罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

土曜日の午後。

王都の太陽は一番高いところを過ぎ、石造りの街並みに少しずつ濃い影を落とし始めていた。

エリナは顔の半分を厚い布のマスクで隠し、動きやすい薄手の革鎧の上から、目立たない灰色の厚手コートを羽織っている。

その足取りは一定のリズムを刻み、周りの人ごみに自然に溶け込むよう工夫されていた。

第三区画の入り組んだ路地を歩きながら、彼女の黄色い瞳は、道端の石壁に刻まれた小さな傷跡を見逃さなかった。

それはコリンダの部下たちが、周囲を固める準備を終えたことを知らせる合図だ。

エリナはほうっと小さく息を吐き、視線の先にある古びた木の看板を見上げる。

『アイスティーカフェ』。

建物は質素なつくりで、すぐ隣にあるスラム街のすさんだ空気が辺りに漂っていた。

彼女はコートのポケットに右手を突っ込み、そこに入っている硬い紙の感触を確かめてから、重い木の扉を押し開けた。

お店の中は空気がよどんでいて、ローストされた茶葉の香りと煙草の煙が入り混じっている。

エリナは瞬時に店の中を見渡し、カウンターの中にいる店長と、テーブル席にちらばって座る四人の男性客の姿を確認した。

誰もが彼女をちらりと見ただけで、すぐに目をそらす。

顔を隠した怪しい姿なのに、誰もあからさまに警戒したり敵意を向けたりはしない。

その不自然な態度こそが、ここにいる全員が裏社会の人間だという何よりの証拠だった。

「お待ちしてましたよ。さあ、奥へどうぞ」

奥のテーブルから立ち上がった身なりの良い中年男性が、とても自然な振る舞いでエリナに声を掛けてきた。

男に案内されて、エリナは一番奥にある窓のない個室へと入っていった。

扉が閉まると、外の騒がしさがすっと消えた。

「わざわざお越しいただき、ありがとうございます。さあ、品物を確認してもらいましょうか」

男はどこかわざとらしい笑みを浮かべ、テーブルを挟んでエリナの向かいに座った。

「前置きはいい。これが要求された金だ。品物を出せ」

エリナはコートのふところから十万金貨の価値がある手形を取り出すと、テーブルの上にぽいっと投げ出した。

男の目に欲深い光が宿り、手形を手に取って透かしやサインをじっくりと確かめる。

「……素晴らしい。間違いなく、十万金貨の価値がある本物の手形ですね。タロシア家の財力には頭が下がりますよ」

男は手形を大事そうにしまうと、代わりに革の鞄から数枚の羊皮紙を取り出し、エリナの前に置いた。

「どうぞ。これがタロシア公爵家の第一令嬢、リリス様のガーナー領での詳しい治療記録です」

エリナの視線が、羊皮紙にずらりと並んだ文字を追う。

そこには、どこまでも事務的で冷たい医療用語が書き連ねられていた。

病状の重さを示す『重度鬱病』という言葉。

心のバランスを保つために彼女が飲み続けていた、禁止されている薬『幸せの実』の詳しい投与量や、依存している状態。

そして、左腕に刻まれた、刃物によるたくさんの自傷の跡が細かくスケッチされていた。

内容を読み進めるたびに、エリナは足元がぐらつくような激しいめまいに襲われた。

あの誇り高く、美しく、いつも完璧な微笑みを絶やさなかった妹が。暗い部屋の片隅で自分の肌を切り裂き、命に関わるような毒を飲み込んで、なんとか心を保っていたなんて。

その痛ましい姿が頭に浮かび、エリナの心を鋭くえぐった。

「喜びましょう、エリナ様」

男の得意げな声が、狭い部屋に響き渡る。

男は両手を広げ、うやうやしく頭を下げた。

「これは間違いなく、決定的な証拠ですよ。この書類を王家や貴族院に提出すれば、リリス様は確実に王太子殿下との婚約を破棄され、公爵家からも追い出されるはずです」

男の言葉は、エリナの抱える痛みをまったく理解しておらず、ただ純粋な悪意と利益の計算だけで紡がれていた。

「おめでとうございます、次期公爵様。これであなたの立場を脅かす存在は、この世界からきれいさっぱり消え去りますよ」

男の口角が大きくつり上がり、下劣な笑みが顔にへばりつく。

エリナは羊皮紙を見つめたまま、ピクリとも動かない。

けれど彼女の中では、深い悲しみと絶望が限界を超え、純粋で圧倒的な殺意へと変わっていった。

あの優しくて気高い妹の魂の叫びを売り物にされたうえに、お祝いまで言われたのだ。

「……ああ、感謝するよ。久しぶりに、心の底から殺してもいいと思えた」

「…はい?」

男が言葉の意味を理解できないでいる一瞬の隙に、エリナは袖に仕込んだ剣を抜き放ち、男の右腕を切り落とした。