罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

カシリア殿下の温かな庇護の元、何事も起きない穏やかな時間が十数日ほど過ぎ去った。

毎日、殿下の隣で領地の政務を手伝い、私の提示する意見が採用され、彼から向けられる絶対的な肯定の言葉を浴び続ける。

その日々は、私の心に空いた底なしの穴を確実に埋めていくように感じられた。

夜中に突然襲ってくる不安も、幻聴も、ここ最近は全く姿を見せていない。

私は、自分の病がすでに改善され、元の正常な精神を取り戻したのだと深く安堵した。

だからこそ、私は今朝、老医師が慎重に処方してくれた半錠の黄金の薬『幸せの実』を、自らの指でさらに半分に割り、小さな欠片だけを水で飲み下したのだ。

もう、あの恐ろしい薬に頼り切らなくても、私は立派に生きていける。

そう証明したかった。

今日、殿下は重要な御前会議のため、朝から療養室を離れている。

一人残された部屋は静寂に包まれていたが、昼前になると、厚い扉の向こう側から少し騒がしい声が漏れ聞こえてきた。

王宮の奥深く、限られた者しか立ち入れないこの区画で、若い女性の甲高い声が響くのはひどく不自然だ。

しかも、その声には聞き覚えがあった。

王家学院での取り巻きの中心であり、そして私が無自覚に心をすり減らされる原因の一つでもあった、ファティーナだ。

なぜ、彼女がここにいるのか。

好奇心と微かな胸のざわめきに推されるまま、私はベッドから抜け出し、扉を少しだけ開けて外を覗き見た。

「え……!? リリス様!?」

廊下で衛兵と押し問答をしていたファティーナが、驚愕に見開かれた目を私へ向けた。

タイミングが悪く、隠れる間もなく見つかってしまった。

私はファティーナと、ひどく顔色の悪い彼女の友人である男爵令嬢を、近くの空いた応接室へと招き入れた。

私が過労で倒れ、最高水準の療養を受けているという公式発表を信じ切っている彼女は、私の姿を見るなり安堵の表情を浮かべた。

「ああ、リリス様。お加減が優れない中、本当に申し訳ありません。ですが、どうしてもカシリア殿下に急ぎでご相談したい儀がございまして……」

彼女は学院の副会長という立場を利用して強引に王宮へ入り込んだらしい。

私はソファに腰を下ろし、冷や汗を流して震えている男爵令嬢へ視線を移した。

「どうしたのですか。彼女、ひどく具合が悪そうですが」

ファティーナは重いため息をつき、信じられないものを見るような目で友人を横目で見据えた。

「実は、彼女がとんでもない不祥事を起こしたのです。最近、学院の一部で出回っている『愛の実』というものに手を出しまして」

愛の実。

名前は甘美にすり替えられているが、ファティーナが口にしたその薬の効能を聞く限り、それは間違いなく私を狂わせた『幸せの実』と同一の禁制薬物だった。

「無意識のうちに依存してしまい、薬を買う金が底をついて、あろうことか悪辣な高利貸しから多額の借金をしたのです。それが昨日、婚約者である子爵家の耳に入り……即座に婚約破棄を言い渡されました」

ファティーナの言葉が、応接室の冷たい空気をさらに凍てつかせる。

「実家である男爵家も激怒し、彼女を家から追放する手続きを進めています。私は副会長として、カシリア殿下にその婚約破棄をどうにか撤回、あるいは別の斡旋をしていただけないかとお願いに参ったのですが……生憎、殿下はご不在のようで」

私は膝の上で組み合わせた両手に、じわりと嫌な汗が滲むのを感じた。

「もともと、その薬は安価で手に入っていたらしいのですが、最近になって急に値段が二、三倍以上に跳ね上がったとかで。彼女はもう、薬なしでは夜も眠れず、正気を保てない状態だったそうですわ」

値段の急騰。

依存による精神の崩壊。

そして、法外な借金。

ファティーナの口から語られる男爵令嬢の転落の経緯は、ガーナー領で私が辿った道筋と恐ろしいほど完全に一致していた。

彼女と私の違いは、ただ一つ。

私はタロシア公爵家という強大な資金力と権力を背景に持ち、ナミスという忠実な騎士が泥を被って金を工面してくれたから、かろうじて表沙汰にならずに済んだ。

だが、後ろ盾の弱い男爵令嬢にはその選択肢が存在せず、ただストレートに破滅へと転げ落ちるしかなかったのだ。

もし、あの時カシリア殿下が私を力尽くで引き上げ、全ての罪を被って庇護してくれなければ、私は今、目の前で震えているこの令嬢と全く同じ運命を辿っていた。

胃の奥が冷たく重くなり、心臓が不規則なリズムで跳ねる。

今朝、独断で薬の量を減らした影響か、指先の震えが止まらない。

「……ファティーナは、どう思うのですか。その、お友達のことを」

私は乾ききった喉から、やっとの思いで声を絞り出した。

私の問いに対し、ファティーナは形の良い眉をひそめ、冷ややかな声で断言した。

「正直、難しいですね。まさか彼女が、あんな汚いものに手を出して、借金まで抱え込むような愚か者だったとは思いませんでした」

あんな汚いもの。

その言葉が、鋭い刃となって私の胸を深々と突き刺す。

「まあ、彼女がこれまで私の後ろをずっと付いてきてくれた恩義がありますから、殿下への斡旋くらいは頼んであげようと思います。……ですが、流石にもう、これで友達は終わりですよね。私の名前にまで傷がついてしまいますわ」