豪華なシャンデリアの光が、タロシア公爵邸の広い食堂をキラキラと照らし出している。
大きなマホガニーのテーブルには、細かく飾られた銀食器と、湯気の立つ彩り豊かな料理が並べられていた。
「オレは今日、王宮でリリスと直接話をしてきた」
カスト・タロシア公爵は、赤ワインが注がれたクリスタルのグラスを片手に、とても機嫌よさそうに声を上げた。
彼の視線の先には、金色の髪を揺らすエリナと、地味な灰色のドレスを着て小さくなっているミカレンが座っている。
「そこで、我がタロシア家の未来に関する重要な決定を下した。エリナ、オレはお前を次期公爵に指名する」
カストの言葉には、少しの迷いもなく、きっぱりと言い切る響きがあった。
その言葉が響いた瞬間、カチャカチャという食器の音さえぴたりと止み、食堂は重苦しい静けさに包まれた。
指名されたエリナは、隣に座る母のミカレンと思わず顔を見合わせた。
剣を握れば勇敢な戦乙女と称えられるエリナも、今は黄色の瞳をこれ以上ないほど見開いている。
みるみるうちに顔から血の気が引き、健康的な小麦色の肌が真っ青になっていく。
突然押し付けられた巨大な権力と重すぎる責任が、まるで本物のパンチのように彼女の心を打ちのめしたのだ。
「そ、そんな……無理だよ、父様っ」
エリナは座ったまま上体を反らし、両手を顔の前で激しく振って、全力で拒絶する姿勢を見せる。
「私なんて、ただの剣術バカだし……貴族の礼儀作法だって全然わかっていないのに。このタロシア家を継ぐなんて、絶対に無理だってば」
彼女の声はうわずっており、そこにあるのは遠慮などではなく、よく分からないものに対する本能的な恐怖そのものだった。
彼女にとって公爵の地位なんて、わけのわからない毒の塊のようなもの。
それを無理やり飲み込めと言われているのと同じだった。
エリナの隣で固まっていたミカレンも、震える手で白い絹のハンカチをぎゅっと握り締める。
「そうですわ、旦那様……」
彼女は長年、日陰の存在としてひっそりと生きてきた。
公爵邸に迎えられた今でも、心の奥底にはどうしようもない引け目が染み付いているのだ。
「わたくしたちのような身分の者が……あのような立派で完璧な、リリス様の代わりを務めることなど、到底無理でございます。このお話は、もっと時間をかけて、リリス様とよくご相談なされてからの方がよろしいのでは……」
ミカレンは掠れた声で、なんとかカストに考え直してもらおうとする。
正統な血筋で優秀な第一令嬢を差し置いて、突然現れた愛人の娘を跡継ぎにするなんて、いくらなんでも異常すぎる。
彼女はそれを肌で感じていた。
「何を言うか。リリス自身は、オレの目を見てはっきりと『いい』と言ったのだぞ」
カストは妻と娘の慌てぶりを全く気にすることなく、豪快に笑ってワインをあおる。
「あの子はいずれ王妃になる身だ。王家の人間が、公爵家を同時に継ぐことは政治的にできない。親戚から見ず知らずの養子をもらうよりは、血の繋がったエリナに任せるのが一番いいだろう」
カストの頭の中では、これがとても理にかなった、愛情あふれる決断だと思い込んでいるのだ。
「それに、エリナの人望は本物だ。パロンたちも認めているじゃないか。自信を持て。今日からオレが、タロシアの当主としての心構えを、直接お前に叩き込んでやるからな」
「ええーっ。もう決まりなの。いやだーっ」
エリナの口から、悲鳴のような高い声が漏れる。
彼女は両手で頭を抱え込み、テーブルに突っ伏してしまった。
その様子を、食堂の隅でまっすぐ立って控えていた侍女のロキナが、何の感情も映さない冷ややかな瞳で見つめていた。
両腕は体の横にまっすぐ伸ばされていたが、後ろに隠された手のひらには、自身の爪が肌に食い込むほど強く握りしめられていた。
旦那様は正気なのだろうか。
ロキナのお腹の底で、重くて熱い怒りの炎がメラメラと燃え上がる。
リリス様がどれほどの努力をし、文字通り血を吐くような思いをして、このタロシア家を根本から支え続けてきたか。
幼い頃からお母様に完璧でいることを求められ、心をすり減らしながら築き上げてきた、誰よりも気高く美しい公爵令嬢という揺るぎない地位。
それを、ぽっと出の教養もない泥棒猫の娘に、こんなにあっさりと明け渡してしまうなんて。その事実がロキナの神経をひどく逆撫でした。
リリス様が心から『いい』と言ったはずがない。
あの方が、タロシア家への想いや、自分の存在意義を手放すはずがないのだ。
もし本当に『いい』と言ったのだとしたら、それは旦那様への愛と、どうしようもない絶望から生まれた、身を切るような思いの末に違いない。
旦那様は完全に狂っている。
リリス様のすべてを奪い、こんな部外者たちに与えるなんて、絶対に許されることじゃない。
けれど、ただの侍女であるロキナに、ご主人の決めたことに口出しする権利なんてない。
彼女は奥歯をぐっと噛み締め、この理不尽で残酷な茶番を、ただただ憎しみのこもった目でにらみつけることしかできなかった。
大きなマホガニーのテーブルには、細かく飾られた銀食器と、湯気の立つ彩り豊かな料理が並べられていた。
「オレは今日、王宮でリリスと直接話をしてきた」
カスト・タロシア公爵は、赤ワインが注がれたクリスタルのグラスを片手に、とても機嫌よさそうに声を上げた。
彼の視線の先には、金色の髪を揺らすエリナと、地味な灰色のドレスを着て小さくなっているミカレンが座っている。
「そこで、我がタロシア家の未来に関する重要な決定を下した。エリナ、オレはお前を次期公爵に指名する」
カストの言葉には、少しの迷いもなく、きっぱりと言い切る響きがあった。
その言葉が響いた瞬間、カチャカチャという食器の音さえぴたりと止み、食堂は重苦しい静けさに包まれた。
指名されたエリナは、隣に座る母のミカレンと思わず顔を見合わせた。
剣を握れば勇敢な戦乙女と称えられるエリナも、今は黄色の瞳をこれ以上ないほど見開いている。
みるみるうちに顔から血の気が引き、健康的な小麦色の肌が真っ青になっていく。
突然押し付けられた巨大な権力と重すぎる責任が、まるで本物のパンチのように彼女の心を打ちのめしたのだ。
「そ、そんな……無理だよ、父様っ」
エリナは座ったまま上体を反らし、両手を顔の前で激しく振って、全力で拒絶する姿勢を見せる。
「私なんて、ただの剣術バカだし……貴族の礼儀作法だって全然わかっていないのに。このタロシア家を継ぐなんて、絶対に無理だってば」
彼女の声はうわずっており、そこにあるのは遠慮などではなく、よく分からないものに対する本能的な恐怖そのものだった。
彼女にとって公爵の地位なんて、わけのわからない毒の塊のようなもの。
それを無理やり飲み込めと言われているのと同じだった。
エリナの隣で固まっていたミカレンも、震える手で白い絹のハンカチをぎゅっと握り締める。
「そうですわ、旦那様……」
彼女は長年、日陰の存在としてひっそりと生きてきた。
公爵邸に迎えられた今でも、心の奥底にはどうしようもない引け目が染み付いているのだ。
「わたくしたちのような身分の者が……あのような立派で完璧な、リリス様の代わりを務めることなど、到底無理でございます。このお話は、もっと時間をかけて、リリス様とよくご相談なされてからの方がよろしいのでは……」
ミカレンは掠れた声で、なんとかカストに考え直してもらおうとする。
正統な血筋で優秀な第一令嬢を差し置いて、突然現れた愛人の娘を跡継ぎにするなんて、いくらなんでも異常すぎる。
彼女はそれを肌で感じていた。
「何を言うか。リリス自身は、オレの目を見てはっきりと『いい』と言ったのだぞ」
カストは妻と娘の慌てぶりを全く気にすることなく、豪快に笑ってワインをあおる。
「あの子はいずれ王妃になる身だ。王家の人間が、公爵家を同時に継ぐことは政治的にできない。親戚から見ず知らずの養子をもらうよりは、血の繋がったエリナに任せるのが一番いいだろう」
カストの頭の中では、これがとても理にかなった、愛情あふれる決断だと思い込んでいるのだ。
「それに、エリナの人望は本物だ。パロンたちも認めているじゃないか。自信を持て。今日からオレが、タロシアの当主としての心構えを、直接お前に叩き込んでやるからな」
「ええーっ。もう決まりなの。いやだーっ」
エリナの口から、悲鳴のような高い声が漏れる。
彼女は両手で頭を抱え込み、テーブルに突っ伏してしまった。
その様子を、食堂の隅でまっすぐ立って控えていた侍女のロキナが、何の感情も映さない冷ややかな瞳で見つめていた。
両腕は体の横にまっすぐ伸ばされていたが、後ろに隠された手のひらには、自身の爪が肌に食い込むほど強く握りしめられていた。
旦那様は正気なのだろうか。
ロキナのお腹の底で、重くて熱い怒りの炎がメラメラと燃え上がる。
リリス様がどれほどの努力をし、文字通り血を吐くような思いをして、このタロシア家を根本から支え続けてきたか。
幼い頃からお母様に完璧でいることを求められ、心をすり減らしながら築き上げてきた、誰よりも気高く美しい公爵令嬢という揺るぎない地位。
それを、ぽっと出の教養もない泥棒猫の娘に、こんなにあっさりと明け渡してしまうなんて。その事実がロキナの神経をひどく逆撫でした。
リリス様が心から『いい』と言ったはずがない。
あの方が、タロシア家への想いや、自分の存在意義を手放すはずがないのだ。
もし本当に『いい』と言ったのだとしたら、それは旦那様への愛と、どうしようもない絶望から生まれた、身を切るような思いの末に違いない。
旦那様は完全に狂っている。
リリス様のすべてを奪い、こんな部外者たちに与えるなんて、絶対に許されることじゃない。
けれど、ただの侍女であるロキナに、ご主人の決めたことに口出しする権利なんてない。
彼女は奥歯をぐっと噛み締め、この理不尽で残酷な茶番を、ただただ憎しみのこもった目でにらみつけることしかできなかった。
