「キーンコンカーンコーン」
授業終了の鐘が鳴った。
この授業中、私は完璧な生徒を演じてはいたが、さっきのことで頭がいっぱいで、何も入ってこなかった。
いつもの「リリス」の行動パターンなら、今ごろ私は食堂に向かい、同級生たちと食事やおしゃべりをしているはずだ。
しかし、さっき職員室で起きた選挙辞退の騒動を聞きつけた者もいるだろう。
こんな状況で食堂に行くなど、絶対に良い選択ではない。
だから私は、同級生たちに見つからないよう、そそくさと教室をあとにした。
「リリスさん、一緒に食堂に行こうと……れれ?」
「リリスさん、今日は何か用があるのかな?」
いつもリリスを誘う同級生たちはあちこち探したが、見つけられなかった。
学校はとても広く、食堂のほかに庭園で食事をする人もいる。
庭園で食事をする者たちは教室から近い場所に集まり、食後すぐに戻れるようにしている。
だから教室から遠い場所は、誰にも話しかけられない隠れ場所になる。
バラ園はまさにそのような場所だった。
珍しいバラを育てるこの場所は週末、恋人たちの格好のデートスポットだが、昼休みにここへ来る者はほとんどいない。
私はバラ園へ入り、その中の東屋に腰を下ろした。
そっとスカートのポケットから包みのケーキを取り出し、できるだけ音を立てないようにして食べ始めた。
飲みたい……。
普段は必ず食堂で昼食をとる私にとって、ケーキを昼食にするなどありえないことだった。
飲み物の用意もしていない。
しかも、今いる東屋は教室から最も遠い場所で、水を取りに行くわけにもいかない。
一度食堂へ戻れば、同級生たちの質問攻めから逃れられない。
このケーキは本当ならとても美味しいはずだが、飲み物がないためにうまく飲み込めない。
食べにくい……それでも朝食を抜いているし、お腹はとても空いている。
昨夜は泣き続けて、気力も限界だ。
もし今このケーキを食べなければ、下校時間までもたないだろう。
それに、この昼休みを使って、さっき職員室で起きたことをよく思い出す必要がある。
……生徒会長選挙に向けて努力してきた私が、立候補を辞退しようとしたと聞いた教授たちは、さぞ失望しただろう。
こんなことは「リリス」がすべきことではなかった。
最初からよく考えるべきだった。
会長選に出るかどうかは、死に戻る前の不幸とは関係がない。
ただ私のわがままだっただけだ。
なんとか思考を切り替え、選挙のことに考えを集中させた。
大丈夫、たとえ生徒会長に当選しても、殿下とは距離を置けばいい。
そうすれば殿下のために私が傷つくことはない。
頭の中で何度も自分にそう言い聞かせたが、心の奥の感情は収まらず、涙が頬を伝って落ちた。
誰にも聞かれぬよう、椅子にしがみついて声を殺して泣いた。
前世の牢獄で味わった絶望とは違う。
今度は、自分の消えていく様子を自らの目で見届けなければならない。
自分の手で今まで手にしてきたものすべてを葬らなければならない。
苦しい、つらい、嫌だ。
――――――――
「殿下! たった今、リリス様の件について耳にしたのですが……」とナミスが駆け込んできた。
「その件については既に話しただろう。この件はこれ以上詮索するな。小細工など不要だ」カシリアはやや苛立ちを含んだ声で言った。
「いえ、殿下。評議会の成績が出た直後のことです。リリス様が職員室に入り、立候補の取り下げを願い出ているのを見聞きしました」
「!!!! ナミス!! お前、こそこそ何をした!」とカシリアは怒鳴った。
「そんな馬鹿なことがあるものか。私がリリスのことを知らないとでも思っているのか? 先日あの完璧な演説をした女が、今日突然諦めるだと! 私を欺くつもりか、ナミス! 説明しろ、何をした!」とカシリアは詰め寄る。
「殿下、落ち着いてください」ナミスは一歩下がりつつ冷静に答えた。
「私は何もしていません。本当に私の関与はありません。確かにリリス様は辞退を申し出ましたが、教授方は説得していました。あの演説以降、何があったのかは私もわかりかねますが、私が見たところではリリス様は情緒不安定に陥っているように見えました。殿下にとっては好都合かもしれません」
「リリスに限ってそんなことはあり得ない」カシリアは信じられないという表情で続けた。「あの完璧なリリスが心に問題を抱えるだなんて。もし母君のことが原因なら、演説のときに異変があったはずで、決して今日ではないはずだ」
カシリアは全く信じようとしない。
「まさか父王の意向か?」
「それはありません。陛下のやり方ではない」
ナミスは冷静に否定した。
「わかっている。しかし、絶対にリリスの本意ではないはずだ。あの女は途中で投げ出したりはしない。真相を直接確かめるしかない」
カシリアはそう決めると、すぐに休憩室を出た。
「現在は昼休みです。彼女は食堂にいるかもしれません」ナミスが助言しながら付き添った。
カシリアは颯爽と食堂に入り、部屋の隅々までリリスを探した。
いつもならリリスはここにいるはずだ。
俗な貴族子女に囲まれて社交の中心となっているはずだ。
しかし今日はそうした集団が見当たらない。
普段と違う光景にカシリアは混乱した。
「カシリア殿下、ご一緒してもよろしいですか?」
「カシリア殿下、今回の生徒会長選はずっと殿下を支持しています」
媚びる貴族たちが、少しでも印象を残そうと次々に声をかけてくる。
カシリアは軽蔑の目で彼らを見返した。
彼らの媚びへつらう態度が心底嫌いなのだ。
カシリアにとってリリスは、見た中で最も理想的な貴族の一人だった。
彼女は誰に対しても貴賤を問わず向き合い、王族相手でも卑屈にも傲慢にもならず、常に「完璧な貴族」を体現していた。
だが完璧さが常態化すると、人々にとってはそれが当たり前となり、面白味を失わせてしまう。
カシリアはそれを、優秀すぎてどこか退屈に感じていた。
今日のリリスの異常な行動は、彼にとって甚だ気になる事態だった。
貴族たちに尋ねると、口々に「今日は様子がおかしい」「授業後すぐにいなくなった」といった返事が返ってきた。
誰もが、今日のリリスは普段とは違うと感じているという。
「そういえば、リリスに似た者がバラ園へ行くのを見かけた気がします」その一人がためらいがちに言った。
「バラ園? リリスに似合う場所ではないな」カシリアは冷たく返した。
「申し訳ありません、はっきり本人とは確認していないのですが……」と貴族は慌てて付け加えた。
「わかった」カシリアはそう言うと、食堂を出て西側へ向かった。西側には校舎の外れがあり、バラ園もそこにある。手がかりは薄いが、どんな小さなものでも確かめるべきだ。
カシリアがバラ園へ入ると、ふと白い人影が見えた。
整った制服、優雅な所作、風に舞う髪。
間違いなく、今日突然姿を消したリリスだった。
バラ園は教室から最も遠い場所にある。
リリスがここで何をしているのか理由が見つからない。
強い好奇心に駆られ、カシリアは静かに後をつけ、その様子を窺った。
リリスは東屋に静かに座り、スカートからケーキを取り出し、ゆっくりと食べている。
食堂に行かず、遠く離れたここでただケーキを食べている──その光景は、カシリアにとって異様だった。
すぐに近づくべきか判断できず、遠くから見守るしかなかった。
リリスは頭を伏せており、気づく様子はない。
時間は静かに過ぎ、リリスは同じ姿勢のままだった。
まるで時間が止まった庭園の彫像のようだ。
静寂の中で、リリスの涙が地面に落ちる音だけがかすかに響く。
彼女は自分の体をぎゅっと抱きしめ、声を殺して泣いている。
手の中のケーキは潰れているかのように見えた。
その落ちる雫だけが、東屋に静かに響いていた。
あれは……本当に、リリスなのか?
授業終了の鐘が鳴った。
この授業中、私は完璧な生徒を演じてはいたが、さっきのことで頭がいっぱいで、何も入ってこなかった。
いつもの「リリス」の行動パターンなら、今ごろ私は食堂に向かい、同級生たちと食事やおしゃべりをしているはずだ。
しかし、さっき職員室で起きた選挙辞退の騒動を聞きつけた者もいるだろう。
こんな状況で食堂に行くなど、絶対に良い選択ではない。
だから私は、同級生たちに見つからないよう、そそくさと教室をあとにした。
「リリスさん、一緒に食堂に行こうと……れれ?」
「リリスさん、今日は何か用があるのかな?」
いつもリリスを誘う同級生たちはあちこち探したが、見つけられなかった。
学校はとても広く、食堂のほかに庭園で食事をする人もいる。
庭園で食事をする者たちは教室から近い場所に集まり、食後すぐに戻れるようにしている。
だから教室から遠い場所は、誰にも話しかけられない隠れ場所になる。
バラ園はまさにそのような場所だった。
珍しいバラを育てるこの場所は週末、恋人たちの格好のデートスポットだが、昼休みにここへ来る者はほとんどいない。
私はバラ園へ入り、その中の東屋に腰を下ろした。
そっとスカートのポケットから包みのケーキを取り出し、できるだけ音を立てないようにして食べ始めた。
飲みたい……。
普段は必ず食堂で昼食をとる私にとって、ケーキを昼食にするなどありえないことだった。
飲み物の用意もしていない。
しかも、今いる東屋は教室から最も遠い場所で、水を取りに行くわけにもいかない。
一度食堂へ戻れば、同級生たちの質問攻めから逃れられない。
このケーキは本当ならとても美味しいはずだが、飲み物がないためにうまく飲み込めない。
食べにくい……それでも朝食を抜いているし、お腹はとても空いている。
昨夜は泣き続けて、気力も限界だ。
もし今このケーキを食べなければ、下校時間までもたないだろう。
それに、この昼休みを使って、さっき職員室で起きたことをよく思い出す必要がある。
……生徒会長選挙に向けて努力してきた私が、立候補を辞退しようとしたと聞いた教授たちは、さぞ失望しただろう。
こんなことは「リリス」がすべきことではなかった。
最初からよく考えるべきだった。
会長選に出るかどうかは、死に戻る前の不幸とは関係がない。
ただ私のわがままだっただけだ。
なんとか思考を切り替え、選挙のことに考えを集中させた。
大丈夫、たとえ生徒会長に当選しても、殿下とは距離を置けばいい。
そうすれば殿下のために私が傷つくことはない。
頭の中で何度も自分にそう言い聞かせたが、心の奥の感情は収まらず、涙が頬を伝って落ちた。
誰にも聞かれぬよう、椅子にしがみついて声を殺して泣いた。
前世の牢獄で味わった絶望とは違う。
今度は、自分の消えていく様子を自らの目で見届けなければならない。
自分の手で今まで手にしてきたものすべてを葬らなければならない。
苦しい、つらい、嫌だ。
――――――――
「殿下! たった今、リリス様の件について耳にしたのですが……」とナミスが駆け込んできた。
「その件については既に話しただろう。この件はこれ以上詮索するな。小細工など不要だ」カシリアはやや苛立ちを含んだ声で言った。
「いえ、殿下。評議会の成績が出た直後のことです。リリス様が職員室に入り、立候補の取り下げを願い出ているのを見聞きしました」
「!!!! ナミス!! お前、こそこそ何をした!」とカシリアは怒鳴った。
「そんな馬鹿なことがあるものか。私がリリスのことを知らないとでも思っているのか? 先日あの完璧な演説をした女が、今日突然諦めるだと! 私を欺くつもりか、ナミス! 説明しろ、何をした!」とカシリアは詰め寄る。
「殿下、落ち着いてください」ナミスは一歩下がりつつ冷静に答えた。
「私は何もしていません。本当に私の関与はありません。確かにリリス様は辞退を申し出ましたが、教授方は説得していました。あの演説以降、何があったのかは私もわかりかねますが、私が見たところではリリス様は情緒不安定に陥っているように見えました。殿下にとっては好都合かもしれません」
「リリスに限ってそんなことはあり得ない」カシリアは信じられないという表情で続けた。「あの完璧なリリスが心に問題を抱えるだなんて。もし母君のことが原因なら、演説のときに異変があったはずで、決して今日ではないはずだ」
カシリアは全く信じようとしない。
「まさか父王の意向か?」
「それはありません。陛下のやり方ではない」
ナミスは冷静に否定した。
「わかっている。しかし、絶対にリリスの本意ではないはずだ。あの女は途中で投げ出したりはしない。真相を直接確かめるしかない」
カシリアはそう決めると、すぐに休憩室を出た。
「現在は昼休みです。彼女は食堂にいるかもしれません」ナミスが助言しながら付き添った。
カシリアは颯爽と食堂に入り、部屋の隅々までリリスを探した。
いつもならリリスはここにいるはずだ。
俗な貴族子女に囲まれて社交の中心となっているはずだ。
しかし今日はそうした集団が見当たらない。
普段と違う光景にカシリアは混乱した。
「カシリア殿下、ご一緒してもよろしいですか?」
「カシリア殿下、今回の生徒会長選はずっと殿下を支持しています」
媚びる貴族たちが、少しでも印象を残そうと次々に声をかけてくる。
カシリアは軽蔑の目で彼らを見返した。
彼らの媚びへつらう態度が心底嫌いなのだ。
カシリアにとってリリスは、見た中で最も理想的な貴族の一人だった。
彼女は誰に対しても貴賤を問わず向き合い、王族相手でも卑屈にも傲慢にもならず、常に「完璧な貴族」を体現していた。
だが完璧さが常態化すると、人々にとってはそれが当たり前となり、面白味を失わせてしまう。
カシリアはそれを、優秀すぎてどこか退屈に感じていた。
今日のリリスの異常な行動は、彼にとって甚だ気になる事態だった。
貴族たちに尋ねると、口々に「今日は様子がおかしい」「授業後すぐにいなくなった」といった返事が返ってきた。
誰もが、今日のリリスは普段とは違うと感じているという。
「そういえば、リリスに似た者がバラ園へ行くのを見かけた気がします」その一人がためらいがちに言った。
「バラ園? リリスに似合う場所ではないな」カシリアは冷たく返した。
「申し訳ありません、はっきり本人とは確認していないのですが……」と貴族は慌てて付け加えた。
「わかった」カシリアはそう言うと、食堂を出て西側へ向かった。西側には校舎の外れがあり、バラ園もそこにある。手がかりは薄いが、どんな小さなものでも確かめるべきだ。
カシリアがバラ園へ入ると、ふと白い人影が見えた。
整った制服、優雅な所作、風に舞う髪。
間違いなく、今日突然姿を消したリリスだった。
バラ園は教室から最も遠い場所にある。
リリスがここで何をしているのか理由が見つからない。
強い好奇心に駆られ、カシリアは静かに後をつけ、その様子を窺った。
リリスは東屋に静かに座り、スカートからケーキを取り出し、ゆっくりと食べている。
食堂に行かず、遠く離れたここでただケーキを食べている──その光景は、カシリアにとって異様だった。
すぐに近づくべきか判断できず、遠くから見守るしかなかった。
リリスは頭を伏せており、気づく様子はない。
時間は静かに過ぎ、リリスは同じ姿勢のままだった。
まるで時間が止まった庭園の彫像のようだ。
静寂の中で、リリスの涙が地面に落ちる音だけがかすかに響く。
彼女は自分の体をぎゅっと抱きしめ、声を殺して泣いている。
手の中のケーキは潰れているかのように見えた。
その落ちる雫だけが、東屋に静かに響いていた。
あれは……本当に、リリスなのか?
