カストは少し声を潜め、口角を上げて口を開いた。
その声には、隠しきれない自慢げな響きが混じっている。
「エリナのことだ」
その名を聞いた瞬間、私は息を呑み、全身からすっと血の気が引いた。
カストは私の様子に気づく様子もなく、身を乗り出して言葉を続ける。
「あの子の学院での評判が、すこぶる良いのだよ。剣術の腕前は男子顔負けで、最近では『戦乙女』などと呼ばれているそうだ。生徒たちだけでなく、教師陣からの信頼も厚い」
カストの瞳は嬉しそうに輝いていた。
「あの明るさと行動力は、誰からも愛される才能かもしれん。お前とはまた違った輝き方だが、あの子も確かにタロシアの血を引いているのだな」
私と比べながら、エリナを褒めちぎる言葉の数々。
それが悪意のない、純粋な親心からのものだということは分かっている。
しかし、私にとっては心臓を刃物でえぐられるような、耐え難い痛みをもたらす言葉だった。
私が限界まで心をすり減らし、薬に頼ってまで作り上げ、守ってきた完璧な令嬢という姿を、エリナは生まれ持った明るさと才能だけであっさりと越えていく。
そのあまりにも理不尽な現実を、他ならぬ実の父が肯定し、満面の笑みで称えているのだ。
「そこでだ、折り入って相談がある」
カストは表情を引き締め、真剣な顔つきになった。
「お前がカシリア殿下と結ばれ、王妃となることは確定した。となれば、タロシア公爵家の跡継ぎ問題が出てくる」
彼は言葉を区切り、私の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「私は、エリナを次期公爵として正式に指名しようと考えている」
私の口から、小さく息が漏れた。
愛人の子に、由緒ある公爵家を継がせる。
それは正妻の娘である私に対する、これ以上ない侮辱だ。
だが、カストの顔には、僅かな迷いと罪悪感が浮かんでいた。
「申し訳ないことだと分かっている。そうすべきではないと分かってはいるが、そうしなければ、傍系から養子を迎えて公爵位を譲ることになる。それは私の望む未来ではない」
理屈としては全く正しい。
見知らぬ傍系の子に家督を譲るより、才能を証明した自分の血を引く子に渡す方が、家は安定するだろう。
頭ではその理屈を理解していても、胸の奥底から湧き上がる悲しみを抑え込むことはできなかった。
「あの子には人望がある。それに、お前が王家に入る以上、家を守れるのはあの子しかいないだろう。お前なら分かってくれるはずだ。姉妹なのだから」
家族。
姉妹。
理解。
そんな美しい言葉で飾られた正論が、私の首を真綿で絞めるように苦しめる。
「分かってくれるはずだ」という父からの期待こそが、今の私にとっては最も残酷な暴力だった。
私は膝の上で両手を重ね、強く握りしめた。
カストの視線は私の顔に向けられており、震える手元には気づいていない。
「素晴らしいお考えだと思いますわ、お父様」
私は無理に口角を引き上げ、完璧な微笑みを作った。
声の震えを完全に抑え込み、感情を殺した平坦な声を応接室に響かせる。
「お姉様のような、誰からも愛される素晴らしい方が当主になれば、タロシア家も安泰でしょう」
目から光が失われ、視界がすっと暗く沈んだ。
それはエリナに対する諦めでも、父への許しでもない。
この瞬間、タロシア公爵家という場所は、私の帰るべき場所ではなくなったのだ。
「ありがとう。そう言ってくれると信じていたよ」
カストは顔をほころばせ、ポンと自分の膝を打った。
「やはりお前は、賢く優しい、自慢の娘だ」
父の褒め言葉が、ただ空々しく耳を通り過ぎていく。
私はただ静かに、完璧な微笑みを浮かべ続けた。
体を巡る『幸せの実』が、私の恐怖や怒りを無理やり麻痺させてくれているからだ。
その声には、隠しきれない自慢げな響きが混じっている。
「エリナのことだ」
その名を聞いた瞬間、私は息を呑み、全身からすっと血の気が引いた。
カストは私の様子に気づく様子もなく、身を乗り出して言葉を続ける。
「あの子の学院での評判が、すこぶる良いのだよ。剣術の腕前は男子顔負けで、最近では『戦乙女』などと呼ばれているそうだ。生徒たちだけでなく、教師陣からの信頼も厚い」
カストの瞳は嬉しそうに輝いていた。
「あの明るさと行動力は、誰からも愛される才能かもしれん。お前とはまた違った輝き方だが、あの子も確かにタロシアの血を引いているのだな」
私と比べながら、エリナを褒めちぎる言葉の数々。
それが悪意のない、純粋な親心からのものだということは分かっている。
しかし、私にとっては心臓を刃物でえぐられるような、耐え難い痛みをもたらす言葉だった。
私が限界まで心をすり減らし、薬に頼ってまで作り上げ、守ってきた完璧な令嬢という姿を、エリナは生まれ持った明るさと才能だけであっさりと越えていく。
そのあまりにも理不尽な現実を、他ならぬ実の父が肯定し、満面の笑みで称えているのだ。
「そこでだ、折り入って相談がある」
カストは表情を引き締め、真剣な顔つきになった。
「お前がカシリア殿下と結ばれ、王妃となることは確定した。となれば、タロシア公爵家の跡継ぎ問題が出てくる」
彼は言葉を区切り、私の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「私は、エリナを次期公爵として正式に指名しようと考えている」
私の口から、小さく息が漏れた。
愛人の子に、由緒ある公爵家を継がせる。
それは正妻の娘である私に対する、これ以上ない侮辱だ。
だが、カストの顔には、僅かな迷いと罪悪感が浮かんでいた。
「申し訳ないことだと分かっている。そうすべきではないと分かってはいるが、そうしなければ、傍系から養子を迎えて公爵位を譲ることになる。それは私の望む未来ではない」
理屈としては全く正しい。
見知らぬ傍系の子に家督を譲るより、才能を証明した自分の血を引く子に渡す方が、家は安定するだろう。
頭ではその理屈を理解していても、胸の奥底から湧き上がる悲しみを抑え込むことはできなかった。
「あの子には人望がある。それに、お前が王家に入る以上、家を守れるのはあの子しかいないだろう。お前なら分かってくれるはずだ。姉妹なのだから」
家族。
姉妹。
理解。
そんな美しい言葉で飾られた正論が、私の首を真綿で絞めるように苦しめる。
「分かってくれるはずだ」という父からの期待こそが、今の私にとっては最も残酷な暴力だった。
私は膝の上で両手を重ね、強く握りしめた。
カストの視線は私の顔に向けられており、震える手元には気づいていない。
「素晴らしいお考えだと思いますわ、お父様」
私は無理に口角を引き上げ、完璧な微笑みを作った。
声の震えを完全に抑え込み、感情を殺した平坦な声を応接室に響かせる。
「お姉様のような、誰からも愛される素晴らしい方が当主になれば、タロシア家も安泰でしょう」
目から光が失われ、視界がすっと暗く沈んだ。
それはエリナに対する諦めでも、父への許しでもない。
この瞬間、タロシア公爵家という場所は、私の帰るべき場所ではなくなったのだ。
「ありがとう。そう言ってくれると信じていたよ」
カストは顔をほころばせ、ポンと自分の膝を打った。
「やはりお前は、賢く優しい、自慢の娘だ」
父の褒め言葉が、ただ空々しく耳を通り過ぎていく。
私はただ静かに、完璧な微笑みを浮かべ続けた。
体を巡る『幸せの実』が、私の恐怖や怒りを無理やり麻痺させてくれているからだ。
