罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

カストの瞳孔が極限まで拡大し、顔面から全ての色彩が完全に喪失していく。

「……なんだ、これは。何かの間違いだ」

彼の口から、現実を拒絶する微弱な音声が漏れ出た。

手にある羊皮紙の文字が、鋭利な刃となってカストの網膜を切り裂く。

『重度鬱病』『慢性的な希死念慮』『左腕に無数の自傷痕あり』『幸せの実への依存』。

最愛の娘エリナから突きつけられた残酷な真実に、カストの脳の処理能力は完全に限界を超えていた。

彼が長年信じて疑わなかった、完璧な令嬢である長女と、天真爛漫な次女、そして穏やかな妻が食卓を囲む「幸福な家族」の姿。

その幻影が、根底から音を立てて崩壊していく。

リリスは笑っていた。

完璧な微笑みを絶やさなかった。

だが、その仮面の下で、彼女は一人暗闇の中で自らの皮膚を切り裂き、致死の毒を飲み込んで精神を繋ぎ止めていたのだ。

そして、その原因を作ったのは他でもない。

自身がミカレンとエリナを屋敷に迎え入れ、あろうことか隠し子であるエリナを次期公爵に指名したという、カスト自身の無神経極まりない選択だった。

「……軍を、下げろ」

カストは震える声帯を必死に制御し、周囲を取り囲む王国正規軍の指揮官に向けて命令を下した。

「この件はタロシア公爵家が全面的に引き継ぐ。よそ者は直ちに撤退せよ」

公爵としての権威を辛うじて振り絞ったその声に、指揮官は不満げな表情を浮かべつつも、刃を収めて部隊を撤退させていった。

軍の気配が完全に消滅した後、カストの混乱は極まり、膝から崩れ落ちそうになった。

その時、胸から血を流し、息を荒くしているエリナが、泥と血に汚れた地面に両膝をついた。

彼女は深く頭を垂れ、完全な土下座の姿勢をとる。

「すべては、隠し子である私と母のせいだ。私と母の欲張りのせいで、公爵家に入ろうとして、本当の公爵令嬢のリリスを追い詰めたんだ。私と母が悪かったんだ。ごめんなさい」

エリナの声は激しく震え、土に顔を擦り付けるようにして謝罪の言葉を紡ぎ出す。

彼女の黄色の瞳から、大粒の涙が零れ落ち、黒く汚れた地面を濡らした。

「本当は、すべてを解決してから、母を連れてこっそり公爵家から出るつもりだったんだ……」

エリナは嗚咽を漏らしながら、胸の内に秘めていた決意を吐露した。

「リリスは私に優しくしてくれた。公爵家の誰からも冷たい目で見られていた私を、家族として受け入れてくれた。だから、私は彼女を守りたかった。次期公爵なんて地位、欲しくなかった」

彼女は強く拳を握り締め、自身の無力さを呪うように言葉を続ける。

「でも、私がタロシアの屋敷にいること自体が、彼女の心を壊していたんだ。父様が私を溺愛すればするほど、リリスは居場所を奪われ、絶望していった。それに気づけなかった私は、本当に愚かだ……」

胸の矢傷から再び僅かに血が滲むが、エリナは痛みを完全に無視して謝罪を続ける。

「私がタロシアの血を引いて生まれたこと自体が、リリスにとっての最大の呪いだったんだ。ごめんなさい、父様。私が、私がリリスを殺しかけたんだ……!」

カストは、足元で泣き崩れる娘の姿を見下ろしたまま、完全に硬直していた。