罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

床に倒れ伏す中年男の顔から、さっと血の気が引いていった。

目の前の現実が、彼の思い描いていた完璧な計画を木端微塵に打ち砕いていたのだ。

男はここへ来てようやく、とんでもない見当違いをしていたことに気がついた。

タロシア公爵家の長女リリスが、軍の力で容赦なく敵を排除する冷酷な毒薔薇だとしたら、目の前に立つもう一人の令嬢は、その手で直接あらゆるものを薙ぎ払う、血まみれの戦乙女そのものだった。

男の頭の中で、完璧だったはずの計画の残骸がむなしく響き渡る。

安全を確保するために、店内には腕利きの仲間を置き、外の路地にも見張りを何人も待機させていた。

もしリリスの私兵が近づいてきても、顔を見た瞬間に逃げるよう合図を送れるようになっていた。厳重に警戒されたこの店は、絶対に安全な場所のはずだった。

しかし、現実は彼の計算を大きく裏切った。

店内にいた仲間たちは、たった一人の少女によって、ほんの数秒で叩き伏せられてしまった。

さらに、店の外へ逃げ出した最後の一人も、あの異国の王子が率いる精鋭たちによって一瞬で仕留められた。

なんの警告も出せないまま、彼らの守りはあっけなく崩れ去ってしまった。

ぐうの音も出ないほどの、完全な敗北だった。

「……今回は、我々の完全な負けだ。組織の場所を教えよう」

男は切り落とされた右腕の激痛に耐えながら、かすれた声を絞り出した。

彼の瞳には、純粋な恐怖とともに、どうしても拭いきれない強い疑念が入り混じっていた。

「だが、なぜだ。どうしてそんな無意味なことをする。我々は利害が一致しているはずじゃないか」

男の視線が、エリナの手に握られた羊皮紙の束へ向けられる。

「リリスを消せば、お前が間違いなく次の公爵になれるんだぞ。その証拠を公表するだけで、すべてが手に入るんだ。正気じゃないのか」

男の考え方からすれば、莫大な権力と利益を自ら投げ捨てるような真似は、狂気の沙汰でしかなかった。

自分の利益を最大限に引き上げることこそが貴族社会の絶対の掟であり、生き残るための条件のはずなのだ。

男の問いかけを聞いたエリナの瞳には、ほんの少しの迷いもなかった。

「アンタらにいくら説明しても分からないだろうな。リリスの優しさがなかったら、オレみたいな隠し子は公爵家の犬にすらなれなかったんだ」

彼女の声は、激しい感情の昂ぶりによって普段の丁寧さを失い、かつてスラム街で身につけた荒っぽい響きを帯びていた。

エリナの脳裏に、初めてタロシア公爵邸へ足を踏み入れた日の記憶がよみがえる。

周りからの軽蔑と敵意の視線の中で、ただ一人彼女に微笑みかけ、家族として受け入れてくれた完璧な令嬢の姿。

その見返りを求めない優しさが、どれほど彼女の心を救ってくれたことか。

「だから、オレは誓ったんだよ。リリスは、オレが守るって」

エリナは血に濡れたナイフを強く握り締め、その刃先を男の喉元へ突きつけた。

彼女から放たれる圧倒的な殺気と強い決意が、狭い個室の空気をびりびりと震わせる。

男は、エリナの瞳の奥で燃える強い光を真っ直ぐに見つめ、わずかに唇を震わせた。

利益や計算など完全に度外視した、純粋で、狂信的なまでの忠誠心。

「……見誤ったか。お前も、リリスも、これほどの人望と狂気を秘めていたとは……」

男は深く息を吐き出し、抵抗する気力を完全に手放した。