罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

「生意気な小娘が。俺を脅して無事で済むと思うな。その首を握りつぶしてやる」

ミセシル伯爵は怒りのあまり顔を真っ赤にして、机を乗り越えると私の首へ両手を伸ばしてきた。

「うあっ」

私の口から短い悲鳴が漏れた。

太く硬い指が私の首を強く締め付け、息ができなくなる。

空気が吸えず、頭に血が上っていく。

伯爵の爪が柔らかい肌に深く食い込み、鋭い痛みとともに温かい血が首筋を伝って落ちるのを感じた。

圧倒的な力の差があり、私には抵抗する力など残されていなかった。

首の骨が軋む音が、頭の中に響く。

視界の端が暗く染まり始める中、私は右手に最後の力を振り絞った。

床に散らばっていた、彼が引き裂いた脅迫状の欠片。

私はその一枚を震える指先でつまみ上げ、彼の目の前に突きつけた。

「父上。やめてください」

カロリン・ミセシルの鋭い声が響き、彼女が伯爵の腕を後ろから強く引っ張った。

数秒の睨み合いの後、ふっと伯爵の手の力が緩む。

解放された私は床に崩れ落ち、激しいめまいに耐えながら、必死に空気を吸い込んで呼吸を整えた。

伯爵は肩を大きく上下させて息をしている。

彼もまた、怒りに任せた行動から我に返り、貴族としての冷徹な計算を取り戻したのだろう。

ここで私を殺せば、闇組織との繋がりという致命的な情報が王家に渡り、ミセシル家は確実に破滅してしまうからだ。

「……貴様は、なにがしたいのだ」

伯爵のひどく低い声には、明らかな殺意と警戒が込められていた。

私はしばらく時間をかけて呼吸を落ち着かせると、血の滲む首筋を左手で押さえたまま、ゆっくりと立ち上がった。

そして、完璧な微笑みを作ってみせた。

「今回の公爵家と伯爵家の間で起きた武力衝突は、ただの不運な誤解であった。そのように処理して頂けませんでしょうか」

私の言葉を聞いて、ミセシル家の当主は、その美しい微笑みの裏側に致死量の毒が仕込まれていることにしっかりと気がついたようだ。

極度の屈辱と恐怖によって、伯爵の顔が歪に引きつった。

高位貴族としての誇りを、薬漬けのまだ幼い少女に完全に打ち砕かれたのだ。

彼は強く歯を食いしばり、ギリッと音を立てた。

「……よかろう。国王陛下には、俺の口から直接そう伝える。ならば、その手紙の件は」

「手紙など、もう既に私の記憶からは完全に消え去っております」

私はすぐに答えて、にっこりと微笑みを深めた。

「……狐め」

伯爵は低く呪うような言葉を吐き捨てた。

二人は隠しきれない怒りと敗北感を滲ませながら、重厚な扉を開けて応接室から出ていった。

彼らの足音が石造りの廊下の奥へ消えていくのを確認すると、私はようやく作り笑いを解いた。

虚勢を張るための気力が、すっかり尽き果ててしまった。

足に力が入らなくなり、私は再び床にへたり込んで大きく肩で息をした。

命がけの極限の緊張から解放され、全身が悲鳴を上げている。

首の傷から流れる血の温かさと、薬による不自然な心の静寂が、私の中で奇妙に混ざり合っていた。

直後、扉が乱暴に開け放たれた。

「リリス。大丈夫か」

カシリア殿下の焦ったような声が室内に響き渡る。

彼は私の姿を見るなり一瞬で駆け寄り、床に崩れ落ちている私を力強く腕の中に抱きしめた。

彼の服の硬い感触と温かい体温が、肌越しに伝わってくる。

私は彼の腕の中でゆっくりと顔を上げ、その碧い瞳を見つめた。

「ありがとうございます、殿下」

私の声は弱々しく掠れていたが、そこにははっきりとした達成感がこもっていた。

「私の、勝ちです」

私は彼に向けて、何の打算もない、心からの無邪気な微笑みを向けた。

カシリアは私の首の傷を見て顔をしかめたが、腕の中の柔らかく軽い身体と可憐な微笑みに触れ、胸の鼓動が激しく跳ね上がるのを感じていた。

彼は私を抱きしめる腕にさらに力を込めると、そっと私の額に口づけをした。