罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

数分後、重厚な木の扉が静かに開かれた。

入ってきたのは、栗色の髪を短く刈り込んだ親衛隊長、ナミス・ガーナーだ。

洗練された武人らしく、その足音はほとんど聞こえない。

「殿下、お呼びでしょうか」

ナミスは机の前で立ち止まると、右手を左胸に当てて深くお辞儀をした。

カシリアは窓際から視線を戻し、机の上の羊皮紙に指先を落とす。

「カスト・タロシアが動いた。郊外の闇組織の拠点を焼き討ちにしたエリナと帝国の狂犬を屋敷に軟禁し、彼自身が個人的な復讐を始めるつもりのようだ」

カシリアの淡々とした声が、部屋の温度をすっと下げたような気がした。

「タロシア公爵が、自ら力ずくで……」

ナミスの眉がわずかに動く。

「あの男は真実を知り、完全に理性を失っている。公爵家の強大な武力を闇組織の壊滅へ無計画につぎ込めば、追い詰められた鼠どもは生き残るために、自分たちが持っている最大の武器を使うだろう」

カシリアの青い瞳が、冷ややかな光を帯びてナミスの顔を射抜く。

「リリスがガーナー領で薬に溺れ、心を壊していたという致命的な情報だ。カストが暴走すれば、その情報が王都中にばらまかれることになる。それだけは絶対に許せない」

ナミスは顎を引き、さらに深く頭を下げた。

「ならば、我々が先手を打つしかありませんね」

「その通りだ、ナミス。すぐに親衛隊の精鋭を動かせ。標的は、ガーナー領の周辺に散らばる闇組織の全拠点だ。カストが王都で暴れ出す前に、地方の根っこを完全に絶ち切ってしまえ」

カシリアは机の上の燭台の炎を見つめる。

「降伏は許すな。情報を持っている可能性のある者はすべて、確実かつ永遠に口を封じるんだ。これは王家の名においてではなく、私の個人的な命令として遂行してくれ」

「承知いたしました。あの方を脅かすものはすべて、この世界から排除いたします」

ナミスは短く答え、踵を返して執務室から出ていった。

扉が閉まり、再び部屋は静けさに包まれる。

カシリアは革張りの椅子に深く腰を下ろし、両手の指を組んだ。

外からの脅威を排除することは、ナミスに任せた。

カシリアの頭の中は、闇組織を潰すというその場しのぎの対策から、より根本的でずっと続く防衛策を練る方向へと移っていた。

今のリリスの立場は、あくまで「王太子の婚約者」でしかない。

こんな不安定な状態のまま、万が一にも彼女の病状や過去が公になれば、貴族院は間違いなく婚約破棄を突きつけ、彼女を社会から抹殺しようとするだろう。

タロシア公爵家の分家も動いているようで、内部での権力争いが彼女の立場をさらに危ういものにしている。

「彼女を完全に守るためには、誰も手出しできない場所に置く必要がある」

王太子妃。

その絶対的な権力構造の頂点に彼女を据えれば、どんな貴族も、どんな組織も、彼女の過去を理由に責め立てることなどできなくなる。

彼女の命と名誉を守る唯一の方法は、婚約という仮の約束を、結婚という絶対的な事実へ変えることだ。

しかし、カシリアの眉間には深いシワが刻まれていた。

王族の結婚は、二人が合意すれば済むような単純なものではない。

それは国家間の力関係、国内の貴族たちの勢力バランス、そして莫大なお金の動きを伴う、ひどく複雑で重い政治的な契約なのだ。

カシリアの頭の中に、終わらせなければならない手続きのリストが浮かんでくる。

公の場での誓いや、婚姻契約書の作成は欠かせない。

財産の確認と権利の整理だけでも、両家の役人たちが数週間にわたって激しい交渉を繰り広げることになる。

さらに、書類上の契約が済んだ後も、民衆へのお披露目として首都入りの儀式を行わなければならない。

そして最後には、すべての貴族が出席する中で公開の結婚式が行われる。

すべての段階に神聖な意味と厳格な決まりがあり、ひとつでも飛ばせば、結婚の正当性そのものが疑われてしまう。

カシリアは机の上の書類をまとめながら、無意識のうちにその端を強く握りしめた。

紙の折れ曲がる乾いた音が、執務室に響く。

これほど大規模な政治的な儀式と準備を、誰にも不自然に思われないような早さで進めるのは至難の業だ。

各派閥への根回し、他国からの使節の招待、教会との調整。

いくら王太子の権力を使って手続きを無理やり縮めたとしても、どうしても限界がある。

「まずいな……」

カシリアの口から、重く苛立った声が漏れた。

「どんなに急いで動いたとしても、結婚を完全に成立させ、彼女に王太子妃の冠を被せるまでには、どうしても半年はかかってしまう」

その半年の間に何が起きるかわからない。

不確かなことが多すぎる。

だが、

「何があろうとも、オレがリリスを守る」

カシリアは椅子に深く身を沈め、天井の装飾を見上げた。