激しい痛みに耐えきれず、エリナは膝から崩れ落ちてその場に倒れ込んだ。
胸の傷口から再び赤い血が滲み出し、彼女の呼吸は苦しげに乱れていく。
「エリナ!」
コリンダがすぐに彼女を抱き起こし、布で傷口を強く押さえる。
カストは湿った土の上に立ち上がり、自分の両手をじっと見下ろした。
彼の顔からはすっかり血の気が引き、その瞳は虚空をさまよっていた。
背後で待機していたタロシア家騎士団長が、ガチャガチャと鎧を鳴らして歩み寄る。
「……団長」
カストの口から、ひどく掠れた、感情の抜け落ちた声がこぼれる。
「エリナと、この帝国の王子、そして彼らの兵士たちを屋敷へ連れ帰ってくれ。一番腕のいい医者を呼んで手当てをしろ。その後は、彼らを屋敷から出さないよう厳重に見張るんだ」
「はっ」
騎士団長は短く返事をし、目配せで部下たちに指示を伝える。
「お父様、私たちは……」
エリナがコリンダの腕の中で身をよじり、かすれる声をどうにか振り絞る。
「エリナ、先に戻りなさい」
カストは娘の方へ顔を向けたが、その視線はどこか焦点が合っていなかった。
「オレは……娘に手を出す羽虫どもを、片付けなければならない」
カストの声は低く暗く、純粋な殺意を滲ませて森の空気を震わせた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
王宮の奥深く、カシリアの執務室は重苦しい静けさに包まれていた。
壁の燭台の炎が、大きなマホガニーの机と、そこに積まれた書類の束をぼんやりと照らしている。
重厚な木の扉がノックの音とともに開き、情報武官が足早に入ってきた。
「殿下、急報でございます。帝国軍と思われる者五名が、第三区画で平民の家族を拘束する事件が起きました。現在、衛兵隊がすでに確保しております」
武官の報告を聞き、カシリアは持っていた羽ペンを机に置いた。
彼の青い瞳が、わずかに細められる。
第三区画。
五名。
その言葉のつながりから、彼の頭にひとつの情報が思い浮かんだ。
そこはスラム街に隣接し、闇組織の下っ端たちがたむろしている場所だ。
その場所の情報は極秘であり、王宮内でもナミスやごく一部の人間しか知らないはずだった。
「……さらに急報です。王都郊外の森にある荘園が燃えております。帝国軍が関わっているか確認するため、すでに騎士隊が出動しました」
武官の口から、立て続けにただごとではない報告がもたらされる。
カシリアは眉間を深く寄せ、ゆっくりと息を吐いた。
一体どういうことだ。
コリンダは完全にまともな考えを失ってしまったのか。
「第三の報告です。燃えている郊外の荘園で、エリナ・タロシア、およびコリンダ・ラペオと名乗る二名が確認されました。現場の指揮官はすぐにカスト公爵へ連絡を入れました」
武官の声が、執務室の空気を一層重くする。
なるほど、そういうことか。
カシリアの頭の中で、バラバラだった情報がひとつの答えに繋がっていく。
エリナとコリンダの接触。
第三区画での拉致。
そして郊外の荘園の焼き討ち。
あの帝国の狂犬と、タロシア家の無鉄砲な娘が手を結び、力ずくで闇組織を排除しようと動いたのだ。
彼らは公爵家に脅迫状でも送られた末に、こんな強硬手段に出たというのか。
「急報です!先ほど、カスト公爵より、郊外の荘園の件は公爵家がすべて仕切るとの指示がありました。王国軍は現在、撤退を始めております」
武官が報告を終え、深く頭を下げる。
カシリアは無言で頷き、武官を部屋から下がらせた。
扉が閉まり、執務室は再び完全な静けさに包まれる。
カシリアは革張りの椅子から立ち上がり、窓際へと歩み寄った。
夜の王都の街並みが、星明かりの下に広がっている。
カストが真実を知ったこと自体は、もはやどうでもよかった。
あの無自覚に人を傷つけた男が、自分の罪に気づいて絶望するのは当然の報いだからだ。
しかし、問題は別のところにある。
彼らが動いたことで、闇組織との争いが表沙汰になってしまった。
組織の拠点はあの荘園だけではない。
王都の地下には、さらに広大なネットワークが広がっているのだ。
カストが力任せの復讐に乗り出せば、組織側も生き残るために必死で反撃してくるだろう。
その過程で、彼らが最大の武器としている情報が使われてしまう。
最悪の場合、リリスの致命的な秘密が王都中に知れ渡るかもしれない。
彼は窓枠に置いた右手にぐっと力を込め、木の枠をミシミシと軋ませた。
リリスの安全を守るためには、このまま黙って見ているわけにはいかない。
「……ナミスを呼べ」
カシリアの低い声が、静かな執務室に響いた。
胸の傷口から再び赤い血が滲み出し、彼女の呼吸は苦しげに乱れていく。
「エリナ!」
コリンダがすぐに彼女を抱き起こし、布で傷口を強く押さえる。
カストは湿った土の上に立ち上がり、自分の両手をじっと見下ろした。
彼の顔からはすっかり血の気が引き、その瞳は虚空をさまよっていた。
背後で待機していたタロシア家騎士団長が、ガチャガチャと鎧を鳴らして歩み寄る。
「……団長」
カストの口から、ひどく掠れた、感情の抜け落ちた声がこぼれる。
「エリナと、この帝国の王子、そして彼らの兵士たちを屋敷へ連れ帰ってくれ。一番腕のいい医者を呼んで手当てをしろ。その後は、彼らを屋敷から出さないよう厳重に見張るんだ」
「はっ」
騎士団長は短く返事をし、目配せで部下たちに指示を伝える。
「お父様、私たちは……」
エリナがコリンダの腕の中で身をよじり、かすれる声をどうにか振り絞る。
「エリナ、先に戻りなさい」
カストは娘の方へ顔を向けたが、その視線はどこか焦点が合っていなかった。
「オレは……娘に手を出す羽虫どもを、片付けなければならない」
カストの声は低く暗く、純粋な殺意を滲ませて森の空気を震わせた。
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王宮の奥深く、カシリアの執務室は重苦しい静けさに包まれていた。
壁の燭台の炎が、大きなマホガニーの机と、そこに積まれた書類の束をぼんやりと照らしている。
重厚な木の扉がノックの音とともに開き、情報武官が足早に入ってきた。
「殿下、急報でございます。帝国軍と思われる者五名が、第三区画で平民の家族を拘束する事件が起きました。現在、衛兵隊がすでに確保しております」
武官の報告を聞き、カシリアは持っていた羽ペンを机に置いた。
彼の青い瞳が、わずかに細められる。
第三区画。
五名。
その言葉のつながりから、彼の頭にひとつの情報が思い浮かんだ。
そこはスラム街に隣接し、闇組織の下っ端たちがたむろしている場所だ。
その場所の情報は極秘であり、王宮内でもナミスやごく一部の人間しか知らないはずだった。
「……さらに急報です。王都郊外の森にある荘園が燃えております。帝国軍が関わっているか確認するため、すでに騎士隊が出動しました」
武官の口から、立て続けにただごとではない報告がもたらされる。
カシリアは眉間を深く寄せ、ゆっくりと息を吐いた。
一体どういうことだ。
コリンダは完全にまともな考えを失ってしまったのか。
「第三の報告です。燃えている郊外の荘園で、エリナ・タロシア、およびコリンダ・ラペオと名乗る二名が確認されました。現場の指揮官はすぐにカスト公爵へ連絡を入れました」
武官の声が、執務室の空気を一層重くする。
なるほど、そういうことか。
カシリアの頭の中で、バラバラだった情報がひとつの答えに繋がっていく。
エリナとコリンダの接触。
第三区画での拉致。
そして郊外の荘園の焼き討ち。
あの帝国の狂犬と、タロシア家の無鉄砲な娘が手を結び、力ずくで闇組織を排除しようと動いたのだ。
彼らは公爵家に脅迫状でも送られた末に、こんな強硬手段に出たというのか。
「急報です!先ほど、カスト公爵より、郊外の荘園の件は公爵家がすべて仕切るとの指示がありました。王国軍は現在、撤退を始めております」
武官が報告を終え、深く頭を下げる。
カシリアは無言で頷き、武官を部屋から下がらせた。
扉が閉まり、執務室は再び完全な静けさに包まれる。
カシリアは革張りの椅子から立ち上がり、窓際へと歩み寄った。
夜の王都の街並みが、星明かりの下に広がっている。
カストが真実を知ったこと自体は、もはやどうでもよかった。
あの無自覚に人を傷つけた男が、自分の罪に気づいて絶望するのは当然の報いだからだ。
しかし、問題は別のところにある。
彼らが動いたことで、闇組織との争いが表沙汰になってしまった。
組織の拠点はあの荘園だけではない。
王都の地下には、さらに広大なネットワークが広がっているのだ。
カストが力任せの復讐に乗り出せば、組織側も生き残るために必死で反撃してくるだろう。
その過程で、彼らが最大の武器としている情報が使われてしまう。
最悪の場合、リリスの致命的な秘密が王都中に知れ渡るかもしれない。
彼は窓枠に置いた右手にぐっと力を込め、木の枠をミシミシと軋ませた。
リリスの安全を守るためには、このまま黙って見ているわけにはいかない。
「……ナミスを呼べ」
カシリアの低い声が、静かな執務室に響いた。
