「同行していた令嬢は、完全な当て馬だ」
そんな下世話な噂話が、水を得た魚のように王都中を駆け巡る様子が、ありありと想像できる。
噂は必ず、人々の欲望と好奇心によって歪められ、何倍にも誇張される。
「殿下がエリナに跪いた」
「口づけを交わした」
「結婚を約束した」。
名前以外、何ひとつ真実が残らなくても、それは「事実」として定着する。
だが、何が真実かなど、もはや誰にも関係ない。
私自身でさえ、それを否定する気力を失っていた。
なぜなら、エリナが「タロシア公爵の娘」として正式に舞台に立った瞬間、これらすべての噂は、彼女を「シンデレラ」へと押し上げるための輝かしい序章へと書き換えられるからだ。
平民として育った不遇の姫君が、王子に見初められ、身分の壁を超えて愛される物語。
私は、その物語を彩るための、意地悪で惨めな異母妹役。
役配分は、すでに決定されている。
私の意思など、どこにも介在する余地はない。
「……そう、なのですね」
長い、永遠にも思える沈黙の果てに、私はかろうじてそれだけの言葉を絞り出した。
声には何の感情も乗っていなかった。
否定も、肯定もしない。
ただの、空虚な音の羅列。
胸の奥で、静かに、けれど決定的に、何かが崩れ落ちる音がした。
それは、私が必死に守り続けてきた「リリス・タロシア」という虚像の土台が砕け散る音だった。
殿下も、父も、友人も、誰も私を見ていない。
皆、それぞれの物語の中で、それぞれの役を演じているだけ。
私だけが、台本のない舞台の上で、仮面を被ったまま立ち尽くしている。
視界が滲む。
涙ではない。
世界が、私を拒絶して歪んでいるのだ。
私は扇子を強く握りしめた。
指の関節が白く浮き出るほどに。
まだだ。
まだ倒れるわけにはいかない。
この仮面が砕け散るその瞬間まで、私は踊り続けなければならないのだから。
「……教えてくださって、ありがとうございます、ファティーナ」
私は、死人のような微笑みで礼を言った。
