「だから何回も言ったでしょう。リリスの悪口を言わないでって」
私は目の前にいる女学生の襟元を右手でぐっと掴み、顔を近づけた。
顎に力が入り、喉の奥から低い唸り声が漏れる。
「いーっ」
相手が男なら、とっくに右の拳を顔面に叩き込んでいるところだ。
しかし、相手は細身でか弱い貴族の令嬢であり、殴り飛ばすわけにはいかない。
「だから女はめんどくさいんだな」
斜め後ろから、コリンダのだるそうな声が耳に届く。
「エリナ、あの方を離して。暴力は禁止だと何回も教えたでしょう」
ファティーナの鋭い声が響き、私の右腕をぐいと引っ張って止めた。
「でも……」
私は短くため息をつき、女学生の服から手を離した。
解放された令嬢は足早に逃げていく。
「ファティーナ様、ああいう連中たちは、リリスの悪口をよく言っているからこそ、私は」
「はいはいはい、わかっていますよ。でもこれが貴族ですもの。裏で悪口を叩く人は、いくらでもいる。まあ、リリス様がいれば、あんな恥知らずな人間はすっかり隠れてしまうのですけどね」
ファティーナは肩をすくめ、淡々とした口調で貴族社会の裏側を語る。
「はー……貴族って怖いですね」
私は、思わず疲れたような声をこぼした。
「あなたとリリス様とは、まだ天と地の差がありますよ。頑張りなさい」
ファティーナは短くそう言い残すと、コツコツと足音を響かせて回廊の奥へと消えていった。
回廊に私とコリンダの二人だけが残される。
「おい、女。そのリリスって女は、それほど強いのか」
コリンダが石壁に背を預けたまま、赤い瞳を私へ向けて問いかけた。
「調子に乗るな王子。またボコボコにしてやるぞ」
私は彼を睨みつけ、顔の前で両拳を打ち合わせた。
「あー怖い。オレから見ればお前のほうが百倍恐ろしいけどな。名前はよく聞いたが、あの女は一体どんな人間なんだ」
コリンダの声には、純粋な好奇心とほんの少しのからかいが混じっている。
「……正直、私もわからん」
私は両腕を下ろし、視線を床の石畳へ落とした。
「何いってんだ、異母妹だろう」
「ああ、だからわからん。リリスは、私に優しすぎるんだよ」
私の頭の中に、タロシア公爵邸での最初の夕食会の光景が蘇る。
「私はな、もし実の親がお母さんに隠して、愛人と子供ができたら……オレ、じゃなくて、私は、絶対親父の足を一本でも折ってやる」
私は思いの丈を口にして、右足で床をドンと強く踏み鳴らした。
「こわ」
コリンダが短くつぶやく。
「私も絶対いじめられて、ボコボコにされる覚悟で、公爵家に入ったんだ」
私は当時の体の強張りと、張り詰めた緊張感を思い出しながら言葉を継ぐ。
「どうされた」
「丁寧に歓迎された。長い付き合いの友人にするような、完璧な対応だった」
コリンダの黄金色の瞳が少し見開かれる。
「……あの女、正気か」
「だろう。裏でなにかされるかと思ったら、何もなかった。孤立も、嫌がらせも、一度もなかった」
私の声が震え、思わず熱がこもる。
「だから、尊い人だと思った。オレは、じゃなくて、私は、家族として受け入れてくれた彼女を、家族として守り抜くと決意したんだ」
私は顔を上げ、コリンダの瞳をまっすぐに見つめた。
「彼女を傷つけようとする人は許さない。例えそれがアンタだとしてもな」
私が全身に力を込めて身構えると、辺りの空気がピンと張り詰める。
コリンダは壁から背を離し、口角をニヤリと吊り上げた。
彼の顔に、野性的で好戦的な笑みが浮かぶ。
「ほー。そう言われたら、オレがあの女を襲ってみたくなったな」
彼のその言葉が私の耳を逆撫でし、頭の中の攻撃スイッチが完全にオンになる。
「あ、そっか。なら今からアンタの金玉を握り潰してやる」
私は腰を落とし、彼との距離を詰めるための第一歩を踏み出した。
「おい!公爵令嬢は金玉とか言うな!」
コリンダが慌てて後ずさりする。
王家学院の石造りの回廊で、私たちの物騒な会話が続く。
私は目の前にいる女学生の襟元を右手でぐっと掴み、顔を近づけた。
顎に力が入り、喉の奥から低い唸り声が漏れる。
「いーっ」
相手が男なら、とっくに右の拳を顔面に叩き込んでいるところだ。
しかし、相手は細身でか弱い貴族の令嬢であり、殴り飛ばすわけにはいかない。
「だから女はめんどくさいんだな」
斜め後ろから、コリンダのだるそうな声が耳に届く。
「エリナ、あの方を離して。暴力は禁止だと何回も教えたでしょう」
ファティーナの鋭い声が響き、私の右腕をぐいと引っ張って止めた。
「でも……」
私は短くため息をつき、女学生の服から手を離した。
解放された令嬢は足早に逃げていく。
「ファティーナ様、ああいう連中たちは、リリスの悪口をよく言っているからこそ、私は」
「はいはいはい、わかっていますよ。でもこれが貴族ですもの。裏で悪口を叩く人は、いくらでもいる。まあ、リリス様がいれば、あんな恥知らずな人間はすっかり隠れてしまうのですけどね」
ファティーナは肩をすくめ、淡々とした口調で貴族社会の裏側を語る。
「はー……貴族って怖いですね」
私は、思わず疲れたような声をこぼした。
「あなたとリリス様とは、まだ天と地の差がありますよ。頑張りなさい」
ファティーナは短くそう言い残すと、コツコツと足音を響かせて回廊の奥へと消えていった。
回廊に私とコリンダの二人だけが残される。
「おい、女。そのリリスって女は、それほど強いのか」
コリンダが石壁に背を預けたまま、赤い瞳を私へ向けて問いかけた。
「調子に乗るな王子。またボコボコにしてやるぞ」
私は彼を睨みつけ、顔の前で両拳を打ち合わせた。
「あー怖い。オレから見ればお前のほうが百倍恐ろしいけどな。名前はよく聞いたが、あの女は一体どんな人間なんだ」
コリンダの声には、純粋な好奇心とほんの少しのからかいが混じっている。
「……正直、私もわからん」
私は両腕を下ろし、視線を床の石畳へ落とした。
「何いってんだ、異母妹だろう」
「ああ、だからわからん。リリスは、私に優しすぎるんだよ」
私の頭の中に、タロシア公爵邸での最初の夕食会の光景が蘇る。
「私はな、もし実の親がお母さんに隠して、愛人と子供ができたら……オレ、じゃなくて、私は、絶対親父の足を一本でも折ってやる」
私は思いの丈を口にして、右足で床をドンと強く踏み鳴らした。
「こわ」
コリンダが短くつぶやく。
「私も絶対いじめられて、ボコボコにされる覚悟で、公爵家に入ったんだ」
私は当時の体の強張りと、張り詰めた緊張感を思い出しながら言葉を継ぐ。
「どうされた」
「丁寧に歓迎された。長い付き合いの友人にするような、完璧な対応だった」
コリンダの黄金色の瞳が少し見開かれる。
「……あの女、正気か」
「だろう。裏でなにかされるかと思ったら、何もなかった。孤立も、嫌がらせも、一度もなかった」
私の声が震え、思わず熱がこもる。
「だから、尊い人だと思った。オレは、じゃなくて、私は、家族として受け入れてくれた彼女を、家族として守り抜くと決意したんだ」
私は顔を上げ、コリンダの瞳をまっすぐに見つめた。
「彼女を傷つけようとする人は許さない。例えそれがアンタだとしてもな」
私が全身に力を込めて身構えると、辺りの空気がピンと張り詰める。
コリンダは壁から背を離し、口角をニヤリと吊り上げた。
彼の顔に、野性的で好戦的な笑みが浮かぶ。
「ほー。そう言われたら、オレがあの女を襲ってみたくなったな」
彼のその言葉が私の耳を逆撫でし、頭の中の攻撃スイッチが完全にオンになる。
「あ、そっか。なら今からアンタの金玉を握り潰してやる」
私は腰を落とし、彼との距離を詰めるための第一歩を踏み出した。
「おい!公爵令嬢は金玉とか言うな!」
コリンダが慌てて後ずさりする。
王家学院の石造りの回廊で、私たちの物騒な会話が続く。
