罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

車輪が石畳を転がり、規則的な振動が背骨に伝わる。

馬車は王都の目抜き通りを避け、裏路地の静けさを縫うように進んでいた。

ファティーナの邸宅までは、まだ馬車で三十分ほどの距離がある。

閉じられた空間。

豪奢なベルベットの座席に向かい合って座るのは、この国の王太子と、公爵家の令嬢。

絵画に描かれるような優雅な構図でありながら、そこに満ちているのは甘美な静寂ではなく、窒息しそうなほどの重苦しい沈黙だった。

殿下は視線を床の一点に落とし、膝の上で組んだ両手を、落ち着きなく何度も組み替えている。

白く長い指先が互いに絡み合い、離れ、また強く握りしめられる。

その動作の一つ一つが、彼の内にある迷いと焦燥を雄弁に物語っていた。

ちらり、と視線が上がる。

私と目が合いそうになると、彼は火傷をしたように慌てて視線を窓の外へと逃がす。

……殿下らしくない。

私の知るカシリア・メニアという青年は、もっと傲慢で、率直で、そして自信に満ちた瞳をしていたはずだ。

少なくとも、前世において私を断罪した時の彼はそうだった。

迷いなく正義を振りかざし、私の罪を暴き立てた、あの冷徹なまでの潔癖さはどこへ行ったのだろう。

そして、私もまた、彼と同じように矛盾した存在だ。

背筋を伸ばし、膝を揃え、扇子を閉じた両手をその上に重ねる。

顔には、練習を重ねて作り上げた、非の打ち所のない微笑みを貼り付けている。

心臓が早鐘を打ち、胃の腑が冷たく縮み上がっているというのに、表面上は優雅な公爵令嬢としてそこに在る。

公務や学術の話題であれば、いくらでも言葉を紡ぐことができる。

天候の話、経済の動向、隣国の情勢。

けれど、この狭い空間に横たわる「私事」という名の怪物に対しては、どんな言葉も無力で、喉の奥に張り付いて出てこない。

沈黙が、砂のように降り積もる。

私は扇子の柄を指先でなぞりながら、思考の淵へと沈んでいく。

結局のところ、私は「空っぽ」なのだ。

リリス・タロシアという人間から、公爵令嬢という肩書きと、王太子妃候補という立場を剥ぎ取れば、そこには何も残らない。

礼儀作法、教養、ダンス、刺繍。

それらはすべて、他者から評価されるための道具であり、私自身を楽しませるものでも、誰かを心から笑顔にするものでもない。

退屈で、堅苦しく、プライドだけが高い、ただの貴族の娘。

脳裏に、あの太陽のような笑顔がよぎる。

エリナ。

彼女なら、この沈黙をどう打破しただろうか。

『ねえ殿下!見て、あの看板面白い!』

『お腹すいたなぁ、早く着かないかな!』

そんな風に、屈託のない声で空気を揺らし、殿下の強張った表情を一瞬で笑顔に変えてしまっただろう。

彼女には、私が一生かけても手に入れられない「何か」がある。

生まれ持った光。

人を惹きつける引力。

正反対だ。

日陰に咲く毒花と、草原を照らす向日葵ほどに。

もし私が彼女であったなら。

今頃、この馬車の中は笑い声で満たされ、殿下と手を取り合っていたのだろうか。

羨望と嫉妬が、ドロドロとした黒い液体となって胸の奥で渦巻く。

認めたくない。

あんな、作法も知らない野蛮な娘に、私が劣っているなどと。

けれど、現実はあまりにも残酷で、そして雄弁だった。

殿下の心は、すでに傾いている。

私の隣に座りながら、その魂は別の場所にある光を求めている。

このままではいけない。

沈黙に殺される前に、何かを言わなければ。

私は息を吸い込み、同時に殿下もまた、意を決したように口を開いた。

「殿下、わたくし……」

「リリス、オレは――」

声が重なり、互いの言葉が空中で衝突して消滅した。

再び訪れる静寂。

気まずさが、以前よりも濃度を増して空間を支配する。

殿下は何を言おうとしたのだろう。

どうせまた、優しすぎる言葉なのだろうか。

「大丈夫か」とか、「無理をするな」とか。

そんな言葉をかけられれば、私はまた勘違いをしてしまう。

私だけを見てくれているのだと、愚かな夢を見てしまう。

だから、もう聞きたくない。

「……リリス。今、何か言いかけていなかったか?」

視線を伏せたまま、殿下が静かに促した。

その声は震えていて、まるで硝子細工に触れるように慎重だった。

私は扇子を握る手に力を込めた。

言うのよ、リリス。

彼を遠ざけるための、決定的な一言を。

私が「幸福」であることを証明し、彼の同情を跳ね除けるための、完璧な嘘を。