罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

誘拐にまつわる進捗を報告しに来たバード伯爵の背中が見えなくなると、部屋には鉛のような沈黙だけが残された。

カシリアは会見室の椅子に深く沈み込み、自身の頭を抱え込んだ。

王室と学院という、守られた箱庭の中で生きてきた。

これまでの人生、真に頭を悩ませるような苦難など何一つなかったのだと思い知らされる。

王都の影に巣食う闇市組織。

これまでカシリアは、それを単なる小悪党の集まり——王国の隙間でコソコソと違法行為を働く、取るに足らない存在だと侮っていた。

けれど、蓋を開けてみればどうだ。

それは想像を遥かに超えた、底知れぬ深淵だった。

今の自分の手には余るほどの、どす黒く巨大な国際問題。

商業帝国ラペオが仲介し、リバカリ盟国が実行し、チモネカ聖教国が消費する。

そして、我が国を含む四カ国を股にかけ、貴族たちの欲望を養分に肥大化した闇のネットワーク。

何より厄介なのは、この歪な均衡の中で、我が国だけが「奴隷制度」を禁じているという事実だった。

正義感に駆られて他国の暗部に踏み込めば、待っているのは国交断絶、あるいは戦争という最悪の結末だ。

それだけは避けなければならない。

だが、事態は一刻の猶予も許さなかった。

これまでも、路地裏の貧しい者たちが神隠しのように消えていたという。

誰もが見捨てていたその命の重みが、今、呪いのようにカシリアにのしかかる。

放置したツケは組織を増長させ、彼らの魔手はついに、より高値で売れる獲物へと伸びたのだ。

まさか、リリスにまで。

その事実が胸を刺すたび、内臓が焼けつくような憤りが込み上げる。

断じて許せない。

根こそぎにしてやらねば気が済まない。

しかし、現実は非情なまでに打開策を見せてはくれなかった。

唯一の光明は、3ヶ月後行われるラペオ帝国第三王子の入学式。

彼と接触し、対話の糸口を探るのが最善か。

堂々巡りの思考に息が詰まりそうになり、カシリアは逃げるように執務を放り出した。

あてもなく廊下を歩く。

気晴らしのつもりだった足は、無意識のうちに吸い寄せられるようにして王家休憩室へと向かっていた。

ただ、彼女に会いたかった。

部屋に入ると、主を失ったような静けさがあった。

見舞いのメイドたちも下がった後なのだろう。

リリスは、深い眠りについていた。

窓から差し込む青白い月の光が、ベッドに横たわる彼女を透き通るように照らし出している。

それは天使のように無垢で、安らかで。

けれど同時に、夜空の星さえ霞むほどの美貌は、人の心を狂わせる魔女のようでもあった。

あまりにも小さく、硝子細工のように脆い体。

いつもは冷徹なカシリアの心臓が、痛いほどに脈打っていた。

なぜだろう。

彼女のそばにいたい。

病状はどうなのか、安眠できているのか、ただそれだけが気になって仕方がない。

理屈ではなかった。

カシリアは突き動かされるように、月光に濡れたリリスの寝顔へと、震える指先を伸ばした——。