罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

王宮の中心にある執務室。

立派なマホガニー製の机の上に、一枚の公式な書類が置かれている。

国王カナロアは、その羊皮紙に書かれた文字を冷めた目で追いかけ、深く息を吐き出した。

ミセシル伯爵家当主のサインと印が押されたその書類には、タロシア公爵家による大規模な襲撃や破壊行為はすべて不運な誤解であり、ミセシル家はいかなる罰や仕返しも望まない、と書かれていた。

何十人もの死傷者を出し、王都の闇市場を完全に壊滅させ、伯爵家の本邸を半分壊したほどの武力行使。

そんな歴史に残るような暴挙が、たった一枚の紙切れでなかったことにされるなんて、政治の常識からすればありえないことだ。

カナロアは伯爵を直接呼び出し、何度も本当の理由を問いただした。

しかし、伯爵はひどい屈辱に顔を歪めながらも、頑なに「誤解だ」と言い張って聞かなかった。

その頑なな態度の裏にある事実を、カナロア直属の隠密が先ほど報告してきた。

ミセシル伯爵は、あの報告書を出す直前、王宮の応接室でリリス・タロシアと会っていたのだ。

その事実を理解した瞬間、カナロアは自然と口元をほころばせた。

地位の高い貴族の当主を、まだ幼い少女がたった一人で完全にねじ伏せ、国を揺るがすほどの大きな罪をもみ消させた。

どうやったのかはわからないが、彼女がミセシル家の存続に関わるほどの致命的な弱みを握り、それを交渉のテーブルに叩きつけたのは明らかだ。

「……リリス。またお前か」

カナロアの低い声が、静かな執務室に響く。

王太子カシリアを夢中にさせ、王家の隠密すら予想できないような策を描いてみせるあの小娘の手腕に、彼は国を治める者として純粋に感心していた。

同じ頃、王宮の離れにある窓のない一室。

分厚い石壁に囲まれた部屋で、カスト・タロシアは冷たい床の上に座り込んでいた。

外の様子はまったくわからず、自分の領地や家族が今どうなっているのか、彼には知る方法がない。

王都の中心で軍を動かし、貴族の本邸を襲撃するという歴史的な暴挙。

確かに、娘のリリスを薬漬けにし、自らを傷つけるところまで追い詰めた者たちへの強い怒りと殺意はあった。だが、彼がこの凶行に及んだ真の理由は、感情に任せた暴走などではない。

リリスへの贖罪。

自らが取り返しのつかない大罪人として裁かれることで、公爵という地位から強制的に退き、その座を彼女に譲り渡すための『言い訳』を作ること。それが、追い詰められたカストの描いた、あまりにも不器用で破滅的なシナリオだった。

公爵家そのものが取り潰されるリスクもある、綱渡りのような愚策。だが、被害者であるリリスを次期当主の座に据えれば、周囲の同情と王家の温情で家名は存続できるはずだ。

その結末を静まり返った部屋で一人待ち続けながら、彼は自らの罪と向き合っていた。

ガチャンと重い金属音が鳴り、部屋の扉が外から開かれた。

廊下の松明の光を背にして立っていたのは、国王カナロアだった。

彼は数人の近衛兵を廊下に待機させたまま、たった一人で薄暗い部屋へと足を踏み入れる。

カストは力なく顔を上げ、かつての友であり、今は自分の主君である男を見つめた。

カナロアは冷ややかな、しかしどこか探るような目でカストを見下ろし、口を開いた。

「なあ、カスト。オレとお前は、もう数十年の付き合いになる」

静かな声が、冷え切った石室に響く。

「お前がただ感情に任せてあんな真似をする男ではないことくらい、オレにはわかっている。……どうしても、その暴挙の真の動機を教えてくれないか」

その問いかけに対し、カストは自らの破滅を決定づけるように、深く頭を下げた。

「……申し訳ございません、陛下。ただ、私はこれほどの暴挙を働いた大罪人。もはや、公爵の地位には向いていないかと存じます。つきましては、公爵位を娘のリリスに譲りたいのです」

淡々と告げられたその言葉に、カナロアの眉が微かにピクリと動いた。

「……それがお前の目的か。自らを犠牲にして、娘に全てを譲るための免罪符か」