療養室。
豪奢な天蓋付き寝台の中で、リリスは静かに目を覚ました。
首筋に巻かれた清潔な布からは微かに薬草の香りが漂い、ミセシル伯爵につけられた暴力の痕跡を優しく鎮めている。
過酷な政治的交渉と死の恐怖を乗り越えた疲労は、長く深い眠りによって幾分か和らいでいた。
視界がはっきりしてくると、寝台の傍らの椅子に腰を下ろし、静かに彼女を見守るカシリアの姿が見えた。
リリスは上半身をゆっくりと起こし、乱れた桜色の長髪を細い指先で梳いた。
「殿下。政務室での事後処理は、終わりましたか」
リリスの口から紡がれた声は、まだ微かに掠れを含みながらも、はっきりとした理性の響きを取り戻していた。
カシリアはリリスの目覚めに気づくと、短く安堵の息を吐き、彼女の傍らへ身を寄せた。
「ああ。君の描いた筋書き通り、ミセシル家からの虚偽の報告は王家の公文書として正式に受理されたよ。それに伴って、タロシア公爵家を拘束する正当な理由はなくなり、父上はカストの軟禁を解いた」
カシリアの声は淡々と事実を告げていたが、その直後、彼の眉間が微かに寄った。
「そして、軟禁を解かれたカストから、君に直接会いたいと王宮に申し出が届いている。彼はおそらく、今回の事態を収束させた裏に君がいると勘づいているんだろう」
カシリアはリリスの白磁のような手を取り、自分の体温を分け与えるように優しく包み込んだ。
「君の身体はまだ本調子じゃない。それに、あの男は君の心を何度も壊れかけるまで追い詰めた張本人だ。無理に会う必要はない。オレの権限で、面会をずっと先送りにすることだってできる」
カシリアの言葉には、リリスをあらゆる不安から遠ざけ、自分の腕の中だけで守り抜きたいという強い支配欲が込められていた。
リリスは数秒間、静かに黙り込んだ。
以前の彼女であれば、父カストと顔を合わせることは恐怖と自己嫌悪の引き金となり、すぐにでも薬の心地よさへと逃げ込んでいただろう。
しかし今、彼女の胸の奥底には、かつてはなかった確かな熱が生まれ、静かに脈打っている。
脳裏に、王都の地下市場とミセシル伯爵家を襲撃し、凄惨な殺戮を行った父の姿がありありと浮かび上がる。
政治的生命も一族の名誉もすべてを投げ打ち、娘を傷つけた者たちへの純粋な復讐のためだけに、あの父が狂気の殺人鬼へと変貌したのだ。
それは、薬物で心を壊し、令嬢としての価値を完全に失った自分に向けられた、いかなる誤魔化しも効かない、生々しく暴力的な愛の証だった。
「いいえ、殿下。面会をお断りする理由はありませんわ」
リリスはカシリアの手を静かに握り返し、彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。
彼女の声には、薬に依存する廃人のような脆さも、人を屈服させる冷徹な支配者の毒も含まれていなかった。
「お父様は、愚かで、不器用で、政治的には最悪の選択をなさいました。ですが、私という壊れた娘のために、ご自身の手を血で染める覚悟を持ってくださいました。その事実から逃げることは、タロシア公爵家の娘として、そして何より、愛を受け取った者として許されません」
リリスは寝台の端へ身を寄せ、背筋を真っ直ぐに伸ばした。
彼女の眼差しには、過去の心の傷を乗り越え、自分の存在価値を確信した者だけが持つ、静かな強さが宿っていた。
「今度は、私は堂々と、お父様と会える気がします」
リリスの顔に、計算された完璧な令嬢の仮面ではなく、心の奥底から自然に湧き上がった純粋な微笑みが咲き誇った。
その可憐で力強い表情を見たカシリアは、自身の胸で鼓動が激しく跳ね上がるのを確かに感じ、無言で彼女の決断を尊重した。
豪奢な天蓋付き寝台の中で、リリスは静かに目を覚ました。
首筋に巻かれた清潔な布からは微かに薬草の香りが漂い、ミセシル伯爵につけられた暴力の痕跡を優しく鎮めている。
過酷な政治的交渉と死の恐怖を乗り越えた疲労は、長く深い眠りによって幾分か和らいでいた。
視界がはっきりしてくると、寝台の傍らの椅子に腰を下ろし、静かに彼女を見守るカシリアの姿が見えた。
リリスは上半身をゆっくりと起こし、乱れた桜色の長髪を細い指先で梳いた。
「殿下。政務室での事後処理は、終わりましたか」
リリスの口から紡がれた声は、まだ微かに掠れを含みながらも、はっきりとした理性の響きを取り戻していた。
カシリアはリリスの目覚めに気づくと、短く安堵の息を吐き、彼女の傍らへ身を寄せた。
「ああ。君の描いた筋書き通り、ミセシル家からの虚偽の報告は王家の公文書として正式に受理されたよ。それに伴って、タロシア公爵家を拘束する正当な理由はなくなり、父上はカストの軟禁を解いた」
カシリアの声は淡々と事実を告げていたが、その直後、彼の眉間が微かに寄った。
「そして、軟禁を解かれたカストから、君に直接会いたいと王宮に申し出が届いている。彼はおそらく、今回の事態を収束させた裏に君がいると勘づいているんだろう」
カシリアはリリスの白磁のような手を取り、自分の体温を分け与えるように優しく包み込んだ。
「君の身体はまだ本調子じゃない。それに、あの男は君の心を何度も壊れかけるまで追い詰めた張本人だ。無理に会う必要はない。オレの権限で、面会をずっと先送りにすることだってできる」
カシリアの言葉には、リリスをあらゆる不安から遠ざけ、自分の腕の中だけで守り抜きたいという強い支配欲が込められていた。
リリスは数秒間、静かに黙り込んだ。
以前の彼女であれば、父カストと顔を合わせることは恐怖と自己嫌悪の引き金となり、すぐにでも薬の心地よさへと逃げ込んでいただろう。
しかし今、彼女の胸の奥底には、かつてはなかった確かな熱が生まれ、静かに脈打っている。
脳裏に、王都の地下市場とミセシル伯爵家を襲撃し、凄惨な殺戮を行った父の姿がありありと浮かび上がる。
政治的生命も一族の名誉もすべてを投げ打ち、娘を傷つけた者たちへの純粋な復讐のためだけに、あの父が狂気の殺人鬼へと変貌したのだ。
それは、薬物で心を壊し、令嬢としての価値を完全に失った自分に向けられた、いかなる誤魔化しも効かない、生々しく暴力的な愛の証だった。
「いいえ、殿下。面会をお断りする理由はありませんわ」
リリスはカシリアの手を静かに握り返し、彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。
彼女の声には、薬に依存する廃人のような脆さも、人を屈服させる冷徹な支配者の毒も含まれていなかった。
「お父様は、愚かで、不器用で、政治的には最悪の選択をなさいました。ですが、私という壊れた娘のために、ご自身の手を血で染める覚悟を持ってくださいました。その事実から逃げることは、タロシア公爵家の娘として、そして何より、愛を受け取った者として許されません」
リリスは寝台の端へ身を寄せ、背筋を真っ直ぐに伸ばした。
彼女の眼差しには、過去の心の傷を乗り越え、自分の存在価値を確信した者だけが持つ、静かな強さが宿っていた。
「今度は、私は堂々と、お父様と会える気がします」
リリスの顔に、計算された完璧な令嬢の仮面ではなく、心の奥底から自然に湧き上がった純粋な微笑みが咲き誇った。
その可憐で力強い表情を見たカシリアは、自身の胸で鼓動が激しく跳ね上がるのを確かに感じ、無言で彼女の決断を尊重した。
