罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

思考の海に沈んでいたカナロアの意識は、乱暴な扉の開閉音によって現実に引き戻された。

「陛下!失礼いたします!」

血相を変えて飛び込んできたのは、近衛騎士の一人だ。

「何事だ。騒々しい」

「タロシア家の侍女より緊急の報告です!リリス様が……リリス様が、学院内で行方不明になられました!」

「なに!?」

カナロアは椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。

心臓が不快な音を立てて跳ねる。

「詳しく話せ!パーティー会場にいたのではないのか!」

「はッ!目撃情報によれば、祝賀会の最中に会場を飛び出し、そのまま戻られていないとのこと!侍女や御者も姿を確認しておらず、公爵邸にも帰宅しておりません!」

胸騒ぎが、最悪の形で現実となった。

行方不明。

誘拐か?それとも事故か?

いや、タイミングがあまりにも悪すぎる。

……まさか、あの再婚話と関係しているのか?

カストが、あるいはあのミカレンという女たちが、何か余計なことを吹き込んだのではないか。

あるいは、リリス自身が何かを察知し、絶望のあまり姿を消したのか。

一瞬、カストに知らせるべきか迷い――すぐにその考えを棄却した。

今のあの男に、この事実を告げればどうなるか。

錯乱し、事態をより混乱させるだけだ。

まずは、リリスの安全を確保することが最優先。

「即刻、学院を封鎖せよ!護衛の半数を捜索に回せ!蟻一匹逃すな!」

カナロアの怒声が響く。

「ビアンナ!」

王の影として控えていた女性騎士が、音もなく前に進み出た。

「はッ」

「お前が指揮を取れ。リリスを見つけ出し、無事に保護するのだ。……もし、ミカレンやエリナがこの件に関与している兆候があれば、容赦なく拘束し、私に報告しろ」

「御意」

ビアンナは短く答え、風のように姿を消した。

学院内。

夜の帳が下りた回廊を、ビアンナは疾走していた。

足音を殺し、気配を消し、闇と一体化して進むその姿は、熟練の狩人のようだ。

彼女の鋭敏な感覚は、微かな異変も逃さない。

多くの生徒や教師が出払っているパーティーの時間帯。

校舎の明かりは消え、静寂が支配しているはずの場所。

だが、医務室の方角から、微かな物音が漏れ聞こえた。

衣擦れの音。

苦悶に満ちた呻き声。

そして、誰かが必死に呼びかける声。

ビアンナは足を止め、呼吸を整えると、医務室の扉に手をかけた。

鍵がかかっている。

だが、そんなものは彼女にとって障害ではない。

彼女は腰の短剣を取り出し、隙間に差し込んで音もなく解錠した。

緊張が指先に走る。

中にいるのは、誘拐犯か。

それとも――。

扉を一気に押し開ける。

「……!?」

目に飛び込んできた光景に、ビアンナは一瞬、思考を停止させた。

月の光が差し込む白い寝台の上。

そこにいたのは、行方不明のリリス・タロシアだった。

だが、問題はその状況だ。

彼女は寝台に横たわり、意識を失っているように見える。

そして、その上に覆いかぶさるようにして、一人の男性が彼女を抱きしめていた。

乱れた金髪。

上気した横顔。

カシリア王子。

「……殿下!?」

ビアンナの唇から、驚愕の声が漏れた。

……まさか……!?

状況証拠はあまりにも明白だった。

人気のない密室。

意識のない令嬢。

乱れた衣服と、上に乗る男性。

それは、不埒な行為の現場そのものに見えた。

「ビアンナ!?違う、誤解だ!」

カシリアが弾かれたように顔を上げ、慌ててリリスから身体を離した。

その顔は蒼白で、汗が滲み、瞳は動揺に激しく揺れている。

「……」

ビアンナは表情を消し、冷徹な視線をカシリアに向けた。

「……ご安心ください、殿下。私は何も見ておりません」

彼女は踵を返し、扉を閉めようとした。

王族の醜聞など、見なかったことにするのが騎士の処世術だ。

だが、その背中にカシリアの悲鳴のような声が飛んだ。

「待て!違うと言っている!逃げるな、ビアンナ!」

カシリアは寝台から飛び降り、ビアンナの腕を掴んで引き止めた。

その手は震えていた。

「事情を聞いてくれ!オレはただ、彼女を介抱していただけなんだ!」

「介抱、でございますか」

ビアンナは掴まれた腕を冷ややかに見下ろし、そしてカシリアの目を射抜いた。

「……では、説明してください。何があったのですか、殿下。なぜリリス様は意識を失い、なぜ殿下は鍵をかけた密室で、彼女の体の上にいらっしゃったのですか」