罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

扉が開く音が響き、カシリア殿下が部屋に入ってきた。

その手には、金箔の押された分厚い封書が握られている。

直前まで療養室を満たしていた、カシリア殿下と共に書類を整理する甘く安らかな時間は、唐突に終わりを告げた。

殿下の表情は硬く、眉間には深い皺が刻まれていた。

彼は私の反応を注意深く窺いながら、寝台の傍らへ歩み寄った。

「……リリス。少し、いいか」

彼の低い声は、どこか慎重な響きを帯びていた。

「はい、殿下。……何か、悪い知らせですか」

私は声の震えを必死に抑え込み、努めて平静を装って彼の顔を見上げた。

カシリア殿下の手にある封書には、タロシア公爵家の紋章が押されていた。

「タロシア公爵。君の父上から、面会の要請が届いた」

その言葉を聞いた瞬間、私は思わず息を呑んだ。

私の視線は、サイドテーブルに置かれた重厚な封書に釘付けになった。

お父様。

その言葉を理解した直後、私の脳裏にある光景がよぎった。

タロシア公爵邸の豪華な食堂。

そこで無邪気に笑う異母姉エリナと、彼女を優しく見守るミカレン。

そして、その新しい家族の中心で満足げに頷く、父カストの姿。

胸の奥がぎゅっと締め付けられ、鋭い痛みが走る。

指先が冷たくなり、視界の端が微かに霞んだ。

しかし、私はシーツを握る手に力を込め、逃げ出したい気持ちを振り払った。

私は今まで、ずっと逃げていた。

だが、逃げるだけでは、私は永遠に過去に怯える子供のままだ。

今の私には、カシリア殿下から与えられた『幸せの実』が体を巡っており、その薬効が恐怖を麻痺させてくれている。

さらに目の前には、私を完全に自分のものとし、守り抜くと誓ってくれたカシリアがいる。

「会います。……お父様に、お会いします」

私ははっきりとした意志を込めて、そう口にした。

その言葉は、怯える自分自身を奮い立たせるための強い自己暗示であり、同時に過去の呪縛に対する宣戦布告でもあった。

カシリア殿下は私の返答を聞いて一瞬だけ目を見張った後、静かに頷いた。

面会の日。

王宮の面会室には重厚な調度品が置かれ、窓からは明るい陽射しが差し込んでいた。

私は指定された時間の三十分前、カシリア殿下から手渡された半錠の『幸せの実』を冷たい水で飲み下した。

薬が効き始めると、不安や恐怖は甘い麻痺に包まれて完全に消え去った。

侍女に整えさせた桜色の長髪は一糸乱れず、上質な絹のドレスには少しの皺もない。

私は姿勢を正し、完璧なタロシア公爵家の令嬢、リリス・タロシアを演じきった。

応接室へと足を踏み入れると、カスト・タロシア公爵がソファから弾かれたように立ち上がった。

「リリス。……ああ、リリス」

父は私の元へ歩み寄り、その大きな手で私の肩を包み込んだ。

彼の顔には、深い疲労の色と、心からの安堵が浮かんでいた。

「お父様。ご心配をおかけして申し訳ございません」

私は完璧な令嬢の声で、静かに頭を下げた。

「いや、良いのだ。領地の復興で無理を重ねたのだと、王太子殿下から伺った。よく頑張ったな」

父の言葉は温かく、その瞳には私への確かな愛情が宿っていた。

私たちは向かい合って座り、侍女が淹れた紅茶の香りが室内に漂う。

父はガーナー領での私の功績を褒めたたえ、王宮での療養生活について細かく尋ねてきた。

その光景は、かつて私がひたすらに求め、決して手に入らなかった『家族団欒』そのものだった。

父の言葉に相槌を打ちながら、私は手元のティーカップを見つめた。

薬のおかげで心は穏やかで、恐怖や自分を卑下する感情は湧き上がってこない。

父は私の過労を心配してくれている。

だが、その言葉の裏には、私が直面していた本当の絶望や、王宮内に流れる嫌な噂についての気遣いは一切なかった。

彼はいつだって、自分の見たい現実だけを切り取り、表面的な幸せを取り繕おうとするのだ。

「体調は、もう良いのか。食事は喉を通っているか」

「はい、お父様。殿下の手厚いご配慮により、順調に回復しております」

私は微笑みを崩さず、模範的な返答をした。

この穏やかな時間が永遠に続くのなら、それも悪くないかもしれない。

私は紅茶を一口含み、その温かさを飲み込んだ。

カチャリと、ティーカップをソーサーに戻す小さな音が響く。

父は両手を膝の上で組み、視線を床へと落とした。

その直後、室内の空気が僅かに重くなった気がした。

父の眉間に皺が寄り、何かを言い淀むように口元が動く。

私は姿勢を正し、父の次の言葉を待った。

数秒の沈黙の後、父は顔を上げ、私の瞳を真っ直ぐに見つめた。

「リリス。……お前の体調が回復しているところで、大変心苦しいのだが」

父の声は先ほどまでの温かさを失い、重く、どこか逃げ腰な響きを含んでいた。

「ちょっと、相談したいことがあるんだ」

その言葉を聞いた瞬間、薬の効き目を突き破って、冷たいものが背筋を駆け上った。

私は両手を膝の上で重ね、指先にぎゅっと力を込める。

「……何でしょうか、お父様」

静まり返った応接室に、私の抑揚のない声だけが響いた。

カストは少し声を潜め、口角を引き上げて発声した。

その声には、隠しきれない自慢げな響きが含まれている。

「エリナのことだ」