罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

カシリアは眉間の皺を指先で揉みほぐしながら、騒ぎの中心へと歩み寄った。

店先で仁王立ちになり、店員たちを威圧しているのは、小柄な人影だった。

少し煤けた灰色のジャケットに、サイズが合っていないダボついたズボン。

腰には何も帯びていないが、その立ち姿は重心が低く、いつでも抜刀できるような隙のなさを漂わせている。

一見すれば、田舎から出てきたばかりの新米護衛か、あるいは下級騎士の見習いといった風情だ。

だが、その横顔には見覚えがありすぎた。

不満げに尖らせた唇、理不尽に対して一歩も引かない勝気な瞳。

間違いない。

昨夜の祝宴で、サファイア色のドレスを纏い、無作法に肉を頬張りながら「近いうちに貴族になる」と豪語していた、あの少女だ。

長く美しい黄金の髪は実用的な紐できつく束ねられ、身分を示すような装飾品は一切身につけていない。

昨夜の煌びやかな姿とは似ても似つかない、あまりにも粗末な身なり。

……昨日のドレスを着てくれば、門前払いなどされなかったろうに

カシリアは内心で溜息をついた。

ここは王都でも指折りの格式を誇る宝飾店だ。

客の身なりで財布の中身を判断し、店の品格にそぐわない者を排除するのは、この界隈の暗黙のルールであり、防衛本能でもある。

彼女の格好は、この場においては「招かれざる客」の典型例だった。

なぜ、わざわざ茨の道を選ぶのか。

彼女の思考回路は、やはり常人の理解を超えている。

「……あ。カシリア殿下?」

少女はようやくカシリアの接近に気づいたらしい。

瞳を丸くし、口をぽかんと開け、一拍遅れて事態を飲み込むと、慌てて背筋を伸ばした。

「し、失礼いたします!殿下!」

ザッ、と小気味よい音が石畳に響く。

彼女は片膝を地面につき、左手を右肩に当てる姿勢をとった。

完璧な、騎士式の跪礼。

筋肉の使い方も、重心の移動も、教本通りに洗練されている。

……だが、場所が違う。

ここは戦場でもなければ、叙任式が行われる王の間でもない。

ただの商店の入り口で、買い物客が行う挨拶としては、あまりにも重々しく、そして場違いだった。

「ぷっ……見た?あの平民、腰抜かして跪いちゃった」

「初めて王子様を見て舞い上がったんじゃない?可哀想に」

店員たちが扇子で口元を隠し、クスクスと忍び笑いを漏らす。

高級店に雇われているという自負が、彼女たちに歪んだ優越感を与えているのだろう。

自分たちもまた、王族の前では平伏すべき存在であることを棚に上げて。

……滑稽だな

カシリアは冷ややかな視線を店員たちに向け、小さく息を吐いた。

そして、視線を足元の少女へと戻す。

「……エリナ。何をしている」

その名を口にした瞬間、店内の空気が凍りついた。

忍び笑いは瞬時に消滅し、店員たちの顔から血の気が引いていく。

王太子が、どこの身の程知らぬ少女を、“名前”で呼んだ。

それは、彼女が王族の認知する存在であり、決して軽んじてはならない相手であることを示す、絶対的な証明だった。

「え?殿下に会ったら跪礼じゃないんですか?」

少女――エリナは、きょとんとした顔で首を傾げた。

その瞳には、打算も媚びもなく、ただ純粋な疑問だけが浮かんでいる。

「……昨日の説教、まるで身についていないな。ここは市街地だぞ」

「え!?どうして私が忘れてること分かったんですか!?さすが殿下、千里眼ですか!?」

エリナは顔を輝かせ、心からの称賛を向けてくる。

皮肉が通じない。

カシリアは頭痛を覚えた。

まともな貴族令嬢であれば、王子の指摘を受けただけで顔面蒼白になり、震え上がり、謝罪の言葉を並べ立てるだろう。

だが、この少女には恐怖という感情回路が欠落しているのか、それとも王族という存在を巨大な友人程度にしか認識していないのか。

「……普通は、こんな間違いをしない」

「あ!思い出しました!おばあちゃんが言ってたやつですね!」

エリナはバネのように勢いよく立ち上がると、ダボダボのズボンの端を指先でつまんだ。

「こ、こうですか……?」

膝を不器用に折り、首を傾げる。

それは、貴族の淑女が行うカーテシーの、あまりにも不格好な模倣だった。

ドレスではなくズボンで、しかもガニ股気味に行われるその動作は、優雅さの欠片もなく、まるで調教中の熊が芸をしているようだ。

「ぶっ……」

カシリアは堪えきれず、吹き出した。