重装騎兵の馬蹄の音が森の空気を震わせ、王国の正規軍が私たちを取り囲むように陣形を組んだ。
私は一歩前へ進み出て、顔を覆っていた面頬を地面へ投げ捨てる。
鋼の鎧を纏った指揮官が馬上で剣を抜き、鋭い声を放った。
「何者だ。貴族の荘園を焼き討ちにし、これほどの殺戮を行った者は直ちに武器を捨てよ」
私は両手を広げ、一切の抵抗の意志がないことをはっきりと態度で示す。
「私はタロシア公爵家の娘、エリナ・タロシア。後ろにいるのはラペオ帝国の第三王子、コリンダ殿下だ」
私の静かでよく通る声が、夕闇の森に響き渡る。
指揮官の表情が強張り、周囲の兵士たちの間に微かな動揺が広がった。
「これは公爵家の重大な危機に関わる秘密任務であり、正当な防衛戦である。詳細な状況説明は、父であるカスト・タロシア公爵へ直接行う。直ちにカスト公爵をここへ呼べ」
本当は、隠したかったが、コリンダを犠牲にしてはならない。
私の背後で、コリンダが短く息を吐き出すのが聞こえた。
「お前…その手もあったのか」
彼が背負おうとした国際問題という巨大な罪を、私はタロシア公爵家という盾を使って無理やり個人の問題へとすり替えたのだ。
数十分が過ぎ、夜の帳がすっかり森を覆い尽くした頃、一台の早馬が陣形の隙間を縫って駆け込んできた。
馬が完全に止まるより早く、乗っていたカスト・タロシア公爵が転げ落ちるように降り立つ。
彼の顔は真っ青で、額からは大量の汗が流れ落ち、仕立ての良い衣服は激しく馬を走らせたせいで大きく乱れていた。
普段の威厳ある公爵の姿は見る影もなく、ただ娘の安否を気遣う一人の父親の姿がそこにあった。
「エリナ。無事か!」
父は私の元へ駆け寄り、両手で私の肩を強く掴んだ。
だがその直後、周囲の惨状が目に入り、彼の視線が激しく彷徨い始める。
血に塗れた土、転がる帝国兵の姿、捕縛された闇組織の人間たち。
目の前の光景を理解できず、父の頭は完全に追いついていないようだった。
なぜ「戦乙女」と呼ばれる娘が胸から血を流し、これほどまでに悲痛な顔をしているのか。
「……父様。犯人は、見つけました」
私は喉を震わせ、掠れた声を絞り出した。
私の言葉を聞き、父の眉が不自然に歪む。
「犯人…?何の話だ?誰かに襲われたのか?この死体どもがお前を傷つけたのか?」
父の言葉は、目に見える出来事だけを捉えており、その奥に潜む深い闇にまったく気づいていない。
私は短く首を振り、彼の手を自分の肩からゆっくりと外した。
「違います。……私たちが襲われたのではありません」
私の右手が、厚手のコートの懐へと伸びる。
指先が急激に冷たくなった。
これを彼に見せれば、彼が長年疑いもせずに信じ、そしてリリスが自分の心を完全に壊してまで守り抜いてきた「幸福な家族」という甘美な幻想は、無残に打ち砕かれる。
私は下唇を強く噛み締め、ぐっと息を止めた。
もう、後戻りはできない。
タロシア公爵家を覆う分厚い欺瞞の幕を、今ここで引き裂かなければならない。
「これは、リリスが隠していた真実です」
私は懐から、血と泥に汚れた数枚の羊皮紙を取り出し、父の目の前に差し出した。
父は怪訝な顔のままその紙片を受け取り、周囲の松明の光を頼りに文字へと視線を落とす。
そこには、ガーナー領における冷徹な医療記録が記されていた。
『診断名:重度鬱病』
『慢性的な希死念慮』
『左腕に無数の自傷痕あり』
そして、禁制品の麻薬である『幸せの実』への完全な依存状態を示す詳細な記録。
父の視線が、紙面の上をせわしなく動く。
彼は限界まで目を見開き、その顔からあっという間に血の気が引いていった。
「……なんだ、これは。何かの間違いだ」
私は一歩前へ進み出て、顔を覆っていた面頬を地面へ投げ捨てる。
鋼の鎧を纏った指揮官が馬上で剣を抜き、鋭い声を放った。
「何者だ。貴族の荘園を焼き討ちにし、これほどの殺戮を行った者は直ちに武器を捨てよ」
私は両手を広げ、一切の抵抗の意志がないことをはっきりと態度で示す。
「私はタロシア公爵家の娘、エリナ・タロシア。後ろにいるのはラペオ帝国の第三王子、コリンダ殿下だ」
私の静かでよく通る声が、夕闇の森に響き渡る。
指揮官の表情が強張り、周囲の兵士たちの間に微かな動揺が広がった。
「これは公爵家の重大な危機に関わる秘密任務であり、正当な防衛戦である。詳細な状況説明は、父であるカスト・タロシア公爵へ直接行う。直ちにカスト公爵をここへ呼べ」
本当は、隠したかったが、コリンダを犠牲にしてはならない。
私の背後で、コリンダが短く息を吐き出すのが聞こえた。
「お前…その手もあったのか」
彼が背負おうとした国際問題という巨大な罪を、私はタロシア公爵家という盾を使って無理やり個人の問題へとすり替えたのだ。
数十分が過ぎ、夜の帳がすっかり森を覆い尽くした頃、一台の早馬が陣形の隙間を縫って駆け込んできた。
馬が完全に止まるより早く、乗っていたカスト・タロシア公爵が転げ落ちるように降り立つ。
彼の顔は真っ青で、額からは大量の汗が流れ落ち、仕立ての良い衣服は激しく馬を走らせたせいで大きく乱れていた。
普段の威厳ある公爵の姿は見る影もなく、ただ娘の安否を気遣う一人の父親の姿がそこにあった。
「エリナ。無事か!」
父は私の元へ駆け寄り、両手で私の肩を強く掴んだ。
だがその直後、周囲の惨状が目に入り、彼の視線が激しく彷徨い始める。
血に塗れた土、転がる帝国兵の姿、捕縛された闇組織の人間たち。
目の前の光景を理解できず、父の頭は完全に追いついていないようだった。
なぜ「戦乙女」と呼ばれる娘が胸から血を流し、これほどまでに悲痛な顔をしているのか。
「……父様。犯人は、見つけました」
私は喉を震わせ、掠れた声を絞り出した。
私の言葉を聞き、父の眉が不自然に歪む。
「犯人…?何の話だ?誰かに襲われたのか?この死体どもがお前を傷つけたのか?」
父の言葉は、目に見える出来事だけを捉えており、その奥に潜む深い闇にまったく気づいていない。
私は短く首を振り、彼の手を自分の肩からゆっくりと外した。
「違います。……私たちが襲われたのではありません」
私の右手が、厚手のコートの懐へと伸びる。
指先が急激に冷たくなった。
これを彼に見せれば、彼が長年疑いもせずに信じ、そしてリリスが自分の心を完全に壊してまで守り抜いてきた「幸福な家族」という甘美な幻想は、無残に打ち砕かれる。
私は下唇を強く噛み締め、ぐっと息を止めた。
もう、後戻りはできない。
タロシア公爵家を覆う分厚い欺瞞の幕を、今ここで引き裂かなければならない。
「これは、リリスが隠していた真実です」
私は懐から、血と泥に汚れた数枚の羊皮紙を取り出し、父の目の前に差し出した。
父は怪訝な顔のままその紙片を受け取り、周囲の松明の光を頼りに文字へと視線を落とす。
そこには、ガーナー領における冷徹な医療記録が記されていた。
『診断名:重度鬱病』
『慢性的な希死念慮』
『左腕に無数の自傷痕あり』
そして、禁制品の麻薬である『幸せの実』への完全な依存状態を示す詳細な記録。
父の視線が、紙面の上をせわしなく動く。
彼は限界まで目を見開き、その顔からあっという間に血の気が引いていった。
「……なんだ、これは。何かの間違いだ」
