再び目覚めたとき、いつの間にか暗闇の中から誰かの声が聞こえ、ぼんやりとした意識が戻ってきていた。
「……ま」
「……さま」
誰が私を呼んでいるの? ママじゃない……。
夢なのね。
もう疲れ果てたから、目覚めたくない。
まだ眠い、起きたくない、このままずっと眠らせてほしい。
永遠に眠っていたい。
そんなことを思っていると、感覚を失っているはずの体が勝手に揺さぶられた。
あんまりにもリアルな感触で、ずっと昔から覚えのあるような感覚だった。
「お嬢様、もうお時間です。起きないと間に合いませんよ」
すぐそばから聞き慣れた声が大きくなり、私を夢から引き戻した。
「うわっ!?」
ぱっとまぶたを開け、驚きの声をあげる。
「ロ……ロキナ!? なんで……!?」
瞳に映る景色がすぐには理解できず、目の前に立つ若い女性に大声で尋ねた。
「なんで……あなたまでここに!? まさかロキナまで牢に!? いや、ロキナも死んだの!?」
「お、お嬢様!? ま、また怖い夢でも見られましたか?」
私の怯えた表情を見て、ロキナは優しく笑いかけた。
どういうこと? 私は確か牢獄で首を切って自殺したはず――。
けれど首のあたりを触っても、傷はどこにもない。
事情を理解するには時間が必要で、頭の回転が追いつかない私は、ただ黙って呆然としていた。
ここはどこ? 何が起きた?
見慣れたベッド、見覚えのある天井、母が亡くなった後もずっと私のそばにいてくれたメイドのロキナ。
もしかして、私は――。
「お嬢様、奥様が亡くなってからまだ一か月ほどです。学生会のことも辛いでしょう。もし今日、体調が優れないようでしたら、学校はお休みになったほうがよろしいのではないでしょうか。奥様もきっと、お嬢様に笑っていてほしいはずです」
ロキナは心配そうに私を見つめている。
「母上と……学生会?」
「ええ。学生会の選挙より、お嬢様のお体のほうが大事です」
一か月間……学生会……。
「ロキナ、学生会の選挙って、今どうなってるの?」
私は慌てて時間を確かめようとする。
「え? お嬢様の話だと、三日後に王家テストがあるようですが……。どうかしましたか?」
「……いや、ちょっと忘れてただけ」
そうか、私は二年前に戻ったらしい。
ここは私の家、タロシア公爵家。
どうやら、王子殿下と距離ができる前の時期に戻ったらしい。
母上が亡くなって間もなく、学生会会長の選挙に立ち向かうところ――。
私は必死に自分を落ち着かせ、現状を把握しようとした。
母上が亡くなって一か月、王家テストまであと三日。
「ごめんね、ロキナ。今はちょっと一人にして」
「わ、わかりました。お体に不調があれば、必ずお休みになってくださいね!」
心配そうに見守るロキナは、部屋を離れていった。
「ずっと外で待っておりますから」
「ええ、ありがとう、ロキナ」
ドアを閉めてもなお言葉を残してくれたロキナに、私は心から感謝した。
母上がいなくなっても、ずっと私のそばにいてくれたのはロキナだけだった。
ロキナはもう、私の大切な家族だ。
――不慣れな手つきで着替えながら、私は考えた。
奇跡のように得た二度目の人生を、どう生きるべきか。
前世では、私は王家テストでカシリア王子に勝ち、学生会会長になり、彼とは関わりが増え、いつしか殿下を深く愛してしまった。
だがそれが、不幸の連鎖の引き金となった。
私が深く愛した殿下が、異母姉エリナを愛したからだ。
本当に、私って救いようのない愚か者だった。
公爵令嬢として生きることは有意義なはずなのに、私は無意味に自分の感情を注いでしまった。
さて、せっかく二度目の人生を得たのだから、過ちを繰り返してはならない。
人生の方針を決めよう。
一つ目、カシリア王子を好きにならないこと。
学生会の選挙を辞退すれば殿下との接点は減り、自然と関係は薄くなるはず。
二つ目、社交界から距離を置くこと。
そうすれば、エリナに名声を奪われても、くだらない噂で苦しむことは少なくなる。
三つ目、異母姉エリナや継母ミカレンを恨まないこと。
前世ではいろいろ嫌がらせをしたけれど、彼女たちは何も復讐せず、むしろ優しくしてくれた。
死刑のときも私を許してくれたのだ。
本当に善良で優しい人たちだ。
仲良くはできなくても、恨むのはやめよう。
最後に、公爵令嬢としてふさわしい人生を目指すこと。
ただし、タロシア家に利益をもたらす政略結婚を望むかどうかは分からない。
太子妃がエリナであるなら、それで十分かもしれない。
私は自分が何の役にも立たない人間だと思いがちだが、悲観的になるのはやめよう。
計画は計画でしかない。
私には理性が徹底できない面があり、感情に流されやすい。
エリナを許すことは、彼女を殺すよりもずっと難しいだろう。
私は真の善人にはなれないかもしれない。
それでも、この無意味な恨みを忘れなければならない。
できるだろうか、私には分からない。
そのとき、ドアが軽く叩かれた。
「お嬢様、そろそろお時間ですが、やはりお休みになったほうが……」
「大丈夫、もう少しだけ待ってて」
学生会の選挙を辞退すれば、噂好きな貴族の女性たちに詮索されるだろう。
まずは昼食を人の目に触れないように避ける必要がある。
「ちょっとだけ、昼食に持って行けるケーキを用意してくれない?」
「ケーキですか? え、どうして?」
「今日は……ちょっとケーキが食べたくなったの」
いつも食堂に通っている私が持参するには不自然だ。
言い訳は思いつかなかったが、ロキナは余計なことを聞かなかった。
「かしこまりました。お嬢様のお好きなケーキを用意いたします」
「ありがとう、ロキナ」
もう時間がない。
急いで顔を洗い、涙の跡を消し、落ち着いた淡い微笑みを作る。
そう、これが私。
いつでもどこでも、何があっても弱みを見せない完璧な令嬢、リリス。
私が命をかけて演じる役だ。
「……ま」
「……さま」
誰が私を呼んでいるの? ママじゃない……。
夢なのね。
もう疲れ果てたから、目覚めたくない。
まだ眠い、起きたくない、このままずっと眠らせてほしい。
永遠に眠っていたい。
そんなことを思っていると、感覚を失っているはずの体が勝手に揺さぶられた。
あんまりにもリアルな感触で、ずっと昔から覚えのあるような感覚だった。
「お嬢様、もうお時間です。起きないと間に合いませんよ」
すぐそばから聞き慣れた声が大きくなり、私を夢から引き戻した。
「うわっ!?」
ぱっとまぶたを開け、驚きの声をあげる。
「ロ……ロキナ!? なんで……!?」
瞳に映る景色がすぐには理解できず、目の前に立つ若い女性に大声で尋ねた。
「なんで……あなたまでここに!? まさかロキナまで牢に!? いや、ロキナも死んだの!?」
「お、お嬢様!? ま、また怖い夢でも見られましたか?」
私の怯えた表情を見て、ロキナは優しく笑いかけた。
どういうこと? 私は確か牢獄で首を切って自殺したはず――。
けれど首のあたりを触っても、傷はどこにもない。
事情を理解するには時間が必要で、頭の回転が追いつかない私は、ただ黙って呆然としていた。
ここはどこ? 何が起きた?
見慣れたベッド、見覚えのある天井、母が亡くなった後もずっと私のそばにいてくれたメイドのロキナ。
もしかして、私は――。
「お嬢様、奥様が亡くなってからまだ一か月ほどです。学生会のことも辛いでしょう。もし今日、体調が優れないようでしたら、学校はお休みになったほうがよろしいのではないでしょうか。奥様もきっと、お嬢様に笑っていてほしいはずです」
ロキナは心配そうに私を見つめている。
「母上と……学生会?」
「ええ。学生会の選挙より、お嬢様のお体のほうが大事です」
一か月間……学生会……。
「ロキナ、学生会の選挙って、今どうなってるの?」
私は慌てて時間を確かめようとする。
「え? お嬢様の話だと、三日後に王家テストがあるようですが……。どうかしましたか?」
「……いや、ちょっと忘れてただけ」
そうか、私は二年前に戻ったらしい。
ここは私の家、タロシア公爵家。
どうやら、王子殿下と距離ができる前の時期に戻ったらしい。
母上が亡くなって間もなく、学生会会長の選挙に立ち向かうところ――。
私は必死に自分を落ち着かせ、現状を把握しようとした。
母上が亡くなって一か月、王家テストまであと三日。
「ごめんね、ロキナ。今はちょっと一人にして」
「わ、わかりました。お体に不調があれば、必ずお休みになってくださいね!」
心配そうに見守るロキナは、部屋を離れていった。
「ずっと外で待っておりますから」
「ええ、ありがとう、ロキナ」
ドアを閉めてもなお言葉を残してくれたロキナに、私は心から感謝した。
母上がいなくなっても、ずっと私のそばにいてくれたのはロキナだけだった。
ロキナはもう、私の大切な家族だ。
――不慣れな手つきで着替えながら、私は考えた。
奇跡のように得た二度目の人生を、どう生きるべきか。
前世では、私は王家テストでカシリア王子に勝ち、学生会会長になり、彼とは関わりが増え、いつしか殿下を深く愛してしまった。
だがそれが、不幸の連鎖の引き金となった。
私が深く愛した殿下が、異母姉エリナを愛したからだ。
本当に、私って救いようのない愚か者だった。
公爵令嬢として生きることは有意義なはずなのに、私は無意味に自分の感情を注いでしまった。
さて、せっかく二度目の人生を得たのだから、過ちを繰り返してはならない。
人生の方針を決めよう。
一つ目、カシリア王子を好きにならないこと。
学生会の選挙を辞退すれば殿下との接点は減り、自然と関係は薄くなるはず。
二つ目、社交界から距離を置くこと。
そうすれば、エリナに名声を奪われても、くだらない噂で苦しむことは少なくなる。
三つ目、異母姉エリナや継母ミカレンを恨まないこと。
前世ではいろいろ嫌がらせをしたけれど、彼女たちは何も復讐せず、むしろ優しくしてくれた。
死刑のときも私を許してくれたのだ。
本当に善良で優しい人たちだ。
仲良くはできなくても、恨むのはやめよう。
最後に、公爵令嬢としてふさわしい人生を目指すこと。
ただし、タロシア家に利益をもたらす政略結婚を望むかどうかは分からない。
太子妃がエリナであるなら、それで十分かもしれない。
私は自分が何の役にも立たない人間だと思いがちだが、悲観的になるのはやめよう。
計画は計画でしかない。
私には理性が徹底できない面があり、感情に流されやすい。
エリナを許すことは、彼女を殺すよりもずっと難しいだろう。
私は真の善人にはなれないかもしれない。
それでも、この無意味な恨みを忘れなければならない。
できるだろうか、私には分からない。
そのとき、ドアが軽く叩かれた。
「お嬢様、そろそろお時間ですが、やはりお休みになったほうが……」
「大丈夫、もう少しだけ待ってて」
学生会の選挙を辞退すれば、噂好きな貴族の女性たちに詮索されるだろう。
まずは昼食を人の目に触れないように避ける必要がある。
「ちょっとだけ、昼食に持って行けるケーキを用意してくれない?」
「ケーキですか? え、どうして?」
「今日は……ちょっとケーキが食べたくなったの」
いつも食堂に通っている私が持参するには不自然だ。
言い訳は思いつかなかったが、ロキナは余計なことを聞かなかった。
「かしこまりました。お嬢様のお好きなケーキを用意いたします」
「ありがとう、ロキナ」
もう時間がない。
急いで顔を洗い、涙の跡を消し、落ち着いた淡い微笑みを作る。
そう、これが私。
いつでもどこでも、何があっても弱みを見せない完璧な令嬢、リリス。
私が命をかけて演じる役だ。
